嵐の前の幸せです。
嬉しい気持ちが続いたまま眠りから覚めると、いつも居るはずのルカが居なかった。今日は朝食も昼食も執務室でとるらしい。
(仕事が忙しいのかしら)
忙しいのなら妻の私に少しでも手伝わせてくれたらいいのに、と思うがすぐに終わらせるよと言って聞く耳を持ってくれなかった。
一人で昼食を食べたあと、部屋でトルソーに着させたマーメイドドレスの横に、昨日プレゼントされた紺青色でアシンメトリなヒールを並べる。
どちらもルカが似合うと言って買ってくれたものだ。白を基調とした部屋に映えるドレスとヒールは、見ているだけで飽きない。
ただ少し怖くなる。
ヒールを渡されたあと、ルカから夜会の日時を教えてもらった。
三日後の夜、日が落ちてからの時間だ。元婚約者のジャーマニーだってきっと来るだろう。情勢把握しているときにレイトン侯爵家の家族構成が変わっていた。
ジャーマニーの隣にいた美女、ローレンス侯爵家の次女メイビスがジャーマニーと結婚しているのが分かったのだ。
結婚したことに何の感情も湧かないが、あの男は果たして理性ある頭でこの状況を把握できるか心配だった。
仕事でも自分の都合で先に帰ったりと、後先考えない男なのだ。怒らせた取引先の人に謝罪し、今後について話し合いするのはいつも私である。
それで得た功績は男のものだが、信頼は私のものであるため取引先の人が、先に私に気付くくらい大目に見て欲しい。
今回は婚約解消した元婚約者が、自分と同じ爵位の男性と結婚したことに何と言うのか。場所と立場を考えず公言しそうで、迷惑を掛けるだろうルカに申し訳なくなる。
私が悶々していると、部屋の扉がノックされ、どうぞと一声発した。扉は開き外から漆黒の髪を靡かせたルカが外着で待っている。
「アリシア、出掛けないか?」
一瞬ぽかんとしていると、腕を取られて編まれた白のカーディガンを肩に掛けられた。
このままでは流されてしまうと悟って、両掌をルカに向ける。
「待って待って、仕事があるんじゃないの?」
仕事よりも私を優先しそうなルカだから咄嗟にそんなことを口走ってしまった。ルカは折角誘ってくれているのに、いやでも仕事に支障なんて出させたくない。
私の思考を見透かすように、ルカは明るく笑った。
「大丈夫だよ、終わらせてきたから」
するりと手を取られて、玄関で待っていた馬車に乗る。ルカはその馬車に、あそこまで。だけ告げてニコニコしている。
どこに行くの?どうして仕事を早く終わらせてくれたの?聞きたいことは沢山あるが、ルカの隣は居心地が良くて安心できて、何故か楽しいことが待っているという気しかしなかった。
彫刻で彩られた正門を潜ると街に入る。今日も相変わらずの賑わいで、行き交う人達皆んなが活き活きしていた。
「アリシア、足元気をつけてね」
馬車から降りるときは、必ず先に降りて歩くときは馬車が走る方を歩くルカ。
私のペースに合わせて歩くルカの足取りはネコのように気まぐれなのに、どこか堂々としていて気品があった。
周りの女性だって放っておくはずがない。
肉食なお姉様方が近寄ってきても、女除けの私の肩を抱いてお姉様方は羨望の眼差しを送る。
例え女除けだとしても触れられた手に悪い気はしなかった。
「ここだよ」
着いた場所は可愛い手作りのぬいぐるみ店だ。私のテンションが一気に上がって、笑顔でルカを見やると、白やピンクや水色などパステルカラーが多いお店に漆黒の髪と黄色の双眼は凄く目立った。男性だから、というのもあって買いに来た女性たちの視線は独り占めである。
「いいのは見つかった?可愛いね」
丁度手に持っていた白いうさぎのぬいぐるみを見て微笑むルカは、それに打ちのめされた女性たちの数を知らないのだろう。
垂れ耳白うさぎは赤い目ではなく、青い目で正直に言って可愛い。
「これにする?」
「…うん」
コクリと頷いたあとに奥にひっそりとあった黒い毛並みに黄色の瞳が誰かにそっくりなうさぎを見つける。
「どうしたんだいアリシア」
「……やっぱりこのうさぎが良いわ」
手に持つとルカは怪訝な顔をした。
「そのうさぎ黒いよ?」
「ルカとそっくりだから惹かれてるんじゃない!」
私の勢いに驚いたルカは一瞬でフフッと笑う。ルカはひょいひょいと二つとも私から取って、お会計を済ませてしまった。
「二つともアリシアが持ってて、そのうさぎも幸せだと思うから」
にっこり笑顔のルカに言いたい。
ここはお店だよ、他のお客さんも沢山いるんだよ。お願いだから甘々オーラを仕舞ってほしい!恥ずかしい恥ずか死ぬ!!
「アリシアは照れ屋だなぁ」
頭を撫でられていた私は知らなかった。
向かいのお店には派手なドレスが置いてあって、そこに買い物しにきたジャーマニーの妻、メイビスがこちらを見て忍び笑いをしていたことに。