第六章 全校武術トーナメント開始。5
(――私は幼い頃から松尾流を父に叩き込まれた)
「瑠衣、集中しろ! 一瞬の油断で死ぬのが忍びの世界。緊張感を一秒も切らすな!」
「はい! お父様!」
跋彩が小学生くらいだろうか、幼い顔立ちをした瑠衣の事を怒鳴りつけた。その叱咤に瑠衣は幼いながらも真剣に応える。
「私が投げるナイフをかわすのだ。恐れるな、木で出来た偽者も鉄で出来た本物も当たらなければ同じ事」
「はい!」
「ゆくぞ!」
跋彩はそう言って実の娘に向ってナイフを投げつけた。
「えい!」
瑠衣は次々に飛んでくるナイフを薄皮一枚の距離でかわす。それは正確にナイフの軌道を読み、恐怖を克服しなければ出来ない芸当だった。
「ふむ……瑠衣今日の練習はこれまでだ。少し話がある座りなさい」
跋彩に言われるがまま瑠衣は正座する。すると重々しい調子で跋彩は話を始めた。
「瑠衣、お前は才能がある。恐らく、歴代の松尾流でも抜きん出た才を持っているだろう」
「え……」
突然の父の賞賛に瑠衣は戸惑った様な声を漏らす。
(お父様が私を褒めるなんて……)
今までにない父の態度を瑠衣は内心不審に思った。しかし父の話を止めるわけにはいかないと思い直し背筋を伸ばして次の言葉を待つ。
「瑠衣、松尾流とは何だ?」
「はい。松尾流とは古くから国を陰から支えて来た忍術です」
「そうだ。松尾流はただの武術では無い、我が国と密接に繋がって来た。諜報活動を主にし、他国のエージェントと、場合によっては自国の不穏分子を処分してきた。しかし、松尾流はあくまで諜報専門に特化した流派だ」
「はい。我が国を支えて来た最強の流派です」
瑠衣は誇らしげに胸を張ってそう言った。だがそれに跋彩は首を横に振る。
「瑠衣よ。松尾流は最強の流派では無い」
「! どういう事ですか!」
ショックを隠し切れない様に瑠衣が叫んだ。それはそうだろう。幼い頃から命を賭けて学んできた。瑠衣は今まで松尾流こそが最強だと目の前に座る父に教わってきたのだから。
「瑠衣お前は強い。だからこそ、教えておかねばならない。我が松尾流が諜報を専門とする表の顔とするならば、暗殺を専門とする裏の顔もあるという事を」
「暗殺専門……」
松尾流は対銃器も想定した実践武術。それを上回る物など瑠衣には想像もつかなかった。
「政府機密暗殺部隊。月隠流。松尾流とは源流を同じとするが、江戸時代から二つに分かれた。表の仕事を松尾流が裏の汚れ仕事を月隠流が行ってきた。それ故に、月隠流の技は一つ一つが相手を倒すのでは無く殺す事を目的としている。だから瑠衣覚えておけ、お前は確かに最も優秀な忍びになれるかも知れん。しかし、最強の忍びは月隠流だ」
「そんなに凄まじい流派があるのですか……」
瑠衣は呆然と呟いた。それに跋彩は頷く。
「いいか、もしこの先、月隠流と相まみえる時があったならば、その時は迷わず逃げろ。我が流派は任務の達成にのみ心血を注ぐ、殺し合いは本来の任務では無い」
「戦うとは、しかしお父様、月隠流も国の為に戦う者達では無いのですか?」
「うむ。表向きはな……しかし、その実態は国すらも抑え切れなかった者達だ。それを敵対するのでは無く味方として迎え入れた。奴らは魔人よ。瑠衣、お前がこの先いくら強くなっても月隠流と戦う事は禁じる良いな」
「はい。分かりました」
(お父様がここまで言うなんて)
瑠衣は深々と頭を下げながらまだ見ぬ月隠流の恐ろしさを想像するのだった――。




