第六章 全校武術トーナメント開始。6
「瑠衣さん!」
雄一は吹き飛んで倒れた瑠衣に向って走り寄った。その表情は雄一が今まで学校で浮かべたどの表情よりも狼狽していた。
「瑠衣さん。しっかりして!」
雄一は瑠衣を抱きかかえその体を揺さぶる。しかし、瑠衣は目を閉じたまま一切の反応が無かった。
「ふぉ、ふぉ。も、もう少し楽しめるかと思っていたの~。しょ、しょせん小娘では松尾流を完全には体得する事が、で、出来なかったようじゃのぉ~。せ、折角月隠流と松尾流の忍者対決とかやりたかったのに。忍術を使うまでも無かったわい」
プルプルと今にも倒れそうになりながら亀田が笑う。
『勝負あり! 勝者亀田!』
審判が手を挙げた。勝負は決まった。これで亀田に六ポイント。三年A組と二年B組の得点は並んだ。
「ふぉ、ふぉ、次の試合でわしらが勝ってお仕舞いじゃ。しゅ、主君を守れず、目的も果たせない。松尾流の後継者はみっとも無いの~」
優しい顔で毒を吐く亀田。しかし、それに文句を言う者は居なかった。それほどの実力を亀田は見せ付けていたから――。
「黙れよ糞ジジイ……」
――いや、文句を言う者は居た。
「ほう……何じゃ?」
亀田の目が鋭く細まる。そしてその刺すような視線が雄一に向う。
「瑠衣さんはみっとも無くなんて無い。俺が入学してからずっと守ってくれた」
「ふぉ、ふぉ。しかしそのざまじゃ。そんな様でどう主君を守る」
亀田の呂律が急にスムーズになる。それはまるで今、まさに戦いのスイッチが入ったと言っているかの様だった。
「守ってくれたさ。これからも守ってくれる。なあ知ってるかじいさん。瑠衣さんは毎日俺と一緒に生活して嫌な顔一つせず、俺に松尾流を教えてくれたんだ。弱い俺がちゃんと学校で生活出来る様にってな、年頃の女の子だ、やりたい事だって一杯あるだろうに、使命だからって、それだけの為にさ……だから瑠衣さんはみっともなくない。俺なんかよりもずっと上等な人さ。それを証明してやる」
雄一は瑠衣をそっと横たえて立ち上がった。
「ほう。どうやってじゃ?」
「瑠衣さんが教えてくれた松尾流であんたを倒す。それで完璧だろ。俺を守り、目的も果たせる」
雄一の言葉に亀田は溢れんばかりの喜色の表情を浮かべた。
「ふぉ! ふぉ! 面白い! 今の戦いを見てまだわしと戦うというのか! 滾る! 滾るの~ふぉ、ふぉ、これだから戦いは辞められんのじゃ」
亀田が来い来いと試合場に雄一を手招きする。それに応じる様に雄一は試合場に立った。
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
それに会場中から歓声が上がった。
「お主、名は?」
「早坂雄一」
「ふぉ、ふぉ! あの鉄心の息子か! なるほど確かに似ておる!」
ふぉっふぉと亀田がこの試合で始めて構えた。
「鉄心とは一度戦ってみたかった。ふぉっふぉ、長生きをするもんじゃわい。息子と戦えるとは」
亀田は今にも戦いを始めそうな雰囲気だった。しかし、それに対し雄一は構えない。
「どうした? 怖気づいたかのぅ?」
「爺さん。取りあえず付けてる錘外せよ。ハンデがある状態で勝っても意味が無い」
「ふぉ、ふぉ! あくまで強気か小僧! そこまでわしに勝つ自信があると言うのか!」
「違う。勝つのは俺じゃない。松尾流が……瑠衣さんが俺に授けてくれた技が勝つんだ!」
「心意気や良し!」
亀田は瞬時に自らについた錘を外した。それに合わせる様に雄一も自らの錘を外す。
「さあ大将戦じゃ! 審判合図せい!」
審判の男はチラッと久我の方を見た。すると久我が大きく頷く。それを確認すると手をかざした。
「始――」
『待った!』
雄一と亀田が飛び出そうとした瞬間だった。凛々しい綺麗な声が響いたのは。
「瑠衣さん……」
その声に雄一が振り返る。
するとそこには顔色が悪く、ふらふらになりながらも立ち上がった瑠衣が居た。
「聞こえましたよ。早坂君の声」
瑠衣が細く消え入りそうな声でそう言った。そんな瑠衣に雄一は心配そうな顔を向ける。
「おかげでこうして立ち上がる事が出来ました」
「瑠衣さん無理しないで。後は俺がやるから」
「いいえ、早坂君。ここは私に戦わせてください。今まで私は本当の所、自らの為に戦って来ました。でも今は本当の意味で貴方の為に戦いたいのです」
ふっと笑った表情は雄一が見たことの無いほど可憐だった。それだけに雄一は言葉を失う。
「亀田殿。申し訳ないですが再戦をお願いします。これが本当に最後の戦い。決着をつけましょう」
「ふぉ、ふぉ、決着とな? 負け犬が生意気な。折角楽しめそうな小僧と戦えるというのにお主と戦うメリットがあるのかのぉ?」
「有りますよ。私は貴方にプレゼントが出来ます」
「ふぉ、ふぉ、何をじゃ?」
片目を瞑り問いかけた亀田に瑠衣は自ら構える事で答える。
「敗北を差し上げます。生涯無敗の亀田殿が始めてもらうプレゼントです」
「ふぉ、ふぉ、諜報専門の松尾流がわしを負かすというのか。それはとても楽しみじゃのぉ」
亀田はまるでそこ無し沼の様に心が読めない邪悪な笑みを浮かべた。その圧力は軽く跋彩を凌駕している。
(お父様。言いつけを破ります)
瑠衣はしかしそれを正面から受け止めた。受け止めた上でチラッと雄一の方を見る。
雄一はさっきまでの威勢がどうしたのかと思うほどオロオロしていた。そんな雄一を見て瑠衣は戦いの前だというのに本当に楽しそうに笑った。
「早坂君。さっき私を瑠衣って呼びましたね?」
そう問われ、批難されたのだと思い雄一は慌てて手を振る。
「ご、ごめん。咄嗟に……松尾さんの家での生活が長かったから。ごめん。学校では呼ばない様にしてたのに……」
雄一がそう言うと瑠衣は静かに首を振る。
「いいえ。いいんです……それよりも嬉しかった。ちゃんと聞こえましたよ……雄一さんの声」
その時、初めて瑠衣は雄一の事を名前で呼んだ。それに雄一は驚いた様に目を開く。
「雄一さん。私の名前をもう一度呼んでくれますか?」
瑠衣は求める様な視線で雄一を見た。すると雄一は一度息を吸い込んでゆっくりと声を放つ。
「瑠衣……さん」
「さんは要りません。雄一さんもう一度」
瑠衣の言葉に雄一は顔を真っ赤にしながらもう一度口を開く。
「…………瑠衣」
「はい」
「勝ってくれるかな?」
「はい!」
(不思議だわ……)
「もう負ける気がしない」
「審判合図じゃ!」
『大将戦……亀田対松尾……試合開始!』
こうして瑠衣と亀田の戦いが再び始まった――。




