俺の気持ち
「がはっ……!」
血を吐き出すだけで、全身が痛んだ。ここまで刻まれるようなことは無かった、と今頃になって自嘲する。
「おっとぉ、まぁだ笑う力があんのかぁ?」
見上げれば、死神が目の前に居た。
「つい……っでに言うなら、口もあるがね、……っ!」
ドスッ、と足先に鎌の先端が刺さり、唇を噛み締めて、悲鳴を押し殺す。
「いいねぇ、それでこそイタぶるカイがあるってアレだろ? なあ?」
腕、足、そこを中心にじわじわと外から内へと刻まれ、刺され、満遍なく。体が腐っていない、ということは、それを使わずにイタぶる余裕が今はあるようだ。
「でも……惜しいことしたなぁ……。 やっぱ人間はアレだ、脆い体だ。 1発デカいのくれてやったら死んじまったぜ。 見誤ったなぁ、アレは」
「『本当だぞお前。 ハイになってブッ飛ばすんだからよぉ』」
「ワリィワリィ、こんなところにレアなノラ悪魔が居ることにテンション上がって、つい、なぁ?」
楽しそうに笑いながら、愉快そうに話しながら、体を刻んでいく。話を聞いている限り、どうやらカナが生きていることは気付いていないらしく、俺が1番懸念していたものが消えた。
後はカナが逃げてしまえば狙われることはない。
口パクで逃げろ、と言ったがどうなっていることやら。
……はあ、この角度じゃあカナの姿は見えない。
「……ったく、」
全く、絶望した姿も中々エロくて良かったんだけどなぁ。
「んん? どうしたよ、アレか? 遺言か?」
刻まれていく感覚が止まった。
目線を上げれば、ニタニタと嗤って見下ろす黄緑の目。
俺が喋るのを待っているのか、鎌は降ろしていた。
「『おい、アスター……』」
「いいだろーが。 ほら、ノラの最後の言葉くらい聞いてやりたいアレなんだよ」
「『………ちっ』」
「ほら、言ってみろ。 その後、ぐずぐずにして殺してやる」
…………これはこれで待っていたチャンス。
口元が歪むのがよく分かった。
「いんやぁ、別にぃ? さっきお前が殺した女は凄ぇ、イイ女だったと思っただけだよ」
気付かれないように、痛んだ体を労っていると見えるように、俺は体をゆっくりと動かして、すぐに動けるように、ただ一撃にかけるために。
「あの人間とそんなに深いナカだったとはなぁ。 お前アレだな、ほら、物好きってヤツ」
「『……体付きは貧相だったが』」
「ぷっ、本人も気にしてたけどな。 でもホラ、俺は細身よりも肉感的の方が好みだ」
その本人が、より遠くに逃げる時間を稼ぐために。
「『……。 そこはスレンダーが好みだって言うところじゃねぇか?』」
特に侮れないのはこのロット、とかいう悪魔の方だ。恐らくアスター…とかいうこのハイテンションなヤツの暴走を止めるストッパー役……。こういったところが結構厄介だ。
「ん? 本当のことだけど?」
「『いや、まあ………。 もういいわ』」
「そうかいそうかい。 話はそんだけでいいか?」
「あー……。 ああ、」
俺はアイツを死なせないように、生かすために。
「まあでも、体よりも、俺はな───」
油断したな。
「『アスターッ!!』」
グチャグチャになりかけている全身を使って、一気に真っ直ぐに力を込めた。
俺のただならぬオーラに気付いたのかどうかは知らねぇが……
遅い
「おっ??」
まだ動けると思っていなかったのか、相手はギョッとしたように一瞬体を強張らせて、数瞬遅れて鎌を振った。
考えと違う現実が起きると、驚きと共に反応が少し遅れるのは当然だ。
窮鼠猫を噛む、斬擊の全てを回避。動揺がまだ収まらない相手の懐に入った俺は、拳を握り締めて、
「───気が強ぇ方が好みなんだ」
思い切り突き込んだ。
「っぐふ……!」
肌に食い込む感覚がよく分かる、流石に効いたのか、表情が歪んでいた。
ただ、あまり力が入ってないからなぁ……。
「ってぇぇええなああぁ……!! サイッッコウだぜテメェェェエエ!!!」
ギョロリと目が俺へと向き直り、頬に固められた拳が当たった。
メキッ、と骨が軋んだ音が聞こえて、力任せに振り抜かれ、空中で回転しているのか、色んな方向に重力を感じて、床を転がった。
「……っ??……おっ………?」
立ち上がろうとしたが、目の前が思い切り揺れて膝を着いた。脳がグラグラに揺れて、平衡感覚を失っている。
「……っ、……ヤッベェな………」
「手足腐らせたら意識あるまま頭生き腐らせてその後潰してやるよぉぉおお!!」
ボゴボゴとヘドロの滴る音がした。
避けようにも、まだ体が動かない。
数秒後の死の予見が出来た。
恐らく回避は不可能。打つ手も無い。
何故か頭にはカナが逃げ切れたのかどうかが気になる程度。
もう死ぬと分かっているからか、覚悟でもしているのか、自分でも判らなかったが、とても安らかな、落ち着いた気分だ。
たかが数日、たった数日、されど数日。
人間の女にここまで執着したことは初めてだったよな、と我ながら不思議で仕方なかった。
でも─────
「苦痛に塗れて死ねっ!!」
─────多分俺は─────
「さ、せ、る、かああああああっ!!!」
体が横へと押し飛ばされ、地面を転がった。
「い、いで……!!」
「っぶない……!」
目を開ければ、オレの上に跨がった、傷だらけの女の姿。
「んあっ……? ……生きてんなぁ、人間」
驚いているような死神の声で思い出した。
「おま、」
折角作ってやった時間の内に逃げずに飛び出て来たことに俺自身も呆れながらも少しイラつきながらも驚いていると、そいつは勝ち気な笑みで見下ろしてきた。
「呆けるな、って言ったの、アンタじゃなかったっけ?」
─────こんな女だからこそ、助けようと思ったのかもしれないな─────