act1 霧原新 02
◆
(...ここは?)
霧原新が目を開くと、そこはなんの変哲もないビルの屋上だった。
(何だ...?何も変わってない?)
いくら周りを見回しても、大した変化は見当たらない。しいて言うならば、時刻が朝だったことだ。
(俺は...寝てたのか...?)
思考を辿る。確かに別の世界に行くことが出来ていたはずだ。しかし、あたりの状況は全く変わっていない。
それに第一、新を別の世界に連れていったはずの神さまが見当たらない。
「何だ...俺は夢を見ていたのか...」
新は、ひとまず背伸びをした。
「簡単なことだ。俺は昨日の夜、ここから飛び降り自殺をしようとしたが、いつの間にか寝てしまっていた。そして今目が覚めたってことだな..」
誰がいるという訳もなく、独り言を呟く。
「まぁ、夢なら夢で良かったよ。あれだけユニークな夢はもう二度と見ないだろうからな」
(とくに、あんな鬱陶しい神さまもな)
神さまに軽く心の中で毒を吐きながら、新はビルのフェンスに近づく。
「さて...これからどうしようかな...」
「おはよ~!!目が覚めた?いや~、新クンよく寝てたね~!」
「...現実...だったんだな...」
聞き覚えのある声に答える新。振り返るとそこには神さまが、相変わらずの調子でいた。
「モチロン!!言ったでしょー?夢なんかじゃないって」
(コイツそんなこと言ってたか?)
「この世界がオレの望んだ世界になってるならいいが、あまり変化がないような気がするんだが...?」
新は、疑問を神さまにぶつけた。
「そりゃあ、大きな変化はないだろうね~。新クンはビルの屋上にいたんだから。」
「こらぁ!そこでなにやっとる!早く降りなさい!」
神さまがそこまで言うと、このビルの警備員らしき中年が、階段から現れて新に言ってきた。
「あらら、怒られちゃったね!それじゃまぁ、ビルから降りようか。それに、1度街に出れば、前の世界との違いがわかると思うしね~!」
新と神さまは中年の言うことにしたがって、階段へと向かった。
階段の手前まで来ると、不思議そうに中年の警備員は尋ねた。
「君ぃ、この時間にこんな所で1人で何しとる?学校があるだろう?」
(学校か...前の世界じゃ行く必要なかったが...ん?)
「おいてめぇ、いま1人でっつったよな?」
警備員に突っかかる新。
「なんだその口の利き方は。ああ、現に君しかいないじゃないか」
「はぁ?何言ってる、こいつが見えねぇのか?」
神さまを指さして、警備員に言う新。そんな状況を楽しげに見ている神さま。
「ああ!新クン!言い忘れてたけど、ボクはキミにしか見えてないよ?」
「なっ...それならそうと早くいいやがれ!」
新と神さまの論争を不思議そうに見ている警備員。
「なんだ?不思議なやつだな?ほらほら、それより早く学校に行きなさい。」
新に諭す警備員。
「あぁ、わかったよ...」
階段を降りていく新と神さま。
「そう!だからね、ボクと話するのは気をつけたほうがいいよ~」
(だからそれを早く言えっての...)
◆
ビルから降りて、街に繰り出した新と神さま。
「街は...あんまり変わってない気がするんだが。」
見渡しても辺りには、殆ど古書しかない本屋や、和風洋風何でもおまかせの中華料理店、お値段異常な家具店など、普段の街中と変化はない。
(あのペットショップまだやってんのか...)
古いペットショップの前を通り過ぎて、角を右に曲がる。
「あれぇ?そっちには何があるの?」
神さまが不思議そうに尋ねてくる。
新は、これでもかと言わんばかりのため息を吐いた。
「...駅...高校に行くためにな」
「おおっ!新クンの高校に行くの?うわぁ!ボクも連れてってよ!」
「断る。」
即答。神さまは心底不機嫌そうに飛び回る。
「えー!なんでよー!連れてってよ〜!」
「ただでさえ俺が学校に行ったら周りからとやかく言われるのに、オメェも連れてったら事件になるぞ。」
「あ〜。その心配は無いと思うよ〜?」
ふわふわと飛び回る神さまは、新に向き直る。
「ん?ああ、オメェは周りから見えてないからか?オメェはそうかもしれんが、俺が何か言われるだろ、長いこと行ってなかったし。」
「いやいや、もちろんボクはおっけーなんだけど、新クンも大丈夫だと思うよ〜」
「...なんでそう言い切れるんだ?」
新の質問に、神さまは楽しそうに一回転して答える。
「この世界は、キミが望んだ世界なんだ。キミが過ごしやすいように出来てるハズだよ〜」
「...信じられないな。」
きっぱり切り捨てる新。神さまは狐に摘まれたような顔をして、新に言い返す。
「ん?なんでそう思うの?」
「おいおい、じゃあオメェ、ここまで変化のない街中を見てどう信じろってんだよ。」
「そりゃあそうだけどさ〜」
神さまは、つまらなさそうに石を蹴る。(その石は、大きく弧を描いて黒塗りのベンツに当たったが、当然見えてないのでバレない)
「...街中はね、キミと接点が少ないからあんまり変化がないんだよ。でも、学校に行ったら絶対にこの世界の変化がわかるハズだから!お願い!ボクも連れてって?」
手を合わせて上目遣いと言う、ある意味女子にしか出来ないようなおねだりをする神さま。
「ん...まぁ...そこまで言うなら連れてってやるよ」
新は、恐らく肺の中どころか全身の二酸化炭素を吐き出すようなため息を吐く。神さまは嬉しそうに飛び跳ねる。
「ほんと?やったあ!ありがとうね!新クン。」
(俺は...たった今ミスを冒したみたいだ)
駅へと向かう新と神さま。まだ見ぬ学校を目指して、まだ見ぬ世界の変化を目指して。
◆
カミサマと少年は、変化したハズの世界を歩んでいましたが、少年はあまりにも変化のない世界に、カミサマの能力を疑いました。
_ねぇ、アナタはほんとにカミサマなんですか?
_もちろん、ボクは正真正銘のカミサマだよ。
少年は、カミサマのその言葉を信じてまた世界を歩み始めました。
少年にとって、その世界が変わっていることを信じるのは、とても楽しいことだったからです。
たとえ、実際に何も変わっていなくとも。
膨大な変化があったとしても。
(民族伝記 第2章より)