月明かりの下で
お題【方言/三日月/ひとり】
黒く垂れこめた雲は、月明かりを遮っていた。それを古い小さなビルの窓から空を見上げても、月は見えない。
「まぁ、月なんて見ても、綺麗なんて思えないから、別にいいか」
彼女の名前は、38という番号からミツハ。人工的に作られたため、各々に番号が振り分けられている。その中で38番目に生まれた。
そんなミツハの手には長刀、シンプルなTシャツに、ジーンズという格好。服だけ見れば、普通の女の子だけれど、手に刀がある時点で、普通でない。
「ぐ、う……」と、うめき声が聞こえてくた。振り返ると、スーツ姿の男が床に落ちてある拳銃を取ろうと、手を伸ばしていた。
ペタペタと、裸足で男に近づいていく。ヒールの靴を履いてきたが、仕事をする時には邪魔になるため、脱いでいる。
「まだ生きてたの?」
「お前は、どこの機関の、やつだ……」
「どこだっていいじゃん。私は命令されただけだから」
そう言うと、拳銃に伸びている男の手に向けて、刀を突き立てる。まだそんな声が出る元気があったのかと思えるほど、大きな叫び声を上げた男。
すぐに刀を手から抜くと、男の首をはねると同時に叫び声もすぐに止んだ。
「帰ろ……」
ミツハは飼われている身。施設で作られ、生まれ、そして買われた。今は暴力団に飼われている。
友達などいない。彼女はひとり。親も友人も恋人もいない。動物のように飼われている。そして、今から帰る家も誰もいない。いつもひとり。
ヒールを履き直し、ビルを出ていく。すると、黒い雲がゆっくりと消えていく。三日月が顔を出してきたお陰で、赤い刀身が光る。
カツカツと、ヒールの音を立てながら道を歩いていく。
「月が綺麗ね」
突然、女の声が聞こえてきた。月明かりに照らされた白いワンピース。
「こんばんは」
「誰…….」と呟くと、警戒し刀を構える。
女は微笑みながら、ゆっくり近づいてくる。
「赤い刀身を持った女の子。うん、噂通りね」
「なに、誰なの」
「私は、花梨。あなたを買いに来たの」
「私を?」
「そうよ」
花梨は一瞬にして、ミツハの間に入り込んできた。目の前には花梨の紫色の瞳がある。
「さぁ、一緒に行きましょう。ミツハ」
花梨に手を取られ、ミツハは月明かりの下を歩いていく。今、この時から、ひとりではなく、ふたりになった。