お酒はいけるクチです
ファントムは、ずるずると引きずられて一軒の酒場の入り口に連れて来られた。
「はぁ~、ここは……!?うわぁ!!」
また、ずるずると引きずられるファントム。
どうやら、ここの酒場は宿屋も経営しているようで、一階は酒場、二階は宿泊者の部屋となっていた。
ファントムは、その二階の一室に放り込まれた。
続けて彼女も入ってきて、がちゃりと鍵をかけた。
「さぁ~て、聞かせてもらいましょうかね。何をやってたの!!」
宿泊部屋の中、仁王立ちでファントムに迫る女性。
ファントムは、座ったまま後ずさったが、残念ながら背後の壁に阻まれてしまった。
「いや、別に怪しいことはしてませんよ?ただ、絵を描いてただけで……」
「嘘おっしゃい!!私の美声がたかが絵なんかに負けるはずないでしょ!!」
さすがにファントムもその一言にむっとして、さっきの絵を彼女に渡した。
「嘘じゃないですよ!しっかりとあなたを描いてました!勝手にモデルにしたのには謝りますけど、それ以外何もしてないですよ」
「……」
彼女は、ファントムがあれこれ弁解している間もずっと絵を見ていた。
「あの~……聞いてます?」
「あ~~~~~~~~~~~~~~~、もう!!!!!!」
さっきまで、ずっと黙ってた女性は大声で突然叫んだ!
「悔しいけど、私の負けね。私の歌なんか全然歯が立ちそうもないじゃない……。こんなに上手い絵を描くなんて……あんた、何者?」
がっくりと肩を落とし、女性はベットに腰をかけて再度、絵を見た。
「あ、私は【ファントム・シェイク】と言います。歳は19で、画家です」
ぱんぱんっと、服についた汚れをはたきファントムは立ち上がった。
「別に歳は聞いてないけどね。あ~、私は『チャネル・ベル・フェアリー』。16歳で吟遊詩人見習いよ」
「……僕より年下でしかも見習いなの?」
「ええ、そうよ。昨日、村を出たから吟遊詩人になって一日しか経ってないしね」
チャネルは、はぁ~ともう一度ため息を吐いてから絵をファントムに返した。
「ごめんなさい、私よりあなたのほうに人が寄っていったからちょっとイライラしちゃって……素晴らしい絵ね」
「あ、どうも。あの~、よかったら差し上げますけど?」
チャネルは、立ち上がって棚からワインを取り出すとひらひらと手を振った。
「気持ちはうれしいけど、未完成な絵は受け取らないわ。画家だったら、しっかり絵を完成させてからちょーだいね」
「あぁ……。そうでした、失礼しました」
ファントムが、頭を下げて謝るとチャネルは、くすりと笑った。
「冗談よ。ほら、貴方も座りなさいよ」
チャネルは、部屋に備え付けてある木の椅子に腰掛けるとファントムを自分の前の椅子に招待した。
そして、ワインのコルクを抜くとグラスにワインを注いだ。
「今日は、申し訳ないことをしたしね。一杯おごるわ」
それから、数時間後―
酒瓶が何本か床に転がる中、二人はすっかり打ち解けあっていた。
二人ともお酒は強いらしく、全然酔った様子はなかった。
「へ~、じゃあチャネルの家は代々きこりだったんですか?」
「そうよ。ついこの前まで、斧を振るわされてたわよ。でも私は、昔から歌が好きでね。吟遊詩人に憧れてたの。だから、少しの貯金と旅の支度を持って村を飛び出してきちゃった。それが、つい昨日の出来事よ」
「はぁ~、そうなんですか」
「そう、ここから北へ15kmほど行ったとこに私の村があるわ。ここに来たのは、海から遠くへ行くため……。私は、吟遊詩人になるために色んな歌や伝説などの勉強をしてきたの。いつか、私も自分で創った物語を歌うためにね」
くいっと、グラスを傾けるチャネル。
「はは、この町でオカベグ村一番の歌姫の歌を披露して自信付けようと思ったんだけど、井の中の蛙だったわ。さすがに、世界は広いわね~」
「えっ!そんなことないですよ!」
「お世辞はいいわよ、私は、吟遊詩人になんかならずにきこりやってたほうが良かったのかな?」
ガタン!
ファントムは、勢いよく立ち上がると机の上に身を乗り出して力説を始めた。
「いえ!素晴らしい歌でした!私も芸術家だから分かるんですけど、なにか感じたと言いますか、通じたと言いますか、そんな心に残る素晴らしい歌でした!私は、旅を始めて5年ほど経ちますが今まで聞いた中で一番素晴らしい吟遊詩人の歌でしたよ!」
ファントムは、ぐっと拳を握っていた。
そんなファントムの様子を見て、チャネルは始めきょとんとしていたが、やがてにっこりと笑った。
「ありがとう、そっか5年の中で一番かぁ~……」
チャネルは、椅子をギィギィいわせながら深く寄かかる。
「あ、そういえばファントム」
「はい?なんですか?」
まだ、お酒が飲み足りないらしくグラスにワインを注いでいるファントムに、チャネルは思った疑問を口にした。
「あなたの旅の目的って何なの?」
チャネルがその言葉を言った途端、ファントムは渋い顔をして口を開いた。
「え~っとぉ。言わなくては駄目でしょうか?」
「と~ぜんでしょう!」
ふんっと鼻から息を吐くチャネル。そして、そのままふんぞり返って言葉を続けた。
「私も言ったのだから、あなたも言うのよ!」
びしぃっと人差し指を突き出してながら、思い切りグラスをあおる。
ファントムは、しばらく考えていたが、やがて口を開いた。
「はぁ~、仕方がないですね。いいですか、チャネルだから話すんですよ」
頭を押さえてため息を吐くファントム。
ファントムは、一回だけ目を閉じ、深く息を吐き出してから話し始めた。
「絶対に誰にも言わないで下さいね。僕は、【友人の絵を完成させるため】に色を探しているんですよ」
「色?色って青とか赤とかのあの色よね?」
「はい、その色です」
チャネルの言葉にこくりと頷くファントム。
「はぁ?色って?どういうこと?色なんて画材屋にいっぱいあるじゃない」
チャネルの言葉にファントムは首を振ってから答えた。
「駄目なんです。そこらにある色じゃ……。その絵は、完璧に完成させたい絵だから」
「え?どういうことなの?」
「……私はね。今から7年前に亡くなった友人の絵を完成させるために旅をしているんですよ」
ファントムは、少し悲しげな表情をしてそう言い、さらに言葉を続けた。
「……私には、小さい頃から仲良しの幼馴染がいました。小さい頃から何をするにも一緒で、彼も私と一緒に画家を目指していました。そして、今から7年前になりますか……。『子供のころにファントムとよく遊んだ丘の絵を描くのだ!』と言って彼は、毎日村はずれの丘に行っていました。でも、そこは魔物が時々出現する危険区域だったのですよ。しかし、僕も彼も小さい頃からよくそこで遊んでいたのですが、一回も魔物に逢ったことがなかったのです。でも、彼は7年前に逢ってしまったのです。……それは。……本当にひどいものでした。全身に引っかき傷だらけでね。でも……、絵だけは守るようにしっかり胸に抱きかかえられていて……」
後半は、涙声になっていた。
ファントムは、嗚咽を押し殺すようにして話を続けていた。
当時の出来事を思い出してしまったのだろう。
「今でも、忘れませんよ。村に運ばれて息絶える前に、彼は僕にこう言いました。『頼む、ファントム!この作品は、どうしても完成させたい作品なんだ!わがままだと分かってる。ファントム、俺の代わりにこの作品を完成させてくれ!お願いだ……俺の最後の頼みだ!俺の生きた証として、最高の作品に仕上げてくれ……』ってね。僕は、その時に約束しました。必ず、完成させると……。そう言うと、彼は微笑んで息をひきとりました。一番のライバルでもあり、一番の親友でもありました」
ファントムは、メガネを外すとポケットからハンカチを取り出し涙をぬぐった。
感動的な話であったのにもかかわらず、チャネルは難しい顔をして考え込んでいた。
「あれ?どうかしましたか?」
「ん~、話が見えてこないのよね。ファントムは、その友人の絵を完璧に完成させたいから色を探しているのよね?」
「はい、そうですよ」
チャネルの問いに、頷き答えるファントム。
「じゃあ、つまり完璧な原色を探しているってことなの?」
その様子を見てから、チャネルは、さらにこう聞いた。
「はい、さっきも言いましたけど……その通りです」
「ん~、いまいちその【色を探す】ってのが掴めないのよね~。つまりは、何を探しているのよ?」
「は?何と言いますと?」
空になったグラスに、またワインを注ぐファントム。
チャネルは、どうにもファントムの話が理解できず、酒を飲む手を休め、考えていた。
「だから、あるでしょ!白色を探すために伝説の牛乳を探してるとか美しい赤い伝説のワインをとか……。つまりは、色の元。何を探すことであなたの完璧な色は完成するのかってことよ!」
「……ああ!絵の具となるもののことですか?」
「そうよ!それがいいたかったのよ!」
チャネルの言葉に、またもや『ん~』っと考え込むファントム。
しかし、やがて『まぁ、この人なら大丈夫でしょう』と呟いてから口を開いた。
「……あの、チャネル。ここからは、本当に極秘な話です。絶対に他言は無用ですよ?」
ファントムの言葉にチャネルは無言で頷いた。