第二章 サバイバル 3
君が! 読むまで! 僕は! 書くのをやめない!
『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
一瞬のうちに戦場になった体育館が怒号で支配される。
「う、わぁ……」
そんな様子を雄一はドン引きした様子で見ていた。その間にもあちらこちらでやたら高度な肉弾戦が繰り広げられている。
(大体この学校の趣旨は理解したけど。親父、あんたとんでも無い所に俺を送り込んでくれたな!)
心中で父親に恨み言を言いながら。その場にしゃがみ込む。
「はぁ……どうしようマジで」
他の者とは明らかに入学した目的が違う雄一は、戦うべき理由が全く無かった。だから目の前の戦いに参加する気は毛頭無い。
しかし、参加しなければバッチを得る事は出来ず。また自分の持っているバッチは当然狙われる対象なわけで……。
「極真空手代表! 東大晶! 参る!」
中肉中背の男が名乗りを上げながら雄一に襲い掛かった。
「おおおう!」
雄一は男が放った蹴りを反射的にガードする。
(お、おもてえ……)
男の蹴りを受けた腕が軽く痺れた。それは明らかに素人の物では無かった。
(どうする? 俺じゃ勝てねえ……)
雄一は現状の打破に頭を働かせる。この状況を何とかする策は無いのかと。
「あ、そっか」
そこで雄一は簡単な事に気付いたとばかりにポンと手を叩いた。
「どりゃあ!」
男はそんな雄一に構わず正拳付きを放つ。
「あ、ちょっと待った!」
雄一はそれをかわしながら男の前に手を出した。男が訝しげに雄一を睨みつける。
「参った。参った。俺の負けだ。バッチはアンタにやるよ」
雄一の思い付いた策。それはこれだった。
(別にこの学校に未練なんて無いしな)
取り合えず入学したんだから親父も文句無いだろうと雄一は考えていた。更に負けてしまったのならばしょうがないと。
「どういうつもりだ! お前も自分の流派を背負ってるのだろう! 何故戦おうとしない! 恥ずかしく無いのか!」
男は苛立った口調でそう言った。しかし、雄一は現在寝耳に水状態であった。
「恥ずかしくねえし、背負ってる流派もねえよ! 良いからさっさと受け取ってくれ。俺が怪我する前に」
そう言って自らバッチを外し、相手に差し出す雄一。だが、男は罠を警戒しているのか受けとろうとしなかった。
「おいおい。早く貰ってくれよ」
そう言って雄一が一歩近づいた時だった。
「おりゃぁ!」
男は渾身の蹴りを雄一に向って放った。それは倒してから確実に奪おうという決断からの行動だった。
(おいおい! マジかよ!)
勿論そんな事を想定していなかった雄一は無防備だった。蹴りは雄一の急所に向って迫る。
『ドン!』
凄まじい衝撃音。決着は一瞬だった。
「ああん?」
雄一が呆けた様な声を漏らす。
「大丈夫ですか? 雄一殿」
ふぁっと舞う黒髪に涼やかな声。更にスッと切れ長な目が雄一を捉える。
「カペ……」
それと同時に、ずずんと雄一に襲い掛かっていた空手家が地面に倒れた。その顔面は拳の形に陥没している。
「あ、アンタは……」
雄一は唐突に現れ窮地を救った美少女に見蕩れながらそう尋ねる。
「私は松尾瑠衣と申します。早坂雄一殿。貴方を守る命を受け。ここに入学しました」
瑠衣は抑揚の無い声でそう答える。だが瞳は雄一を捉えて離さない。
(これが……早坂雄一)
瑠衣はじっくりと値踏みする様な目で雄一を観察する。
(正直弱い。こんなの守る意味があるの?)
瑠衣は見ただけでそう判断した。そしてそれに誤りが無いことを瑠衣は確信していた。命懸けの任務に耐えうる修練は、その程度の技能を瑠衣に備わせていた。
「命を受けって……一体どういう事?」
若干正気に戻った雄一が疑問をそのまま口にする。瑠衣はそれに若干面倒臭そうに答える。
「言葉の通りです。私は貴方を守る様に我が父から命令を受けて来ました。今後、さっきの様な事態に対応する為に護衛させて頂きます。よろしくお願いします」
「いや、よろしくお願いしますって言われても……俺、ここでリタイヤするつもりだから。君が倒しちゃったその人にバッチを渡すつもりだったし」
雄一がそう言うと瑠衣の顔色が変わった。
(何この男? リタイヤ? 自らの流派に誇りがないの? ここでリタイヤする位の覚悟しか無いと言うの?)
「雄一殿。私は貴方を最強の男にする為にこの学校に入学したのです。松尾流は貴方の元に下るつもりです。それが我が一族の総意です」
「い、一族の総意って……重たいよ。ていうか松尾流って何? 全く知らないんだけど」
「! 松尾流を知らない?」
瑠衣は雄一の言葉にショックを受けた様に美しい顔を歪ませた。それを見て、雄一も驚いた様に口を開ける。
「え、すみません。知りません……」
(こ、こいつ……戦国時代から続く松尾流がどんな思いでその名を捨てる覚悟をしたと思っているんだ!)
瑠衣の視線が怒りを帯びる。それを見て雄一が怯んだ様に後ずさった。
『おらぁああああああああああああああああああああ!』
雄一と瑠衣に不穏な空気が流れている中、体育館の戦いも熱を帯びていた。人が人を打つ音が響き渡り、血が飛び散る。
「……分かりました。説明は後でします。とにかく後一つ。私がバッチを確保して来ますから。話はここを出た後でゆっくりしましょう」
キッと瑠衣は雄一を睨みつけると音も無くその場から消え去った。それを見て雄一は目を丸くする。
「な、何なんだ一体……」
戦場にポツンと取り残された雄一がそう言った十秒後――。
「取りました」
瑠衣がバッチを手に持ちマジックの様に唐突に雄一の背後に現れた。
「うわぁ! ていうか、早!」
若干飛び退き、早くなった鼓動を抑える様に雄一が胸に手をやる。瑠衣はそんな雄一を冷めた目で見ていた。
「とにかくノルマは果たしました。ここを出ましょう」
「あ、ちょっと待って!」
スタスタと歩き出す瑠衣に雄一は慌てて付いて行く。
こうして雄一は不本意ながら武林高校の最初の試練を乗り越えたのだった――。