私の気持ち
逃げろ、と私の身を案じてくれた。
相手が私を死んでいると思い込んでくれていたから隙も突けた。
ほんの少しの、短い間だったけど、かなり長い間考えたように感じている。
言われたように逃げることも出来た。実際、私の体は勝手に逃げようとしていたんだから。
怖かった。
恐ろしかった。
狂いそうな程に。
震えが止まらない。
動悸が激しい。
もし、私がここで背を向けて逃げ出したら、逃げ出せたら、逃げ出すことが出来たなら、一体何が変わる?
何も変わらない。
アイツが居なくなれば、また世界が色を無くす。
やっと色付いてきた世界が灰色に、汚く見えてしまう。
自分で自分が許せなくなる。
でもそれは、助けられなかった、とか、逃げてしまった、だとか、そんな理由なんかじゃない。
「私は死にたいんだよ」
この世から消えてしまいたいという、己の自殺願望を思い出した。
全部がどうでも良かったんだ。
私が死んだところで、誰も気付かない。迷惑だと言われて、いいように扱われて、ただ、居れば道具、居なければ気にしない影のような、そんな存在なんだ。
唯一私を見てくれたのはあの悪魔だけだったんだよ。
一体何を、馬鹿らしいことを考えているんだと、我ながら呆れた。
何を恐れる、怖がる必要がある。
何故逃げる必要がある。
どうすればアイツを見捨てるという選択肢が生まれる。
「馬鹿らしい」
改めて言葉にして、自嘲気味に失笑した。
バカらしい、アホらしい、自分を殴りたい……というか助けた後でアイツに殴ってもらおう、うん。
「ってぇぇええなああぁ……!! サイッッコウだぜテメェェェエエ!!!」
「!!」
歓喜と怒気の混じった声に顔を上げた。
アイツが殴り飛ばされて、グルグルと回転しながら地に落ちた。
今度は自然に体が動いた。
本能と理性が完全に一致した。
当然だと思いながら、ここまで辿り着くことに長い時を経たと感じた。
もう何度も捨てている命だ。
死を望んで、欲している命だ。
私にこびりついて全く離れない、むしろ絡み付いてくる、意地が悪い命だ。
偽善じみたことだろうと周りが嗤おうが知ったことか。
助けたいから助ける。
それでいいじゃないか。
「手足腐らせたら意識あるまま頭生き腐らせてその後潰してやるよぉぉおお!!」
遠くで、まだ遠くで怒号が聞こえる。
命を惜しむな。
喜んで使え。
出し惜しみするな。
絶対にするな。
助けろ。
絶対に助けろ。
死んでも助けろ。
戸惑うな。
躊躇なんかしなくていい。
とても些細でどうでもいいことだ。
もっと加速しろ。
間に合わせろ。
「苦痛に塗れて死ねっ!!」
「さ、せ、る、かああああああっ!!!」
もう決めたことだろうが
───だから私は地を蹴って吼える。全身が血塗れで死にかかったあのバカを助けるために。
「んあ……? ……生きてんなぁ、人間」
時は現在、
「い、いで……!!」
「っぶない……!」
とっくの昔に震えの止まった体で、白髪の悪魔を助けた。
「おま、」
見れば、驚いたような顔をしていた。
多分、私が逃げているとでも思っていたんだろうけど、そうはいかない。
私の世界にアンタが居ないと、何も始まらないんだ。
アンタが土足で荒らしに来てくれたんだから、世界が色付いてきたんだ。
責任を取るために、私に助けられて、生きて欲しいんだ。
それだけでいい。
「呆けるな、って言ったの、アンタじゃなかったっけ?」
でも、その全てを噛み殺して押さえて、そのアホ面を見下ろした。
ああ、とても良い気分だ。