第一章 巻き込まれた男。 6
「龍拳」
眼鏡にスーツの男。佐伯軍治が声をかける。
そこは冷たく暗い部屋だった。およそ普通の人間が立ち入る事の無い場所。
そんな中に鉄格子で囲われた牢獄が有った。その牢獄に向って佐伯は声をかけたのだった。
「何? 軍治おじさん」
するとその牢獄から幼い声が響いた。
軍治が無感情な視線を牢獄に向ける。するとそこには中学生くらいだろうか。幼い顔立ちの美少年が冷たそうな床に座っていた。
普通ならば虐待だと思うだろうが、何故かその龍拳と呼ばれた少年の発する空気がそう呼ぶのを躊躇わせる。そんな異様な空気。
「龍拳。お前の謹慎を解く」
佐伯は事務的な口調でそう言った。すると龍拳はにっこりと笑みを浮かべる。
「本当? はは。嬉しいな」
無邪気な笑みだった。それは牢獄の中ではかえって異質だった。
「勘違いするな。お前の罪が消えるわけじゃない。だが非常事態だ。お前の力が必要になった。これが終わったらまた謹慎してもらう」
「はは。酷いな~僕ってそんなに悪い事したの?」
「……当たり前だ。門下生を百人再起不能にして。ただで済むと思っているのか?」
苦々しく佐伯がそう言うと、何故か龍拳はクスクスと笑った。
「はは。可笑しいな~軍治おじさんは。僕達は武人でしょ? 戦って何が悪いの? 覚えた技を使わないなら意味が無いじゃない」
「…………まあいい。お前のその力を存分に使える場所がある。そこなら好きなだけ相手を壊して良い」
「本当に? はは。楽園だねそこは。何処に有るの? いつ行けるの?」
まるで遊園地に行くのを楽しみにする子供の様に龍拳は微笑む。
「明日から行ける。準備しろ」
そう言って軍治は牢獄の鍵を開けた――
『ジュ』
それと同時だった。焦げ付く様な音が聞こえたのは。
「…………何のつもりだ? 龍拳?」
佐伯が眼鏡の奥から鋭い視線を送る。
「はは。やっぱり軍治おじさんは強いや。新しく考えた技なんだけどどうかな?」
コクリと首を傾げる龍拳。
普通に会話しているが、二人の状態は異常だった。龍拳のナイフの様に伸びた手刀は佐伯の首筋を掠めている。佐伯が首をかわさなければ、恐らく喉元に突き刺さっていた事は、掠っただけで出血している首筋からも良く分かった。
「ふう……まあ良い。お前の任務はただ一つ。勝つ事だ。絶対に負ける事は許されない」
軍治がそう言うと仮面の様な笑みを龍拳は浮かべる。
「はは。負ける? 有り得ないよ。負けるなんて僕にとってこの世で一番難しい事だからね」
こうして一人の悪鬼が檻から解き放たれた。