最終章 戦う心 11
(この人は……)
龍拳は雄一の頭を潰すべく、その手を伸ばす。だがそれはとても緩やかだ。何故ならば、極限まで高められた集中力が時間を圧迫していたから。
(始めて正面から僕を見ている人だ……)
龍拳の胸に遥か昔に忘れ去られた感情が微かだが呼び出される。
龍拳の視線が雄一の視線と交差する。雄一の視線は龍拳だけを捉えていた。そこに龍拳に対する恐れや憎しみは無い。ただただ無心に拳を突き出す姿が有った。
(ああ……どうしてだろう……どうして僕はこんなに胸が痛いんだ……)
龍拳の手が雄一の頬に突き刺さる。雄一の頬からゆっくりと血が飛び出す。
(ふふ……でも何だか気持ち良いや……)
龍拳がそう思った時だった。雄一の拳は龍拳の頭に激突し、龍拳を地面に叩きつけた――。
「はぁ……はぁ……」
雄一の体からどっと汗が吹き出る。限界まで酷使した精神力は雄一の体力を著しく奪っていた。
『それまで!』
その瞬間、久我その巨大な手を上げた。
『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
会場中からこの日一番の歓声が上がった。それは完全決着を意味していた。
「はぁ……はぁ……」
雄一は息を切らせながら足元に倒れる龍拳を抱きかかえる。その動作はとても慎重で丁寧な物だった。
雄一の腕の中で眠るように目を閉じる龍拳はとても幸せそうな顔で、本当に可愛らしい女の子その物だった。
「…………………………ふふ、負けちゃったね」
だが、直ぐにその目がうっすらと開く。そして何処か憑き物が落ちた様な笑みを龍拳は浮かべる。
「大丈夫か? 気持ち悪くないか?」
「ふふ……大丈夫だよ。これでも鍛えられてるもの……ふふ、でもお兄さんの拳骨は確かに今までのどの攻撃よりも痛かったよ」
甘える様に龍拳は雄一に体重を預けた。雄一はそれにクスッと笑う。
しばらくすると担架がやって来た。雄一が龍拳をそれに乗せようとすると龍拳は首を振る。
「大丈夫。一人で帰れるよ」
龍拳は少しよろめきながら立ち上がるとゆっくりと歩き出す。だがしばらくすると立ち止まって雄一を振り返った。
「お兄さん……僕――」
何か言いたげな、しかし、どう言葉にして良いか分からないと言った様な顔をした。それに雄一は頷く。
「また……今度な」
「! ……うん……」
龍拳はくすぐったそうな笑みを浮かべて去って行った。
「雄一さん」
凛とした、しかし何処か甘い声が雄一の耳を叩く。雄一はそちらを振り返った。
「あ、瑠衣! もう起きても大丈夫なの? 寝てなきゃ!」
雄一は慌てた様に瑠衣に詰め寄った。しかしそんな雄一を見て瑠衣は苦笑いを浮かべる。
(全くこの人は……自分の方がボロボロなのに……)
瑠衣は呆れた様に溜息を吐いた。平然としているが雄一の体は龍拳の必殺の技を何度も受けたのだ。普通ならば病院のベッドで寝ていても可笑しくない。
「ふふ……ふふふ」
瑠衣は堪えきれない様に笑った。それに雄一は戸惑った様に目を開く。
「全く貴方という人は……心配甲斐の無い人ですね!」
瑠衣はそういって雄一に抱きついた。雄一は反射的に瑠衣を抱き止める。
(本当に……どうしてこんなに愛しいのでしょう)
瑠衣の胸裏にはただ雄一への好意が自分でも制御出来ないほど詰められていた。
『ちゅ……』
瑠衣は自分の思いの赴くままに雄一の唇に自分の唇を重ねた。
「む……むぅ……!」
雄一は何が起こったのか一瞬分からずパニック状態に陥る。だがそんな中でも瑠衣の唇の感覚だけはリアルだった。
『おぉお……』
会場が別の意味で沸いた。しかし、瑠衣はそんな事を気にする事も無くキスを続ける。そして雄一にとって一瞬だか、とても長い時間だか分からない時を経て二人は離れる。
「あ、あのぉ……ちょっと……ええ! ちょっとマジで?」
雄一の口からはまともな言葉が出なかった。それに対し瑠衣は何処か悪戯な笑みを浮かべる。
そんな雄一の混乱がピークに達した時、雄一の腕が物凄い力で上げられた。雄一が見上げると久我がにっこりと微笑む。
『優勝者! 早坂雄一!』
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
こうして全校武術トーナメントは幕を閉じた――。




