第二章 サバイバル
(ほっほ~すげえハイテクだな~)
早坂雄一は学生証をタッチして靴箱を開く。校門もそうだが全てセキュリティで守られていた。
「若干面倒臭いけどハイテクって感じだ」
用意されていた上履きに履き替えながら学校を見渡す。するとそこは新築されたばかりでシミ一つ無い。美術館の様な校舎が広がっていた。
「うん。悪く無い」
(何故か行きは高級外車で迎えが来て満員電車に乗らなくて済んだし、金持ちの学校ってこんな感じなのかな? いひ。ラッキーだな)
雄一は意気揚々と教室に向う。教室は二階の二―Bだった。
『ガラガラガラ』
教室の前まで行くと閉まっていた扉を雄一は開く。
するとそこはパンフレットに載っていた教室だった。綺麗で高校とは思えないほど近代的。
更に生徒もチラチラと居る。雄一は自分のネームプレートがある机に向った。
雄一が席に着席した時だった。
『ゾゾゾォ……』
(ん?)
雄一が中腰のまま視線を上げる。何とも言えない怖気の様な物を感じた為だった。
(気のせいかな?)
雄一はそう結論づけて着席する。実際異変は無かった。
「それにしても……」
雄一が周囲に視線を向ける。
(まあ皆入学初日だから緊張しているのも分かるけど)
雄一は苦笑いを浮かべる。雄一が考えている通り、教室の空気はギスギスしていて、クラスメイト達は誰一人会話をしていなかった。
そうしてしばらく経つと教室内に全ての生徒が集まった。しかし、依然として生徒達は無言。そんな様子に雄一が一抹の不安を抱いていた時だった。
『ガラララララララ』
「はわぁ! 遅刻遅刻! 折角就職出来たのにクビになっちゃう」
教室の空気を吹き飛ばす様に騒がしく教室に乱入する女。それに全員の視線が集中する。
茶髪のセミロングに丸いふち無しの眼鏡をかけ、服装はゆったりとした花柄のシャツにジーパンとまるで女子大生の様な出で立ちだった。
表情もそれに似合うように柔和で若々しい。二十代前半といったような感じだった。
「オホン。はぁ~い皆~おはよう~席に着いて~って皆もう席に着いてるね」
ニコッと微笑んだ姿を雄一は見蕩れる様にジッと見た。
(可愛いな)
つられる様に雄一も笑う。しかし、教室内で笑っているのは雄一とこの突如現れた女だけだった。
「え~皆今日からここに通う様になった新入生さんだよね~私はこのクラスの担任になった……」
そう言って女はタッチパネルに触れて操作する。すると顔写真つきのプロフィールが黒板に表示された。
「笹倉ネル(ささくらねる)だよ~よろしくね~。じゃあ取り合えず出席を取ります~きゃ、こういうの憧れてたんだよね~。じゃあ一番! 赤羽君」
唐突に始まった出席だが一番目の生徒は何故か返事をしなかった。
「あれ~赤羽君は欠席かな~。君は赤羽君じゃないの?」
ニコッとネルが赤羽とネームプレートが置かれた机に座る男に軽やかな笑みを浮かべる。しかしそれに赤羽はドンと机を叩いた。
「下らん」
そう言って立ち上がった赤羽は改めて見ると巨漢の男だった。制服からはちきれんばかりの筋肉が見て取れる。
(おいおい何だよ……)
雄一が半ば呆然としながら赤羽を見た。どうしてこんな事で非協力的なのかと疑問を抱いていた。
「どうしたの~? トイレかな?」
だがそんな赤羽に全く動揺する事無くネルは首を傾げる。
(この人もマジで天然なのか?)
雄一は取り合えず動向を見守る。
「下らないと言ったのだ。学生ごっこをする為に俺達は集められたわけではないだろう。俺達はいわば敵同士、馴れ合うつもりは無い」
(おいおい何を言ってるんだこいつは? 敵同士? 俺達が何で?)
「あれ~でも赤羽君も今はここの学生だよ~。ごっこじゃないよ? 皆で学園生活をエンジョイしよう? ね! レッツエンジョイ学園ライフだよ!」
小さくガッツポーズするネル。本当に可愛いな~と雄一はその様子をニヤニヤと眺める。
「何がエンジョイだ……ふざけるな! 俺は我が流派。大氣拳が最強だと証明しに来たのだ。そちらが開始の合図をしないなら。俺が先陣を切らせて貰う」
そう言って赤羽は学生服を投げ捨てた。それは最早、臨戦態勢だと言っても良いだろう。
すると何故か他の生徒が数人立ち上がった。それは赤羽と同じく殺気だっている。
(おいおい。何だよおい……やばい雰囲気だな)
雄一も場の異常を察したように少し気持ちを張り詰めた。だがそんな空気を壊すかの様にのんびりとした声が響く。
「はいはい。皆座ってね~。もう! 呼ばれるまで立っちゃ駄目だよ。困ったちゃんばかりだな~。あ、後、赤羽君」
ネルは赤羽についでと言った様子で声をかける。
「何だ?」
「うん。え~と君は最強になりたいんだっけ?」
「最強になりたいのでは無い。最強なのだ。我が大氣拳は無敵なのだ」
「ふふ、そっか~。でもね。残念だけどそれは先生違うと思うな」
ネルは顎に指を当て、何かを考えるように教室を見渡す。
「そうだね~先生が見た所、赤羽君の強さは下から数えた方が早いかな~」
その言葉に教室中が絶句した。
「…………貴様ぁ」
するとブルブルと屈辱に体を震わせた赤羽が紅潮した顔でネルを睨みつける。
「おい……ちょっと待て!」
危険な雰囲気を感じ取った雄一が立ち上がる。しかし、それは手遅れだった。
「だからここで先生と勉強して、他の道を見つけよ♪ 若いんだから大丈夫だよ!」
その一言が止めだった。
「我が流派を愚弄するとは許せん!」
赤羽がネルに向って跳んだ。それは巨漢を感じさせない敏捷さだった。
「はれ?」
ネルが呆けた顔でそれを見る。
(間に合え!)
雄一は五列目から教壇に向って跳んだ。その跳躍は見事で一気にネルに迫ったが、如何せん一列目の赤羽とはスタートが違いすぎた。
着地した雄一がネルを見る。すると丁度赤羽の拳がネルに迫っていた。
「止めろ!」
雄一が手を伸ばして叫ぶ。その瞬間。赤羽の拳がネルを貫いた――。
『ドン!』
凄まじい衝撃音が教室に響く……。
しかし、それはネルからでは無く赤羽からだったが。
「がはぁ……」
白目を向いて巨漢の赤羽が腹を押さえて地面に倒れた。その体はビクビクと痙攣している。
「あれ~予想と違ったかな~。もっと頑丈だと思ってたのに~。意外と脆いかったよ~」
メールなら(汗)とついていそうな顔でネルが困ったように自分の拳を見る。
(な、何だ今のは……)
一部始終を見ていた雄一は手を伸ばした体勢のまま固まった。
小柄なネルに襲い掛かる赤羽。そんな赤羽の拳を涼しい顔でかわしその腹部にネルはカウンターの正拳突きを放った。それが突き刺さると同時に大砲の様な音が鳴り赤羽は倒された。
俄かには信じられない様な光景だった。だが実際に事は起きている。
「うん。でもしょうがないか。校長もこういうのは気にしないで良いって言ってたし。続けよう、続けよう。じゃあ次。井上康生君」
雄一が呆然と見守る中、ネルは何事も無かったかの様に出席を再開した。もちろん赤羽は倒れたままである。
その様子を見ていた生徒達はもう反抗的な態度を見せる事無く出席に応じていた。相変わらず愛想は無かったが。
「は~い。次。早坂雄一く~ん」
そんなこんなで雄一に順番が回ってきた。雄一は未だ教壇の前に立ち尽していた。
「あ、はい」
雄一が答えるとネルがニコッと笑う。
「さっきは私の事を助けようとしてくれたね。ありがとう~」
「い、いや……はぁ」
(助けなんて全然必要なかったみたいだけど)
雄一がそう思っているとネルはジッと雄一を見る。
「う~ん。でもお父さんの鉄心さんにはあんまり似てないね~? お母さん似なのかな?」
「え? 親父を知ってるんですか?」
何故父親の名前が出るのかと雄一は驚いた様な表情でネルを見る。するとネルはクスクスと笑った。
「知ってるよ~。というか、この学校で鉄心さんを知らない人は居ないんじゃないかな~? 有名人だからね。鉄心さんは」
「親父が有名?」
雄一はその言葉に疑問を覚える。雄一の知る鉄心はただの普通のサラリーマンで、とても有名人とは思えない。
「うん。有名だよ~。ね~皆~」
そう言ってネルは教室の生徒に声をかける。
「まさか……本当に鉄心の息子か?」
「威圧感が全く無い。気配を消しているのか?」
何故かざわざわした教室に雄一が戸惑っていると、ネルが雄一を見て親しげな笑みを浮かべた。
「私も昔鉄心さんにお世話になったんだ~。だから宜しくね~雄一君」
「はぁ……宜しくお願いします」
釈然としない物を感じながらも雄一は席に戻った。しかし戻る途中も教室中の視線をヒシヒシと感じていた。
こうして殺伐とした空気のまま出席が取り終わった。ネルはトントンとファイルを叩くと生徒達を見る。
「じゃあこれから一緒に頑張ろ! さて、これから校長の挨拶があるから皆体育館に移動ね! じゃあ時間になったら呼びに来るから。それまで休憩です! 皆他の子と親睦を深めてね! チュ!」
最後にネルは投げキスをして教室を去って行った。
(親睦を深めてねって……)
雄一はクラスメイトを見渡す。しかし、全員殺伐としていてとても親睦を深めるといった感じでは無かった。
(この学校は何か可笑しい……)
雄一は既に帰りたい気分で一杯になっていった。ず~んと暗い表情で机に突っ伏す。
「ダイジョウブですか?」
「え……」
雄一が顔を上げると隣の席の男が雄一の事を微笑んで見ていた。
男は……一言で言うと外国人だった。青い瞳に茶色の髪。日本人には無い彫りの深い顔。
これだけ見ればイケメンを想像するだろうが、実際はひげ面で顎が割れている為、二枚目という感じでは無く。むさ苦しい感じだった。
(こいつ本当に高校生か?)
更に言うなら雄一がそう思うほど老け込んだ男だった。
「貴方は……えっと」
「オー。私の名前はミハエルです。昨日ロシアから来ました」
そう言ってミハエルは雄一に向って手を差し出した。雄一は若干戸惑いながらも握手に応じる。
「暗い顔してま~す。何か心配事、ありますか?」
「心配事って言うか……何か皆ピリピリしてない?」
「オー。確かにそうですね。でも気にしない。皆初対面で緊張しているだけネ」
そう言ってミハエルはポンと雄一の肩を叩いた。
(あれ……意外にいい奴かも)
雄一は見た目のゴツイ、ミハエルに親近感を覚える。初めて親近感を覚えた相手が明らかに異国のロシア人というのが寂しい所だが。
「仲良くしましょう。ユーイチさん」
「ああ。宜しく。ミハエルさん」
雄一はクラスメイトと初めての自己紹介を終えた。
「ハハ。ミハエルでオッケーよ。ユーイチさん。貴方いい人ね。目を見れば分かる」
「お、おう。そうか……」
熱い視線を送ってくるミハエルに雄一は若干引き気味に答える。
「でも。それだけに心配ネ。優しさはこの学校じゃ命取りになりかねないからネ」
「え? どういう事だよミハエル? 命取りって意味分かってるか?」
学校で何故命の遣り取りが出るのかと雄一は顔を強張らせた。しかし、それと同時に今までの事から武林高校が明らかに異常な学校なので嫌な予感を感じていたのも事実だった。
「でも大丈夫ヨ。その純粋さを持っていれば、きっといい事が待ってるネ」
ビシッとミハエルは親指を立てた。雄一はもう訳が分からなくなっていたので、取り合えず曖昧に頷いた。
『ガララララララララ』
すると丁度教室のドアが開いた。それと同時に何故か空手着に着替えたネルが入ってくる。
「はいは~い。皆さん。おトイレ等は終わりました~? これから体育館に移動するので私に付いて着てくださいね~」
ゾロゾロと生徒達が動き出した。俺とミハエルもそれに倣って移動を開始する。
「うちの学校は入学式とかは特別やりません! 面倒臭いですから! 基本的に校長が面倒臭いと思ったイベントは全部カットしてます!」
ネルがルンルンな様子でそう言った。
(大丈夫かよ……この学校)
不安だけが募る雄一だった。