ジャーマニーのプライド
白髪の男であるこの国の第一王子ルシフェルは、自分が主催した夜会をそっちのけで早々に壁の花となっていた。来たる令嬢を近付けさせない憂いだ雰囲気を醸し出しながらルカに手招きをする。
「ルシフェル、話し掛けるなと言った筈だが」
不機嫌だと顔に貼り付けたまま、この国の第一王子であるルシフェルの前で立ち止まるルカは、その鋭い眼光で睨みつけた。
「アリシア嬢には話し掛けてないだろう?退屈なんだよ」
柔らかく瞳を細めると、チラリと横目でアリシアを見やった。
慎ましく煌びやかな紺青色のドレスが良く似合っていて、落ち着いた物腰が遠くから見ても美しいと感じる。
それはどこの子息も同じ意見な様で、紅一点を見つめるように視線を一人占めしていた。
「成る程、確かに俺の目は節穴だったようだ」
ルシフェルはジャーマニーの隣にいた可愛いだけの令嬢ではなく、あの無口な側近に対し熱烈に会話を弾ませて、それでも立ち居振る舞いの綺麗なアリシアをただただ褒めた。
それに気を良くしたルカは眉間の皺を和らげて、談笑し始める。
それを遠くの入り口から目に入り、驚いたのはアリシアの元婚約者であるジャーマニーだった。
それもその筈。以前婚約破棄した令嬢が幾分も美しくなっていて、その令嬢が結婚したのは顔良し頭よし王子と仲良しの三拍子揃った自分と同じ地位の男なのだ。
美人な婚約者を連れているジャーマニーだが、これにはプライドも合わさって面白くない。
自分にぞっこんだと思っていた女は、自分には見せたことのない笑顔を向けて、今は第一王子の側近と話し込んでいる。
元々人脈を簡単に作ってしまう女だったが、まさかあんなに高位の人物と会話が出来るなど仕事を任せきりにしていたジャーマニーは初めて目視し、自分に劣等感を感じた。
いや、そんなことある訳がない。
あれほどの女を、俺は自ら捨てたのだ。と何を開き直ったのか、そのままズンズンとルカとルシフェルの前に現れた。
「ご機嫌麗しく、ルシフェル様、ルカ侯」
話に割って入ってきたジャーマニーに、ルカはルシフェルへ一瞥を送る。
‘‘ 知り合いだったのか ”と。
ルシフェルは肩を竦めて、その真っ白な髪を揺らした。
本来、自分より身分が上の者へ声をかける際は、その身分と同等の或いは紹介された者から紹介して貰ってからというのが基本的な決まり事である。
ジャーマニーの様に紹介もされていない、ましてや当主ではない子息が声をかけるなどあり得ないのだ。
「レイトン侯爵の御子息ジャーマニー侯、酔っておられるのか知らないが御当主とはぐれたのか?」
嫌味にもとれるフォローをルシフェルはしてやるが、それを冗談と捉えたのか大声で笑って見せた。
「ハハハッ、御冗談を。いえ、私の元婚約者アリシアと御結婚されたと耳に挟みましてね。」
下衆い笑い方で既にルカが苛々している。それを感じ取るルシフェルだが、別に教えようとはしない。
地位と見合わない能力にそろそろ陛下も爵位を返上させようと考えていたのだ。大勢の前で恥を晒してもらい、後から降格書類を送ろう。
そんな目論見があるから何も言わなかった。
「私のお古でご満足いただけたのですか?アレはどうもつまらないでしょう」
鼻を鳴らすジャーマニーに、辺りは途端にブリザードの如く力強い冷えが襲う。いやいや気付けよ。阿呆なのかジャーマニー侯は。とルシフェルは恐る恐るルカを見やると双眼に光を宿しておらず、綺麗な顔が無表情だと凄みがあって堪らず喉をヒュッと鳴らした。
「……賢明な判断ですよ、ジャーマニー侯。仕事も碌に出来ない、マナーも知らない。アリシアを貴方の側に居させるなど、反吐が出てしまうね。手放してくれてありがとう。お前にアリシアは、勿体無い」
口角を釣り上げてゆっくりと笑ったルカは呆然と突っ立っているジャーマニーに脇目も振らず「気分が悪い」とだけ告げて違う場所に移動した。
後々駆け付けるレイトン侯爵家の当主だが、時既に遅し。バカ息子の更生が遅すぎたのを後悔するはめになる。
移動しているルシフェルは、ルカの妻であるアリシアに詰め寄っている有能なギールを見つけた。幸運なことにルシフェルの方が、ルカより早く見つけることができ、ルカの怒りがギールへ向かないよう迅速な対応したまでだ。