どんどん好きになってしまう。
暖かい朝日がカーテンの隙間から差し込んで目を覚ますと、予想通り抱きしめられたままだった。
昨日と違うところと言えば、ルカが眠っているだけ。
「ル、ルカ…」
声を掛けても気づかないほど寝ているルカは初めて見た。いつもニコニコ笑っている印象しかないのに、寝ている姿は無機質で冷たく見える。
何だか怖くなってルカを抱きしめた。
しばらくして離れるために立ち上がろうとすると、腕を引かれる。
「もう終わり?」
和かに笑うルカの胸に飛び込む形となって、ベッドが軋んだ。
「…いつの間にか起きるんだから」
「あんなに強く抱きしめられたら、誰だって気持ちよく目が覚めるよ」
「知らないわ!」
からかうような言葉にそっぽを向くと、後ろから抱きしめられる。温かい腕に包まれて再度ベッドに寝転んでうとうとしそうになる自分をビンタで起こした。
「きちんと休んだから昨日の続き!」
「アリシア腫れるよ」
「こんなので腫れたりしません!」
スタスタとルカを置いて寝室から出て行くと、少し眠そうなリナちゃんが窓を開けていた。
「ちゃんと眠れてる?リナちゃん」
寝不足なのだろう。うつらうつらと首を上下に移動させている姿はとても可愛いのだが、いつも元気なリナちゃんが心配で声を掛けた。
「だーいじょうぶですわっ!アリシア様の御髪は編み上げてよろしいですかっ?」
眠たくてもそこはプロなのか、書くときの邪魔にならないようにと編み込みまでしてくれて、元気いっぱいな笑顔を鏡越しで見れた。
「無理はしないでね」
「それはアリシア様ですわよっ」
…ぐうの音も出ない。
心配させていたのは私も一緒だったと自覚して、ルカと朝食を共にしたのち机に向き合った。
リナちゃんが編み上げてくれたお蔭で集中が続く。お昼と夕方、夜に休憩を挟みながら、今日が終わるまでに公爵家の名前と親族関係を覚えた。
それから一週間は情勢把握とマナーに費やし、密かな運動も欠かさず、やっと上流社会で見れるものになったと思う。
ただ、ルカとは会えていない。食事は部屋へ運んで貰っていたし、机で寝てしまってベッドから起きたらルカは居ない……というすれ違いがあったのだ。
「ルカ!」
やっと会えると思い舞い上がりながらルカが仕事している執務室にノックをし、返事が返ってきたので嬉々として開けた。
一週間は遅いのか早いのか分からないが、正確に覚えたことを伝えたかったのだ。
開けた瞬間にきつく抱きしめられて、視界は真っ暗息苦しい。背中を叩くと頭を優しく撫でられて、叩く手が止まる。
「……お疲れ様、アリシア」
久しぶりに聞いたルカの優しい声音に心が温まって、それだけでこの一週間頑張ったことを誇りに思えた。
「ありがとう…」
耳まで真っ赤になり何だか照れくさくなるのだが、編み上げているため隠せない。
ルカはクスクス笑って、私の耳に触れる。
「可愛い。頑張ったからとかではないんだけれど、プレゼントがあるんだ」
そう言ってルカは私を抱き上げ、客用の一人掛けソファーに座らせた。可愛いって何、本当に誤解されることをサラッと言うんだから…内心言いたい気持ちもあるが、この幸せな時間を終わらせたくない。
ルカは執務机の横に置かれた白い箱を開けると、私の前で片膝をつき、するりと紺色のヒールを脱がす。
「は、恥ずかしいわ!」
足首を支えられ、取り出されたヒールが何の違和感もなく私の足にフィットした。
「良かった。絶対似合うと思ったんだ、キツくはないかい?」
あのマーメイドドレスに合わせた紺青色のヒールは、左脚だけダイヤが散りばめられたアシンメトリなデザインだった。
「綺麗……全然痛くない。でも」
今までだって色々な事をしてもらった。
それなのにこんな高価な物、受け取る勇気がない。
「もらってほしいアリシア。今度の夜会は君のお披露目と共に、君が頑張った成果が見れる大切なものなんだ。それに見合う物を私は送りたい」
黄色の瞳を細められて、柔らかい笑顔を向けられる。
その笑顔に弱く、私はルカの思いやりに涙が出てくる。
涙を手で隠して、鼻声で告げた。
「ルカはどれだけ私を嬉しい気持ちにさせるのよ」
グズグズと泣く私を見て、嬉しそうに破顔させるルカ。ルカからもらう宝物が、ルカの側で過ごす時間と共に増えていって、パーティーの日まで大事にドレスと一緒に飾った。
「こんなに喜んでくれるとプレゼントのし甲斐があるよ」
「私にばかり使わないで」
「アリシアは倹約家だなあ」
私はルカの隣に立てる妻を精一杯やり切ろう。ルカに失望されないように、ルカが笑われることになんてならないように。
夜会でルカの妻として、恥ずかしくないように居よう。
そして勘違いしては駄目。
これは全てルカの優しさなのだから。