第三章 戦う理由 4
電車を乗り継ぎ三十分。駅から歩く事十五分で目的の場所に辿り着いた。
「ここが私の家です」
瑠衣はそう言って雄一を振り返る。
雄一は瑠衣に紹介された家を見た。
「何か……大きいね」
目の前に聳え立つ木製の門を見て雄一は怯えた様にそう呟いた。門の大きさからも分かる様に、塀で囲まれた家は恐ろしく大きかった。それは最早家という可愛らしい物では無く、お屋敷だった。
「さ、行きましょう」
瑠衣は慣れた様子で門を開いた。雄一はそれに置いて行かれない様に付いて行く。
「女子の家に来たのに全くテンションが上がらないんだけど」
「何を言ってるんですか? ふざけた事を言わないで下さい」
口調は丁寧だったがゴミを見る様な目で見られ、雄一は沈黙する。
「お帰りなさいませ。瑠衣様」
庭を歩いていると家政婦が雄一達に向って頭を下げて来る。
「道場を使うわ」
「はい。分かりました」
瑠衣は端的に用件だけを伝えるとズンズン歩いていく。
「道場って……家に道場があるの?」
「あります」
瑠衣の言葉の通り道場には直ぐに付いた。
「着替えてきます。早坂君も胴着に着替えてください」
瑠衣はそう言うと胴着を雄一に渡して自分はさっさと小部屋に入っていた。雄一は渡された胴着を渋々と手に取る。
「はぁ……どうしてこんな事に。見たいテレビも有るのに」
雄一はぶつぶつと文句を言いながらも胴着に袖を通す。そして帯を腰に巻こうとした。
「ん……あれ? これってどうやるんだ? こんな感じか? 何か違う気がするけど」
常識の範囲内で雄一はやってみたが、何だか帯が歪な形になってしまい。雄一は首を傾げた。今日は武術漬けの一日だったが、授業中はジャージだし、胴着の着方なんて基礎の基礎は武林高校では教えなかった。
「う~ん。取り合えず見てもらうか」
雄一はそう言って小部屋に消えた瑠衣に聞こうとガラガラっと無造作に扉を開いた。
「――――っ!」
するとそこには下着姿になって今まさに胴着を着ようとしている瑠衣が居た。
「………………」
(あ、これ、不味い流れだ……)
雄一は停止した思考で必死に考える。だが全く名案が浮かばなかった。
『バタン……』
結果。選んだのは逃避だった。静かに扉を閉め。全てを無かった事にした。
それから雄一が待つこと十分。
『キィ……』
不気味な音をたて扉が開いた。するとそこには巫女服の様な胴着を着た華やかな瑠衣が現れる。
(はぁ……綺麗だな)
雄一はぼんやりとそれを眺めた。それほど瑠衣は美しかったから。
瑠衣がスッと座っていた雄一に正対する様に正座した。それはまるで茶の席の様に淀みの無い動きで雄一はそれに魅了される。
「わざとですよね?」
しかし、そんな瑠衣から出た第一声はそれだった。雄一は何の事だか心当たりが有り過ぎたので、ブンブンと首を振る。
「事故です。着替えてるとは思わなかったんです。更に言うと一瞬しか見てないです。本当に」
「そうですか……私が数えただけでも五秒は私の裸を見ていたと思うんですけど?」
口調が穏やかなだけに、雄一の背筋が震え上がる。
「すみません見ました。でもわざとじゃないです。ごめんなさい」
これ以上は無いというほどの綺麗な土下座を雄一は披露した。
「もし貴方が護衛対象じゃなければ、今頃顔面が陥没していたでしょうけど。今回は特別に見逃してあげましょう」
その言葉に雄一はバッと顔を上げる。
「しかし、修行の厳しさは考えていた物の三倍になりましたので。覚悟してください」
ギラっと赤い光が見える様な殺気だった目で睨まれ、雄一は自分の身にこれから起こるであろう悲劇に体を震わせた……。