表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
World of color  作者: 青依 瑞雨
15/15

駄目です

 チャネルは、汗と血まみれになり、肩で息をしていた。

 体中に痛々しく残る、かすり傷と軽いやけどの跡。

 水着もところどころが裂けて、血が滲んでいた。

 手に持っていた斧の残骸も、すでに大部分が融けて、あと一撃にだって耐えられそうもない。

「もう、終わりか?」

 魔物は、泡を撒き散らしながら、そう笑った。

「はぁはぁはぁはぁ……。ちくしょぉ」

 すでに、二人の戦う空間にはしゃぼん玉が満ちており、床はほぼ泡で覆われていた。

 迫りくるしゃぼん玉を斧もどきで叩き割り、蟹の攻撃は素手で受け止め捌く。

 床を迫る泡を、飛びのいてかわしていたチャネルにも限界がきていた。

『斧で壊せるしゃぼん玉は、たぶん3個が限界。移動できる無事な地帯は4ヶ所。腕は……疲労困憊』

 自嘲気味に笑い、自分の間近に迫ったしゃぼん玉を壊し、迫ってきた泡から飛びのく。

 斧は、最後の最後まで持ち主を守り切り、その生涯をボロボロに融けて終えた。

 残念ながら、これでチャネルには、もうしゃぼん玉を防ぐ手立てが無かった。

「チェックメイトだ、チャネル。これでおしまいだ」

 蟹の吐いたしゃぼん状の泡が、チャネルを取り囲むようにぐるりと浮かび上がった。

 そして、ふわふわとゆっくりだけど確実にチャネルに近づいていく。

「あーぁ、駄目かぁ……」

 チャネルは、死を覚悟して、ぎゅっと目をつぶった。

 体が震えて、歯が鳴る。

 目からは、涙が滲んでいた。

 そして、あともう少しでシャボン玉がチャネルに触れようとした瞬間だった。

 ざばぁ!!

 大量の水が空間いっぱいのしゃぼん玉を、綺麗に洗い流したのだった。

「やったぁ……。ぎりぎり間に合ったね」

 チャネルは、泣きそうな声で水が流れてきた方向に顔を向けた。

 そこには、信じていた友人の姿があった。

「すみません、少し遅刻してしまったようです」

 青い絵の具をつけた筆を持って、ファントムはチャネルににっこりと笑いかけた。

「ほぅ、ファントム。貴様、【スカイマリンブルー】を手に入れたのか?」

「はい、先ほど純水の中にいれ、絵の具にしたところです」

「……生きて帰れると思うなよ。ここから、それを持って逃げ出したとしても、我は追いかけて殺すぞ!」

 魔物がハサミをファントムに突き付け凄む。

 しかし、それは今のファントムに何の効力も発揮しなかった。

 なぜなら、それは……。

「……………それは、こちらの台詞ですよ」

 ゾッ!?

 辺りの空気が、一瞬にして張り詰めたものに変わる。

 それは、魔物によるものではなく、ファントムの殺気によるものだった。

「僕の親友をこんなに傷だらけにしやがって……。まさか、貴方を放って逃げると思っていたのですか?」

 先ほどのあったかくて、誰もを和ませるような声から、聞いた人を凍えさせる冷たい声に変わる。

 ファントムは、激怒していた。

 チャネルを傷つけた魔物と、この状況を作った自分自身に!

 昔からファントムを知るものならば、このファントムを見てすぐに逃げ出していただろう。

 普通、怒ると理性が失われ、行動が短絡的になるが、残酷になり暴力が増す。

 しかし、ファントムにはある特性があった。

 特性とは、普通の人が持っていない特別な性能スキル

 その特性を持つものを、この世界では【天才】と呼んだ。

 ファントムの特性は、【冷怒れいど】。

 理性を失わずに、最高の判断力で暴力を振るうことが出来るのだ。

「……ん~、そういえばあなたの甲羅の色は、青でしたね。では、これでどうでしょうか?」

 ファントムが一瞬のうちに消え、魔物のすぐ横に姿を現した。

「なっ!いつの間に……。!?ぐふぅ!!」

 背中から大きな血飛沫が飛び、悶絶する魔物。

 よろよろと立ち上がり、自分の身に何が起きたのか確認しようと、目を後ろに向けた。

 すると、そこには大きな傷口が存在して、甲羅にひびが入っていた。

「青色を手に入れたので、ちょっと傷口を描かせていただきました。上手に実現したようですね」

 ファントムは、にっこりと笑って筆を見せる。

 もう片方の手には、紙製のパレットが握られており、青色と赤色の絵の具が搾り出されていた。

「傷口を描き込み続けても、致命傷にはなるまで時間がかかります。本来ならば、チャネルを傷つけただけ、いたぶりたいのですが、今回は残念ながら時間がありません」

 ファントムは、魔法具を取り出し、それを口に装着した。

 そして、その魔法具でチャネルに小声で指示を送る。

 チャネルの耳栓から聞こえた指令。

 それは、『魔法具の装着』であった。

 チャネルは、慌てて魔法具を口に装着すると、OKと指でファントムに合図を送った。

「くっくっく、貴様らがBOSSクラスと呼ぶこの我をいたぶるだと?随分と嘗められたものだな!」

 カッと目を見開き、魔物はまたしゃぼん玉を吐き出した。

 そのワンパターンな魔物の様子を見たファントムは、ただ残酷にくすっと笑った。

「嘗める?違います、詰みなのですよ。決着です」

 ファントムは、そう言ってパレットの赤色と青色を混ぜ合わせていく。

 青と赤の色は、ぐるぐると融合していき綺麗な紫色が出来上がった。

 それを、筆にたっぷりつけるとファントムは空間に紫の色を散りばめ始めた。

「!?がぁ……ごぁぐぐっ!?ぎざまぁ~~~~~~!!!?ごがぁ!?」

 紫色の霧に包まれた魔物は、先ほどの攻撃の泡とは違う泡を吐き出した。

 目が虚ろになり、大きく痙攣を始めた。

 明らかに異常な状態である。

「紫って色は、高貴で鮮やかな色なのですが、毒を表す色でもあるのですよね」

 魔物の痙攣は、徐々に小さくなっていき、時折跳ねるだけになっていた。

「貴方の弱点、毒ですよね?ここに毒がなければ、作ればいい。赤と青の単色だけでは、毒の色は作れません。しかし、合わせれば作れます。……2つの力を合わせれば、可能になるのですよ」

 【冷怒】を解除するための方法は、非常に単純である。

 その怒りの原因を排除することだ。

 今回の怒りの原因は、チャネルを傷つけた蟹の魔物。

 魔物が死に近づくにつれて、ファントムの怒りが収まっていった。

「ふぅ、僕とチャネルの力を合わせたことによる勝利ですね」

 ファントムは、腕時計をちらりと確認して、目を見開く。

 そして、すぐにチャネルのほうへ走り、手を取って引っ張った。

「チャネル、申し訳ありませんでした。が、謝るのは後にします。速く海に潜ってください!」

「え?え?」

「時間がありません!海が荒れるまでの時間が!!」

 ファントムは、理解が追い付いていないチャネルを抱きかかえて、海の中へ飛び込んだ。

 それと同時にセットされていたタイマーが鳴り出す。

 海が荒れだす10分前の合図であった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ