……悪気はないのです
「え~っと、まずは酒場で情報収集ですかね?」
大きなリュックを背負って、ファントムは市場の中を歩いていた。
「いらっしゃい、兄さん。新鮮な魚はいかが?」
「よぉ~、ぼうや。取れたての貝だぜ!お安くしとくぜ!」
市場のお店の店主達が大声でファントムに声をかける。
さすがは、【海の幸の町】と言ったところだ。
そんな中、大きな地図を広げ酒場に向かって歩いていくと、なにやらメロディにあわせて歌声が聞こえてきた。
「歌?かなり上手いですね……。う~ん、よし、行ってみましょうか」
ファントムが、歌声をたどっていくとそこは町の広場だった。
沢山の人の中心に彼女はいた。
青くてきれいな髪は肩の高さでそろえてあり、赤く深い瞳していた。
黒と白のだぼだぼの服。肩を大きく露出するようなデザインであったが不思議といやらしさはなかった。
髪を音符のマークがついたバンダナで束ねていた。
彼女は、観衆の真ん中で一生懸命にハープを弾いていた。
どうやらハープの演奏と歌声が織りなす見事なハーモニーに、皆心を奪われてしまったようだ。
「うわぁ……。すごいですねぇ」
芸術家同士、何か感じたのであろうか。
ファントムはリュックを置き、中から絵描きの道具を取り出すと吟遊詩人の女性を描き始めたのだった。
無我夢中で、女性を描き続けるファントム。
そして、あまりに夢中になっていたため、歌声が突如止まった事に全然気がつかなかった。
「……ちょっと、いいかしら?」
「えっ?」
ファントムが筆を止めて顔を上げると、そこにはさっきまで歌っていた女性が立っていた。
仁王立ちで、ファントムを上から睨みつけている。
「え~っと、なんでしょう?」
何を怒っているのか分からず、ファントムはぽりぽりと頬をかきながら愛想笑いを浮かべた。
「はぁ~、周りを見なさいよ……」
「はぁ……わっ!?」
ファントムが周りを見ると、そこにはファントムの絵を見る観衆だらけだった。
どうやら、さっきの女性の周りにいた観衆が、全員ファントムの回りに来てしまったようである。
彼女が歌っていた周りには、もはや誰もいない。
「ちょっと、面貸してもらおうかしら?」
ぐい!
「えっ?ちょ、ちょっと待ってくださいぃぃ!!!」
観衆を掻き分け、女性はファントムを荷物ごと引きずっていってしまった。
残された観衆の一人が、ふむっと顎に手をあてた。
「それにしても、彼女も彼も素晴らしかったなぁ。いずれ、名が知れ渡るかもしれないな」
「ああ、俺もそう思った」
「俺も!」
観衆の数人は、その場でさっきの2人の評価をしはじめたが、やがてそれぞれ散っていった。