第三章 戦う理由
「え~つまりどういう事?」
体育館を出た廊下で雄一がおどおどとそう尋ねる。さっきのゴリラ並の暴力を目の前にして完全に萎縮していた。
「ですから。何度も言っていますが。私は松尾流の命令により、早坂雄一殿をお守りします」
「だから。それが何でなの? 俺と松尾流に何の関係が?」
瑠衣は全く分かっていない様子の雄一に少しうんざりした様に溜息を吐きながら口を開いた。
「松尾流は昔、貴方の父上である鉄心殿に窮地を救っていただきました。ですから、そのご恩を返す為、御子息である貴方にこの学園の覇者になっていただく事にしたのです」
「覇者って。別に俺は覇者になるつもりは無いよ……」
困った様に雄一はそう呟いた。それを聞くと瑠衣がキッと雄一を睨みつける。
「それでは私が困るのです! 私は鉄心殿に恩返しをする様に命じられて来ました。何もしないで帰りましたでは、当主に合わせる顔がありません!」
(親父がそんな偉大な人間に見えないけど……)
雄一は家での鉄心を思い出す。その頭に浮かぶのはいつも母のご機嫌を伺っている姿だ。
「あ~じゃあ親父にはちゃんと伝えておくから。大丈夫ですって事で……駄目?」
卑屈な笑顔を雄一は浮かべる。するとそれにビキビキと瑠衣はこめかみに青筋を立てた。
「駄目に決まっているでしょう。私がどんな決意でこの任務に着いたと思っているんですか? このまま初日で貴方がリタイヤしたと有っては、私は家に帰れませんよ……」
(お、重い……そして面倒臭い!)
雄一は額に汗を流しながら、逃げる様に壁際に寄った。すると瑠衣は逃がさないとばかり雄一に近づく。
「もしリタイヤしたら一生貴方を恨みますから。貴方がこの学校を抜け出して彼女を作って幸せに暮らしていたら、その彼女にある事ない事吹き込んで絶対別れさせてやる……」
「復讐が具体的! 怖いよ!」
雄一は暗い表情をした瑠衣を見て体を震わせた。
「わ、分かった。分かりました。とにかく今日退学はしません。覇者とかは無理だと思いますけどそれで勘弁してください」
最早カツアゲされている学生だったが、実際逆らったら殺される恐れが有ったので雄一はそう懇願した。すると瑠衣の負のオーラがスッと引っ込む。
「ふむ。それならばいいでしょう」
完全に上から目線だった。
「俺に恩返しに来たんじゃないのかよ……何で俺が脅されてんだよ……」
雄一が理不尽な状態に小声で抗議すると。
「何ですか!」
「いえ、な、何でもないです」
キレ顔の瑠衣を見て雄一は直ぐに反抗を諦めた。そして最初に見た時に感じたトキメキが薄れていくのを感じた。
「いいですか。とにかく私の見た限り雄一殿はこの学校では一番弱いです。ですから常に私が付いて回ります。くれぐれも単独行動を取らない様に」
ビシッと指差される雄一。しかし、何かを訴えるかの様に小さく手を挙げる。
「ちょっといいかな?」
「何ですか?」
「あの~その雄一殿っていうのやめて貰ってもいいかな? 何か背中が痒くなる」
「……では何と呼べば?」
「う~ん。雄一君とか、早坂君とかそういうので」
「分かりました。では早坂君と呼ばせて貰います。では早坂君、教室に戻りましょう」
「あ、うん」
何処となくぎこちない雰囲気のまま雄一と瑠衣は教室に戻った。