到着です
ボートを走らせること、数十分。
目的の【マリンビジョン】に辿り着こうとしていた。
「ねぇ、なんでこんなに波が荒いところにあると思ったの?」
激しく揺れるボートの上、チャネルはファントムに先ほどから同じ質問をぶつけていた。
というのも、ファントムが……
「ん~、さっきから言ってますけど、行けば分かりますよ」
と一切説明してくれないからである。
「そんなこと言われてもぉ~。やっぱり、早く知りたいじゃない……」
ぶぅ~っと頬を膨らませ、怒りを表現するチャネル。
まぁ、大人のファントムにとっては、そんなもの可愛い仕草でしかないのだが……。
「う~ん、じゃあ実際見てみましょうか?」
「へ?」
「ははは、着きましたよ。【マリンビジョン】です」
そんな小競り合いしているうちに、目的の場所に辿り着いたようである。
【マリンビジョン】と名付けられたこの一帯の海は、激しい波の影響で地元の漁師も近づかない危険スポットである。
「ちょっちょっちょっちょっちょっとぉ~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!」
あまりにも荒い波のせいで、ボートが風呂に浮かぶおもちゃのように揺れる。
ほんのちょっとバランスを崩して落ちるだけで、海の藻屑となるほどの激しい海流。
「ははは、もうちょっとで時間ですから、落ちないようにしっかり捕まってて下さいね」
「あわわわわ~~~~~~~~~~!!!!!いだぁ!?」
激しい船の揺れのせいで、チャネルは舌を噛んでしまった。
涙目になりながら、しっかりとファントムに捕まっている。
一方、ファントムのほうは、騒がしいチャネルとは違い、落ち着いて時計を見ていた。
「そろそろかぁ……」
「ひぇっ?はひはほ?(訳:へ?なにがよ?)」
「チャネル、ここの場所は、特A級危険地帯でもあり、A級絶景スポットでもあるのです。何故だか分かりますか?」
ファントムがにっこり笑って、チャネルにそんなことを聞いてきた。
チャネルが、真剣に考えているとそのうちに波が急に引いてきた。
「へ?こへって……」
舌を噛んだために、上手くしゃべれていないチャネル。
そんなチャネルは、海面を見て驚いた。
なんと、さっきまで荒れていた波がぴたりと止んでしまったのだ。
そんなチャネルの様子を見て、ファントムは、人差し指を立てて説明を始めた。
「海と空の境界が無くなる、この時期の、この時間のみ、ここら一帯は、波の侵入を受けなくなります。そして、海は空を映し出す……」
あまりの絶景にチャネルは息を呑んだ。
何故なら、海がどこにも存在していなかったから。
「……空が……下にもある」
上にも下にも空のみの素晴らしい絶景!!
「大きな鏡になるのですよ」
この【マリンビジョン】と言う場所は、海の色が空の色と同化するだけではなく、まるで大きな鏡のように海面に空の景色を映し出す不思議な場所である。
「波が引くことによって、海面に魔法生物性プランクトンが集まって……うんちゃらかんちゃら」
ファントムは、チャネルにそのことを簡単に説明をすると、荷物の中から小指ほどの黒い棒状の物を取り出した。
「ああ、なるほど!これがさっきの物語にも出てきた『鏡のような空』なのね。……って、何やってるのファントム?」
ファントムは、ボートの上で先ほどの棒を横に咥えながら準備体操をしていた。
「へ?これから、海の中に潜るのですが……」
「いや、それは分かるんだけど……その棒は何?」
「ああ、これですか。これは、制限時間付きで水の中でも呼吸ができる魔法具です」
そう言って、チャネルに予備で持っていたもう一つの魔法具を見せるファントム。
チャネルは、はぁ~っと感心したような表情でそれを眺めていた。
「こんなのがあるのねぇ~……」
「さて、そろそろ行きますね。ここは、あと一時間後にまた荒れ始めますから急がないと……」
「そうなの?じゃあ、早く行きましょうか」
その言葉に嫌な予感を覚えたファントムが、ゆっくりと後ろを向くと、そこには服を脱ぎ捨てて、黒い水着姿のチャネルが立っていた。
口には、先ほど手渡した予備の魔法具を咥えている。
一緒に行く気満々である。