第四章 二人の同棲生活 3
「では。ごゆっくりと。夕食も二人で取られると良いでしょう」
跋彩は満面の笑みを浮かべながら周囲の目を気にする事無くブンブンと手を振った。それに雄一は軽く手を上げて応える。
跋彩を乗せた車はスス……っと静かな音で発進した。後にはショッピングモールに置かれた雄一と瑠衣が残る。
「はは……何ていうか凄いお父さんだね」
「…………普段はこんな風では無いのですが」
瑠衣は頭を抑えながらそう答える。雄一はそんな瑠衣の人間くさい仕草にふっと笑った。
「何か?」
「いや、何でも無いよ。それよりもどうする?」
「どうすると言われても困ります。私はこういった所に来た事が無いのですから」
「来た事が無い?」
「私は常に修練を積んできましたから。こういう場所には縁が無いのです。必要な物は全て家の者が買って来てくれますから」
瑠衣の話を聞いて雄一は改めて瑠衣と自らが違う事を理解した。そして同時に納得した。瑠衣が見せた人間離れした強さ。それはそういった日常を犠牲にしたからこそ得れた物だという事を。
「そっか……」
雄一は一瞬寂しそうに顔を俯かせた。だが直ぐにその顔に笑みを浮かべる。
「じゃあ。折角だから楽しもうよ」
「た、楽しむ……?」
「そうだよ。取りあえず行こう。どっか行きたい所ある?」
「と、特に無いですが……」
「そっか、じゃあまあ最初は洋服でも見る? 制服のままぶらつくのもあれだし」
「分かりました。任せます」
学校での態度とは違って瑠衣は大人しく雄一の後を付いて行く。雄一は取りあえず値段も高めではない。自らが通いなれている店に入る。
「そういえば女の子と服屋に入るの初めてかも知れない。この店でいいかな?」
「そ、そうなのですか……」
瑠衣は軽く店の中を見渡した。その顔は明らかに戸惑っている様に見える。
「正直どれも同じに見えます」
「ははっ! その気持ち。俺もちょっと分かるかも知れない。あんまり違いとか分かんないよね」
雄一は取りあえず瑠衣に合わせようとレディース物のコーナーに行く。瑠衣はその間、服よりも店の内装の方に興味が有る様だった。
「サイズお探しですか~?」
雄一達がブラブラと店内を見ていると、女性店員が人懐っこい笑顔を浮かべながら近づいて来る。それにビクッと瑠衣は威嚇する様な視線を送る。
「な、何ですか」
「いや……松尾さんそんなに警戒しなくても。丁度良い。何かオススメとか無いですか?」
「ん。彼女さんのですか? ていうか凄い美人ですね。モデルさん?」
「はは、何か似合うの選んであげてください」
「はい~お任せ下さい。気合入れて選びますから~」
妙に馴れ馴れしい態度の店員だが、次々に服を選んでいく様はベテランの風格が有る。
「う~ん。こんなのどうですか~? 今年の流行なんですけど」
「な、何ですかこのヒラヒラしたのは! わ、私はスカートなんて履きません!」
「そうですか? 絶対に似合うと思うんで。取りあえず試着してください」
強引に瑠衣の事を押して女性店員は試着室の中に入れた。普段なら抵抗するであろう瑠衣も慣れない雰囲気と店員から発せられる妙な説得力にされるがままだった。
「あ、彼氏さんは一緒に試着室には入れないんで」
「入らないよ!」
試着室では瑠衣と店員が小声で何か言い合っていた。しかししばらくすると瑠衣の声が聞こえなくなる。
「あ、良いですね~お似合いですよ。いや、割とサービス的な意味じゃなくて。あ、彼氏さんもどうぞ」
店員に呼ばれ雄一は試着室の前まで来る。するとおずおずと試着室のカーテンが開いた。
「お、おお……」
雄一は試着室から現れた瑠衣を見て思わず呻いた。それほどにスカート姿の瑠衣は可憐だった。
「………………あまり見ないで下さい」
瑠衣は自らの太腿を少しでも隠そうとスカートの裾を引っ張った。だがそれは瑠衣の可愛さを強調しただけだった。
「う~ん。天然でこの動作とは彼氏さん。やばいですね」
真顔で店員が雄一に話しかける。そこでやっと正気に返った雄一は口を開いた。
「あ、凄い似合ってるよ」
「そ、そうですか」
言葉を準備していなかった分。真っ直ぐな感想だった。それを聞いて瑠衣の頬が真っ赤に染まる。
「いいですね~やっぱデートと言えばこれですよ! ほら彼氏も着替えましょう! 彼女とバランスを取らなくちゃ!」
勢いに流されるまま雄一も服を選ばれる。二人のコーディネートを終えた店員は満足気だった。
「ありがとうございま~す。またどうぞ!」
笑顔の店員に見送られ二人は店を出る。
「何か凄い人だったね」
「ええ……そうですね」
恥ずかしそうに歩く瑠衣。しかし、雄一にはその姿が何処か楽しそうに見えた。
「ん……」
歩いていると瑠衣の視線が少し泳ぐ。雄一がその視線を追うとそこにはファンシーショップが有った。
「興味有るの?」
「いえ……何に使うのだろうと思っただけです。実用性があまり感じられなかったので」
普通の女の子だったら、何処か冷たい印象を受けたのかも知れない。しかし、雄一はもう瑠衣の事をある程度は理解していた。だから瑠衣の手を引く。
「行ってみようよ。そうすれば何だか分かるかもよ?」
「あ、ちょっと早坂君」
雄一に引かれるままに入ったのは淡いピンクを基調とした店だった。小物を中心とした店で、中高生の姿が多い。
瑠衣はその中で、ヌイグルミのあるコーナーで立ち止まると、そこに有るうさぎの人形を手に取った。
「可愛いねそれ」
「! べ、別に私は可愛いとそういうのは……」
慌ててうさぎの人形を瑠衣は戻した。
「どうして? 別にいいじゃん」
雄一がそう言うと瑠衣の顔色が曇る。
「私には……可愛いとかそういうのは必要無いんです。ただ松尾流の名を傷つけない事。それに見合った実力を身に付けること。それが私の全てですから」
(この子は……)
雄一は瑠衣が置いたうさぎの人形を手に取った。そしてそれをレジに持って行くと、購入のリボンを耳につけて貰う。
「はい。松尾さん」
雄一は瑠衣にそれを手渡す。瑠衣はそれをびっくりしたように受け取る。
「俺には松尾さんがどんな思いで松尾流の為に強くなって来たかは分からないけど、松尾さんのそういう気持ちを捨てては欲しく無いんだ」
「…………どうしてそんな風に思うですか? 私の事をまだ何も知らないくせに」
何処か攻撃的に瑠衣はそう言った。それに困った様な笑みを雄一は浮かべる。
「ごめん。良く分かんないや」
「何ですか……それ」
プイっと瑠衣はそっぽを向いて……。
「…………ありがとうございます」
聞こえるか聞こえないか位の声でそう言った――。




