最終章 戦う心 6
「ほっほっ慌てちょる。慌てちょる」
審判という最も近い位置で観戦しながら久我は関心した様に頷く。
「疑問じゃろう。佐伯君。何故そんな攻撃が当たるのかと」
久我は龍拳の戸惑いを正確に捉えていた。
「答えは簡単じゃ。佐伯君。お主は雄一君に呑まれているのじゃよ」
(佐伯君。お主は多分これまで鋭利な殺意を持って戦って来たのじゃろう。殺意は人の持つ感情でもとても強い気を放つ。相手がそれに呑まれれば、体は恐怖で硬直するじゃろう)
「しかし、雄一君の気は純粋な闘志。そこには鋭利さは無い。しかし、本人の意思でどこまでも広く、そして力強い気を発するのじゃ。佐伯君はその気に呑まれた。恐らく人生初の経験じゃろう。気が呑まれて動きも鈍い。それでは雄一君の攻撃をかわせんよ」
(早坂流気縛り)
久我は鉄心の事を思い浮かべた。若かりしの鉄心はその気迫だけで百を越える敵の足をその地に縛り付けた。それはまるで鋼鉄の鎖。
「あ、あは……そうか、お兄さん。僕はお兄さんの気に呑まれていたんだね? 初めての経験だから分からなかったよ……」
龍拳は極端な前傾姿勢を取った。それはまさに今にも襲いかかろうとする獅子の如く。
『ゴォオオオオオオ……』
「ひ、ひぃ……」
体育館の二階にある観客席から悲鳴が上がる。それは幻聴が聞こえるほどに研ぎ澄まされた龍拳の殺気に当てられた為だった。
「ふぅ……これで気に呑まれる事も無いよ? さあ必殺技を破られたお兄さんはどうするつも――」
龍拳の言葉の途中で雄一は龍拳へ拳を放った。それは酷く直線的だが龍拳のこめかみをかする。
「一つ言いたい事が有る」
雄一はそう言ってかわされた拳を自分の胸に持ってきた。
「あは! 何さ!」
「君にじゃないよ。俺が言いたいのは君を育てた親にだ」
雄一は大きく息を吸い込んで……叫ぶ。
「子供にどういう教育してんだ! 人を傷つけちゃいけないという事も教えなかったのか!」
『ビリビリビリ……』
体育館が咆哮の衝撃で震えた。
「君を教育する人間が居ないなら俺が説教してやる」
「あはっ! やってみなよ! 佐伯流手技、蛇穿」
毒蛇の様な無数の鋭い手刀が雄一の体に突き刺さる。
「あはははははっはっはははははっは!」
雄一の腹部から血が飛び散る。その血を浴びて龍拳は狂った様に笑う。
「ぬぅ……」
苦悶の声を上げながら雄一が膝を着く。幾ら精神力で痛みを遮断しようと肉体のダメージは雄一の運動機能に影響を与えた。
「これで! 終わりだよ!」
龍拳が追撃を加えようとする。
『ブン!』
だがそれは雄一が伸ばした手によって阻まれた。雄一は龍拳の服を掴むと思いっきり引っ張る。
ビリっと大きな音が鳴って龍拳の服が破けた。
「まだ動けるの? お兄さん本当に人間?」
龍拳が関心した様にまじまじと雄一を見る。それに顔を上げた雄一は何かに目を止めたまま絶句した。
「お、お前……」
雄一はわなわなと震えながら龍拳を指差す。
「お前……女だったのか?」
一瞬。会場中が雄一の言葉に固まった。だがしばらくすると会場中が龍拳の姿に注目した。
龍拳が着ていたダブダブの服は今、破けており、上半身が裸になっている。そしてそこには女性特有のふくよかな乳房が有った。
「うん。そうだよ。びっくりした?」
龍拳は自らの胸を寄せると雄一に向かって見せつけた。
「ば、馬鹿……隠せよ」
雄一は慌てて視線を逸らす。すると龍拳はそれを見てクスクスと笑った。
「こんなんで顔を赤くするって、お兄さんもしかして童貞? あのお姉さんとエッチはしてないの?」
「してねえよ! ガキが変な事を言うな!」
雄一がそう言うと龍拳は口元に指を持って来て妖艶に微笑む。
「変な事かな? セックスしたいっていうのは人間の本能でしょ? 僕は自分の本能には従う様にしてるの。だからオナニーだってするし、そういった行為もしたい。でもね。どうせエッチするなら自分よりも強い人が良いの。だからまだ僕は処女だよ」
龍拳は口にあった手を自らの股間に持って来る。
「だからお兄さんがもし僕に勝てたら僕の処女をあげるよ」
「………………はぁああああああああああああああああああ」
雄一はこれ以上は無いというほどの深い溜息を吐いた。
「本当に君はどういう育ち方をしたんだ……別に君の処女はいらないけど、一度君はちゃんと怒られるべきだ」
雄一はゆっくり立ち上がると龍拳に正対する。
「女の子だと分かった以上、殴り合いなんて出来ない。だから一発。ゲンコツ一発で決着をつける」
「あはっ! ゲンコツ一発で僕を倒す?」
龍拳が間合いを一気に詰める。
「無理無理無理無理ぃ!」
龍拳の連打が雄一の腹部を打つ。それはとても反撃が出来る勢いでは無い。雄一の口から血が一筋溢れた。
「スゥウウウウウウウウウウウウウウウ」
雄一は打たれながらも大きく息を吐く。
「――――行くぞ」
雄一は確かにそう言った――。




