真のヒロイン登場よ
魔物には、違和感があった。
確かにハサミは、何かに当たっており、その感触は地面ではなかった。
だが、生き物を貫いた感触も、温かい血がで濡れる感触もしない。
まるで、何者かにハサミを握られているような感触……。
「ん~、今日一番役に立った瞬間みたいね」
魔物の攻撃で舞い上がった砂煙が晴れていく……。
すると、そこには彼女が立っていた。
「チャネル!!」
そう、そこに立っていたのは、なんとチャネルであった!
魔物の大きなハサミを、細腕2本でがっちりと受け止めていたのだ。
「なにっ!女、貴様何者だ!!」
「ただの吟遊詩人見習いよ。もっとも、少し前までは木こりだったけどね!」
気合の掛け声を入れ、チャネルはそのまま魔物を壁へ投げ飛ばした。
ズズンっと地響きがして、魔物が叩きつけられた壁に大きな穴が出来上がる。
「マジですか……」
ファントムは、驚きのあまり笑みが引きつっていた。
自身の数倍はある巨大蟹を投げ飛ばす出鱈目な怪力に、ただただ驚く。
「あは、驚いた?私、木こりの娘って言ったじゃない。悪いけど、力だけならそこらの戦士にも負けない自信があるのよね」
むんっと力こぶをつくってみせるチャネル。
そして、くすりと笑い、両足につけた棒を手に取ると、それをかちゃりとはめ合わせ一本の長い棒にした。
棒の長さは、自分の身長半分程度。
そして、棒の下部分を両手に持ち、思いっきり振るう。
すると、中から四角い刃が飛び出した。
その形状は、まさしく斧……
「やっぱり、斧はしっくりくるわね~♪よいしょ……っと!!」
チャネルは、掛け声と共に飛び上がると、斧をそのまま魔物に叩き込んだ!
「むぉぉぉおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!馬鹿なぁぁぁああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」
魔物の絶叫とともに、ハサミの一本が宙を舞った。
なんと!チャネルの斧が、格子状の甲羅ごと力任せに切断したのだった。
「ん、やっぱり堅いわね……」
ちぃっとした舌打ちをして、チャネルは、再度武器を構えた。
しかし、その持っている斧を見て愕然とする。
「我が体に傷をつけるとは、見事なり。しかし、その代償もまた大きかったようだな」
魔物は、そう言って大きな体を揺すって笑う。
……なんとチャネルの斧は、ただ一度の攻撃だけで、刃が粉々にひび割れてしまっていた。
「まずいなぁ……。まさか、あれだけの攻撃で壊れるなんてね……」
今まで、この魔物以上に太い大木を何本も叩き伐ってきた。
チャネルには、確実に一刀両断できる自信があった。
そして、斧も破損しない自信があった。
ところが、結果は御覧の通りである。
つまり、魔物の甲羅は想像以上に硬い!?
「……ファントム、聞いてる?」
「あ、なんでしょうか?」
チャネルの予想以上の強さに吃驚したファントムは、さっきの場所から動けず、戦いに見入ってしまっていた。
そんな、ファントムにチャネルは申し訳なさそうに口を開いた。
「ごめん……。私、素手じゃ喧嘩くらいしかしたことないや……。なんとか、時間稼ぐからファントムがあいつを倒す方法考えてくれないかな?」
「え?」
「素手じゃあ、絶対に勝てないから……頼んだわよ!」
そう言うとチャネルは、斧だったものを捨て、素手で構えた。
その姿は、戦闘の玄人から見ればあまりにも不慣れで、実戦経験の無さが浮き彫りになるような構えだった。
「「はぁあああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」」
魔物とチャネル。
二人は、大きな掛け声と共に衝突した!
トゲとハサミを駆使して、攻撃を繰り返す魔物。
トゲとトゲの間に拳を打ち込みつつ、魔物をぶん投げるチャネル。
その光景に息を呑みつつ、ファントムは頭をフル回転させていた。
『考えろ、考えろファントム!何か、何かあるはずだ!あいつを倒せる何かが……』
ファントムは、考えてあることを思い出した。
それは、クリンパスの物語の最後の一文。
【クリンパスは、はるか西にあるサンダラの花のエキスを霧状にして戦士に降りかけた。途端に、戦士は苦しみだし息絶えた。クリンパスは、見事に番人を倒し探し物を見つけた。】
「サンダラの花……あれは、確か猛毒を持つ植物だったはず。っ!?そうか!!毒だ!!!」
ファントムは、ぱちんと指を鳴らしてガッツポーズを決める。
ちらりとチャネルの方を見ると、先ほどよりも凄まじい死闘を繰り広げていた。
ファントムでは、死んでしまうような一撃を素手で受け止め、魔物を壁に叩きつけるチャネル。
それに耐え、残った3本のハサミでチャネルに襲い掛かる魔物。
現状では、チャネルのほうが有利に見える。
だが、よく観察してみると、魔物は甲羅のおかげで傷一つ負っていない。
しかし、チャンルのほうは、ハサミやトゲなどで小さな切り傷をいくつもつけられていた。
水着が裂け、血が滲む……。
「待っていてください。もうすぐ、助けます!」
ファントムは、辺りを見渡す。
持ってきた荷物の中に、毒なんてものは用意していない。
周りにも、毒を持った生物などいない。
魔物を倒す方法を見つけたが、その材料が無い!?
『くそっ、考えろ!何か方法があるはず……。っ!?そうか!もし、僕の考えが正しいのなら、これで魔物を倒せる!』
思いついてからのファントムの行動は、早かった。
チャネルと魔物が交戦を始めてからおよそ3分。
その内にすべての作戦の構成をして、実行しようと即座に動いた。
「チャネル、すみませんが、しばらく食い止めてください。お願いします」
ファントムは、チャネルにそう言うと、全速力で洞窟の奥へ走り出した。
「なっ!ファントム、貴様!!」
魔物は、ファントムの狙いに気がつき、チャネルとの戦闘を止め、ファントムを追おうとする。
しかし、その前にチャネルが立ち塞がった。
「女、命を無駄にするな……。今回は見逃してやるから、この場から去れ!」
「……友達を殺しに向かう者を見過ごすことができるかしら?」
「お前では、我に勝てん!体中がすでに限界であろう……。それでも、止めるか?」
チャネルの体は、魔物の攻撃による擦り傷や切り傷で血が滲んでた。
拳は、硬い甲羅を殴り続けた影響で、皮膚が避けて血が流れ始めている。
体は傷だらけ、スタミナもそんなに残っていなかった。
素手では、魔物にダメージを与えられない。
……そんなことは、分かっていた。
しかし、ファントムには何か策があるらしい。
だからこそ、チャネルに『しばらく食い止めてください』とお願いしたのだ。
チャネルの心は、ファントムにお願いされた時、すでに決まっていた。
ファントムの策を信じて、魔物をこの場所に食い止める!
「止めるわ」
少しの迷いも無く、ただファントムを信じ、チャネルはそう答えた。
ファントムを追うために必死になるであろう魔物の攻撃に少し恐怖しつつ……。
「女、殺す前に名前を聞いておこうか」
「……チャネル・ベル・フェアリー」
「その名、心に刻んでおこう。チャネル、覚悟はいいな!死ね!!」
魔物は、そう言うとぶくぶくと口から泡を吐きだす。
チャネルは、その泡に嫌な予感を感じて、すぐにその場から離れた。
すると、魔物が吐き出した泡が、チャネルの先ほどまで立っていた場所に吐き飛ばされた。
泡が地面に触れた途端、ジュウっという嫌な音と共に地面が溶け出す!
「……酸のようなものかしら?」
「ほう、ただの怪力馬鹿ではないようだな。消化液を泡にしたものだ。強力な酸と捉えてもらってよい」
魔物は、徐々に勢いを増して酸の泡を吐き出し続ける。
泡は、空中にいくつものシャボン玉をつくり、足場ではマグマのように少しづつ、全体を覆いながらチャネルに迫っていった。
空中と足場のダブル攻撃。
しかも、魔物自身は泡で溶けないので、自由に攻撃と移動が可能という最強の布陣。
「まいったなぁ……。これは、かなりやばいね」
チャネルは、先ほど投げ捨てた壊れた斧を拾い上げると、ブンっと思い切り振った。
「早く帰ってきてよね、ファントム。結構なピンチなんだから……」
それは、額に汗を浮かべながらぼそりと呟いた、チャネルの独り言だった。