第三章 戦う理由 7
「ささ! どうぞ! この鯛は絶品ですよ!」
跋彩が食事を勧める。長机の上には豪華な料理が並んでいる。
現在雄一が居るのは十畳間ほどの部屋だった。家の規模にしては小さい部屋と言ってもいいだろう。和室でプライベートを確保されたその部屋は高級料亭を思わせる。その部屋で、今日初めて会った瑠衣とその父跋彩と同じテーブルを囲んでいた。
「あ、すいません。俺生魚とか苦手で」
雄一が卑屈な笑みでそう言うと跋彩はスクッと立ち上がった。
「この鯛を作ったのは誰だぁああああああああああああああああああああああああああ!」
屋敷中が揺れるほどの怒声が響く。跋彩の顔は般若の様に険しい。
「あぁああああああ。苦手だと思ってたけどこんなに美味しそうだったら好きになっちゃうな! ありがとうございます!」
鯛の刺身をがばっと箸で取り雄一は口に放り込んだ。それを見てほっとした様に跋彩が座る。
『だ、旦那様。私に何か不手際が有ったでしょうか?』
すると緊張したかの様に本格的な板前が襖を開けて現れた。汗を垂らして土下座している。
「うむ。大儀であった」
『ははぁ……』
ほっとした様に一つ汗を零し板前が退出する。
「ちょっと……余りお父様を刺激する様な事を言わないで下さい」
「お、おう……ごめん」
ひそひそと瑠衣と雄一が話し合う。そんな二人を見て跋彩は大きく頷く。
「いや~良かった。雄一殿も瑠衣を気に入ってくださった様だ。安心しました」
それを聞いて二人が不意を突かれた様な顔で跋彩を見る。
「鉄心殿に息子殿が生まれたと聞いた時、我が妻も瑠衣を生みました。これも何かの宿命と思い雄一殿に見合う女子に育てようと日々厳しい修行を課して来ました」
突然語り出した跋彩に雄一はきょとんとした表情を浮かべる。
「瑠衣……本当に苦労をかけたな。女の子らしい生き方をさせなかった事、本当にすまなかったと思う」
「は、はい?」
突然の労いの言葉に瑠衣は混乱の極地に居る様だった。
「しかしようやく報われた。あの鉄心殿の御子息である雄一殿に気に入って貰い結婚する。これ以上の幸せはあるまい……くぅ」
感極まった様に跋彩は目頭を押さえた。そんな様子を二人は最早唖然として見ていた。
「え、ちょっとお父様……結婚って……」
瑠衣が堪らなくなって食卓から立ち上がる。しかし、跋彩は自分の世界に入っている様にこちらも立ち上がった。
「おい! 見守」
『は』
すると音も無く天井から仮面を被った男が現れる。
『うわぁ!』
雄一と瑠衣がそれを見てびっくりした様に仰け反った。
(私に気配を感じさせないなんて……一体何者?)
(あ~びっくりした。何あの仮面。糞だせえ……)
各々違った感想を抱きながらもリアクションと驚きを共有する二人。
「酒を持って来い。この日の為に取っておいたあれをな……」
『は』
見守と呼ばれた男はそう言うと一瞬で部屋から消えた。
(あれ……どうやってんだろ。マジック?)
そんな事を雄一が考えていると見守が再び現れる。
「はやいな~」
最早驚く事すら忘れ人事の様に雄一は感心していた。そんな視線の先、見守は一升瓶を持っていた。
「ご苦労」
『は』
見守が去る。跋彩は受け取った一升瓶をドンとテーブルに置いた。
「雄一殿。これは私が瑠衣が生まれた時に作らせたお酒です。その名も瑠衣」
その一升瓶の中の液体は透明ながら輝いていた。
「瑠衣が結婚した時、これを開けて結婚する相手と呑もうと思ってました。そしてそれが今日来るとは、そしてその相手があの鉄心殿の御子息である雄一殿とは……」
跋彩は号泣しながら雄一を見る。
「呑みましょう! 雄一殿! 私は嬉しい。こんな嬉しい日が来るとは……ささ! どうぞ!」
そう言って跋彩は雄一のコップに酒を注いだ。当然ながら雄一は未成年である。
「いや。そんな大事な物なら開けちゃ不味いですって! 結婚って! どういう事!」
「ふふふ。さあ、乾杯しましょう」
雄一の抗議も耳に入らないのか跋彩は瑠衣のコップにも酒を注ぐ。
「瑠衣。お前も呑め。お前の為の酒だ」
「は、はぁ……」
チラッと瑠衣は雄一を確認した。雄一が子犬の様な目を向けると瑠衣は小さく頷く。
「今、お父様を刺激すると大変な事になるかも知れません。貴方は今から私の婚約者という事にしましょう」
「しましょうってあんたは良いのかよ?」
「良いわけないでしょう」
瑠衣はしかし言葉に反して諦めた様な溜息を吐く。
「でも仕方ありません。しばらくしたら別れた事にすれば良いでしょう。だから貴方は適当に話を合わせてください」
適当に話を合わせろと言われてもそんな演技力など到底雄一には無かった。
「ささ。どうぞどうぞ」
跋彩がなおも酒を勧めてくる。瑠衣は空気を読めとばかりに雄一を見てくる。追い詰められた雄一は一口ごくりと唾を飲み込むと……。
「頂きます!」
とにかく酒を飲んで忘れようとコップの酒を一気に煽った――。




