海の中?空の中です
そこは、まさに空の中だった……。
「うわぁ~……、素敵な景色」
色とりどりの魚が、空を泳ぐ幻想的な世界。
その中に、二人はいた。
「ねぇ、ファントム」
「なんですか?」
二人は、魔法具のおかげで水中でも呼吸と会話ができていた。
「とりあえず潜ったけど、ここから物語の中にも出てくる『水の洞窟』ってのを探さないといけないんじゃないの?簡単に見つかるのかな?」
ぼこぼこと吐いた空気が上に向かって流れていく。
幻想的な空の中でチャネルは、そんなことを聞いていた。
「ああ、それについての大体の位置が予想できています」
「本当に!?どこ?」
「物語には、こうもありました。『そこにたどり着けたのは、もっとも深く潜れるクリンパスだけだった』と……。そことは、『水の洞窟』のことでしょう。もっとも深く潜れるってことは、それだけ深いところ……つまり『海底』。海の最も深いところです。もしかしたら、『そこ』と『底』をかけてあるかもしれません」
「なっ、なるほどぉ~」
感心したように頷くチャネル。
しかし、すぐに疑問が浮かび上がったようで、頭にクエッションマークを浮かべながら、またファントムに質問をしていた。
「ねぇ~、でもさ、海底って言ってもかなり広いじゃないの?一時間以内で探せるのかな?」
「ああ、それについても大丈夫です」
「……どういうこと?」
「【マリンビジョン】の海底は、すり鉢状になっているのですよ。分かりやすく言うと、『蟻地獄』みたいな感じです。一番深いところは、そんなに広くないはずですから、結構早い段階で探せると思いますよ」
チャネルは、頭の中でこの一帯の海底の様子を思い描いてみた。
横から見ると、V字のような形。
その一番深いところに『水の洞窟』がある……。
なるほど、『そこにたどり着けたのは、もっとも深く潜れるクリンパスだけだった』の言葉通りの海底だ。
「では、行きますよ。着いて来てください」
ファントムが先に潜ったために、後を追う形になったチャネル。
チャネルは、そんなファントムの様子を見て不満げに頬を膨らました。
「……あれ?どうかしました?」
「ん~、ちょっと悔しくてさ……」
「悔しい?」
「そうよ、悔しいの!」
チャネルは、フグのように頬をさらに膨らませ、じと目でファントムを睨んだ。
「私、ここに来てからちっとも役に立ってないんだもん。ファントムは、さっきからすっごく活躍してるのにさぁ~……。私、足を引っ張ってばっかりのような気がするんだもん……」
ファントムは、そんなチャネルの言葉を聞いてふぅ~っと息を吐き出した。
そして、しっかりとチャネルを見つめると口を開いた。
「だから、ついてきたんですか?何か役に立とうと……」
こくんと無言で頷くチャネル。
水の中だから分かりづらいが、その瞳は、少しだけ潤んでいるように見えた。
そんな様子のチャネルを見たファントムは、そっと頭を撫でると静かにこう言った。
「大丈夫、十分役に立っていますよ。私は、この辺りの伝説には少しも詳しくないですからね……。先ほどの『兵士長クリンパス』の物語には、大変助けられました」
よしよしと頭を撫でながら、ファントムはチャネルに優しい言葉をかける。
ファントムにとって、そのチャネルの気持ちは何よりも嬉しかった……。
だから、その嬉しい気持ちを素直に言葉にしてチャネルに伝えた。
「そして、なによりあなたと一緒に冒険していることが、実は一番助かっているのですよ。私は、今までずっと一人で冒険していましたから……。とっても、楽しいのです」
ぼんっ!
音を立てて、顔を真っ赤にするチャネル。
……どうやら異性に対しての免疫は、あまりないようである。
ファントムは、そんな少女の様子に微笑むとゆっくり下を目指して再び泳ぎ始めた。
そして、それから数分後。
「……どうやら、ここが一番深いところのようですね」
チャネルが真っ赤になって黙ってしまったので、あまり会話らしい会話もないまま【マリンビジョン】の改訂に到着した。
「片道8分程度、往復で16分ですか……。なるほど、並みの人では絶対に辿り着けない深さですね」
自分が吐いた空気が、ぼこぼこと上へ昇っていく。
それを追いかけて、顔をあげると遥か上のほうにボートが浮かんでいた。
「さて、急ぎましょうか。帰りのことを考えるとあまり時間に余裕がありません」
「うっ、うん。わ、わ、わかったわ」
さっきと比べるとずいぶんと落ち着いたようだが、まだ顔が赤いチャネル。
ひたすら、ファントムと目を合わせないようにして会話をしていた。
「ん~、まぁいいですけど。……それにしても、これじゃあ探しようがありませんね」
ファントムは、周りを見渡してため息を吐いた。
二人立っている場所は、半径500m程度の円状の砂地だった。
周りは、岩で囲まれていてぱっと見ただけで洞窟のような穴がないことが分かった。
「もうさぁ、得意の推理で『水の洞窟』ってのも謎解きしちゃってよ」
まだ照れているのか、あさっての方向を向きながらあははーっと冗談交じりに話すチャネル。
「ん、そうですね。考えてみますか」
ファントムは、その言葉を真に受けて、周りの岩を睨みながら一生懸命に考え始めた。
そんなファントムの邪魔をしないように、チャネルは岩場を丹念に調べ始めていた。
「えーっと、洞窟って事は人が入れるくらいの大きさの穴があるってことだよね?そんなの簡単に見つけられそうだけどなぁ……」
チャネルは、独り言をつぶやきつつ、岩場の隅から隅まで丹念に探していくが、どこにもそのような穴は見当たらなかった。
チャネルが辺りの散策を諦めて、ファントムのところへ戻る途中……何かにぶつかった。
「あいたぁ!?」
ごんっという派手な音をさせ、チャネルはその場にうずくまった。
ファントムが、それに気がついて、チャネルのそばに行くと、チャネルは真っ赤になった鼻をさすっていた。
「も~、どうしたのですか?何かにぶつけたんですか?」
ファントムは、肩をすくめチャネルに手を差し出す。
チャネルは、その手を取り立ち上がると、真横の空間を指差し不思議なことを言い出した。
「ファントムぅ~、ここになにかあるよぉ」
「へ?何かってなんですか?」
「ん~、見えない壁って言うの?そんな感じのがあるのよぉ~」
ファントムは、チャネルの指差す方向に向かってゆっくりと手を出した。
「!?……へぇ~、これは気付きませんでした」
するとそこには、確かに見えない壁のような物があった。
ファントムは、その見えない壁のごつごつとした出っ張りの一つを手でつかみ、力を込めて引っぺがした。
すると、なんとその場所から岩肌が現れたのだった。
「えっ?えっ?ファントム、これはどういうことなの?」
突然、現れた岩肌に戸惑いを隠せないチャネル。
ファントムは、手にした生き物をチャネルに見せると、にっこりと笑い説明を始めた。
「これは、【インヴィンジブルシェル】と言う名の貝の一種です。別名【隠れ貝】とも言われています。この貝は、特殊な貝殻を持っていて、他の生物の擬態とは比べ物にならないほど周りの風景と完璧に溶け込むことができるのです」
そう言って、ファントムは、手にしていたアワビによく似た形の貝を体にくっつけた。
すると、あっという間に貝は海の色と同じになり、まるでファントムの体に穴が開いているかのような擬態をしたのだ。
「へ~、この世界には色んな生物がいるのね。私は、ずっと山で暮らしてきたから海の生物については何にも知らないのよね」
チャネルは、生物の神秘に感激したようにその貝をつつく。
そんな中、ファントムはその岩肌を手で探っていた。
「ふむふむ、『水の洞窟』とは言ったものだね。チャネル、君が見つけたこれが『水の洞窟』らしいですよ」
ファントムは、、【インヴィンジブルシェル】の群生地帯となっている岩肌に手を置くと満足に笑った。
「この貝のお陰で水と溶け込むことが出来ているこれが、『水の洞窟』の正体のようです。触っていて分りましたけど、この岩は横ではなく縦に伸びているみたいです。この岩に沿って登ってみましょう。きっと上のほうに入り口があるはずです」
ファントムは、そう言うとチャネルの手を取り、上に向かって泳ぎだした。
二人が岩に沿って泳いでいくと、頂上は岩と岩の隙間にあり、そこには人が一人入れるだけの穴が開いていた。
「うん、ビンゴでしたね。では、僕が先に行きますのでチャネルは……」
「『ここで待っていてくださいね』とか言わないわよね?」
「……後から着いて来てください」。
先に釘を指されてしまったファントムが、苦笑いを浮かべて洞窟の中へ入っていく。
チャネルは、ファントムの言葉に満足げに頷くと、その後を追っていった。