最終章 戦う心
「しかし……戦力ダウンは否めないな……」
剣崎が険しい顔で唸った。それはベットで眠る瑠衣の事だ。雄一達は今、瑠衣の治療の為、医務室に来ていた。
「そうかな…………」
だがそれに雄一が首を振る。
『!』
それに二年B組の面々が大小の違いはあれ、驚いた様な表情を見せた。雄一が何を言っているのか分からなかった事が一つと、それ以上に雄一の言葉に気圧されたからというのが理由だった。
「どういう意味だ? 早坂?」
そう問われると雄一は自分が何を言ったのか今、気付いた様にハッという顔をした。
「あ、いや……ただ、やる気が出たかな……俺の」
『ぞわぁ……』
雄一の言葉に剣崎達の肌が粟立った。雄一の口調は軽かったがそこには常人に無い凄みを感じた。
「何ていうかさ、最初は俺ってこの学校に居てもいいのかなって、ずっと思ってたんだよね」
雄一の言葉を一堂は静かに聞いていた。
「別に最強の格闘家っていう称号にも興味ないし、皆の事見てずっと場違いだと思ってた。だけど、卒業さえ出来れば今後の人生凄い楽になるし、それでいいかなって……けど、瑠衣と一緒に過ごしているうちに何て言うか凄い必死だと思ったんだ。それが格闘技であれ、俺を守るっていう任務であれ、瑠衣は一生懸命だった。俺はそんな瑠衣さんに魅かれてたんだよね……」
何だか方向性の無くなって来た話に一堂はしかし、首を傾げる事はしなかった。それは雄一が思いつく正直な言葉を口にしていると分かったから。
「さっきの試合もそうだよ。こんなにボロボロになるまで頑張って……だからさ、俺は多分、優勝しなくちゃいけないんだ。瑠衣が一生懸命やってる事を否定する様な真似は出来ない。だから俺は優勝するよ」
「訳が分からないぞ早坂」
剣崎が笑う。
「そうそう。雄一君。さっぱり意味が分からないっしょ~」
蛇由が呆れたように。
「ふふふ、青春デ~スネ。雄一サン!」
ミハエルはポンと肩を叩く。
「無論。優勝しよう。早坂。お前の言うとおりだ。戦力はダウンしていない。寧ろ。久々に俺も心から滾って来た」
剣崎がグッと拳を握り締める。すると空気が圧縮された様な鋭い音が響いた。
「剣崎君……皆……ありがとう……俺、必ず優勝して……そして――」
雄一が皆を見て頷く。
「この学校での武術の授業を全て廃止するよ」
『――――』
一瞬。全員の時間が凍った――。
『――はぁ?』
そして間の抜けた様な声が全員の口から漏れる。
「お、おい。早坂。一体どういう事だ?」
「え? どういうって、いや俺が優勝したらその特権でこの学校の授業を全て普通科に変えるって意味だけど?」
どうしたの? と言わんばかりに雄一が純粋な口調で聞き返す。それに剣崎は頭を抱えた。
「さっきまでお前、松尾の意志を継いで優勝するって言って無かったか?」
「あ、うん。するけど」
「それは矛盾しているじゃないか! お前は武術に対し肯定的なのか否定的なのかどっちなんだ!」
普段冷静なはずの剣崎も雄一にペースを完全に崩されていた。
「え……俺矛盾してる? 優勝は瑠衣の為にしたいけど、別に俺は武術とか興味無いからな~瑠衣みたいに一生懸命戦って、俺は武術の無い平穏な生活を手に入れたい!」
雄一はグッと拳を握り締める。
「それに武術なら学校の外にやればいいじゃん! 元々そうだったんでしょ? 学校に居るなら学校らしくつまない授業受けようよ」
雄一がニコッと笑うと剣崎達は呆れた様に溜息を吐いた。
「お前なぁ……この学校を全否定しているぞ…………ふ、だがまあいい。今日はお前が大将だ。お前の好きな様にすればいいさ」
『これより第二試合を始める!』
雄一達の話が済んだ時、丁度大会のアナウンスが響いた。
『二回戦第一試合。一年一組対三年三組!』
「取りあえずうちの組じゃないね」
雄一はそう言って安心した様子で医務室に設置されたモニターに注目する。
『ざわざわざわ……』
しかし、そこに映っていたの戦うはずの選手では無く戸惑う観客の姿だった。
「ん? 何だこれ?」
雄一は訝しげな視線をモニターに向けた。
『申し訳ありません。トラブルが有った様ですモニターを切り替えます』
するとモニターが切り替わる。しかし、そこに映った映像に医務室に居た面々は絶句した。
「これは……」
剣崎がポツリと呟く。そこに映っていた物、それはまるで虐殺でも有ったかの様な血が飛散った通路だった。
そして、そんな陰惨な場面の中、血を浴びて立つ人物。
「佐伯……龍拳」
そうそこに立っていたのは佐伯龍拳だった。そしてその周りには戦うはずの人物が横たわっている。
「ねえ……そのカメラ学校中に繋がってるの?」
血で額に髪をくっつけながら無邪気な表情で龍拳が尋ねる。カメラがそれに頷く様に画面が揺れる。
「そっか~丁度良かった。あのさぁ~僕さ、ちょっと飽きちゃって。この大会の方針にさ。だってね、僕が戦ってない間に僕が壊したい人達が勝手に壊しあっちゃうんだもん。それって凄く勿体無いでしょ? それに試合が早く終わっちゃって……うん。とにかく退屈だったんだ。そこんとこ分かるかな?」
コクンと傾げた首に可愛らしい動作はそれだけ見れば天使の様だ。その体に付いている血さえ除けば。
「だからさ。大会の進行を早めてあげたよ。ある一チームを残して僕が既に全部のチームを潰しちゃいました」
てへっと悪びれた様子の無い感じで龍拳が詫びる。それと同時にモニターが分割した。
「酷い……」
雄一がその映像を見て思わず目を覆う。分割したモニターには龍拳の宣言通り、敗北した全ての生徒が血だらけで倒れていたから。
「ふふふ……大分お腹も満ちて来た所だけど……まだメインディッシュを食べて無いんだ。ねえ……早坂のお兄ちゃん」
龍拳の言葉にビクッと雄一の体が震える。雄一は感じていた。ここに映っている少年は、人の皮を被った化物だという事を。
「折角だから最後にとっておいたよ。さあ、僕と遊ぼう。ふふ……決勝戦だよ」
その映像が流れると同時に学園中に凄まじい歓声が響いた。それは興奮と戸惑い。多額の資金と流派の誇りをかけた大会を荒らした龍拳の行動に観客達は昂ぶっていた。
『皆様大変失礼致しました。ここで学園長である久我から説明が有ります』
そのアナウンスと共に学園がシン……と静まりかえる。
「久我じゃ。皆様予定外の事が起こって混乱させてしまったようじゃ。すまん。いや……しかし、皆様は喜んでいるかもしれんのう……なんせスリルが大好きな皆様じゃからの」
久我は大らかに笑った。久我自体この状況を楽しんでいる様だった
「わしからの言葉は一つじゃ。常在戦場。好きな時に戦え。元より戦いにルール無し。佐伯君の言っている事は正しい。何故ならば彼は強者だからじゃ。自説の正しさを証明するならば、自分の強さを示すしかない……」
久我は大きく手を伸ばした。それは全てを受け入れるという様な、強者の構え。
「これより、武林高校! 決勝戦を開始する! ルールは無用! 不意打ちも多対一でも好きにするが良い! わしから言うべき事は一つ!」
久我は天に向かって指を突き立てる。それは決戦の合図。
「己が武を持って全力を尽くして戦えいぃ!」
『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
学校中が地震の様に歓声で揺れる。その熱気は遠く離れた雄一達まで届いた。
「舐めた真似を……佐伯龍拳。学校中と戦った後に俺達と戦おうというのか」
剣崎がギリリィと歯を食いしばった。その表情は珍しく怒りに燃えていた。
「ふぁ~あ。じゃあまあ行く? 面倒臭いけど」
「ソウデスね~まあ戦う手間が省けて軍人的にはオールオッケーデスよ」
それに応じる様に蛇由がだるそうにミハエルが何処か楽しそうに立ち上がる。
「うん。行こうか」
それに釣られる様に雄一が立ち上がった時だった。何故かそれは三人の伸ばされた手によって静止される。
「え? 何?」
仲間の急な行動に雄一は困惑の表情を浮かべた。それに三人は悪戯を思いついた子供の様な笑みを浮かべる。
「早坂。お前はここで待機だ。誰か一人くらいは松尾に付いていた方が良いだろう?」
「え……でもそれじゃあ戦う人数が……」
「ふ……相手は一人だ。数の上での不利は無い。まあ……一対一でも俺は負けんがな」
「ソウヨ。ソウヨ。雄一さん。雄一さんはここで待機。でも、瑠衣さんにイヤラシイ事はノーですよ?」
「するかよ! ていうか……皆はそれでいいの?」
「別に? 問題無いっしょ。まあ大将はど~んと構えてなって事で」
「ああ、そうだな早坂。任せていろ。はっきり言ってお前の出番は無い。俺達で終わりだ」
自信満々の三人を見て雄一は諦めた様に溜息を吐く。
「分かったよ。でも無理しないでね」
「ああ、任せておけ」
剣崎達は手を挙げてそれに応じると堂々とした様で医務室を出た。それはまるで早朝の散歩に出かける様な気負いの無い振る舞いだった。
それと共に医務室に状況とは場違いなほどの静寂が訪れた。雄一の目の前には静かな寝息をたてて眠る瑠衣の姿がある。
「大丈夫だよね……瑠衣」
雄一は祈る様に手を組んでそう言った――。




