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頑張りたいのです。

 長いテーブルなのに隣に座って、トマトとレタスとハムのサンドウィッチを口に含む。

 横目でチラリとルカを盗み見ると、ニコニコ笑顔でずっと見られていた。


「な、なに?」


 どもりがちにルカを見ると、口の端に指の腹を当てられて固まる。


「ついてるよ、アリシア」


 クスリと笑うルカに、パン屑を口につけた醜態を晒したあげく、この程度で赤くなってしまうなんて自分の順応性の低さに呆れてしまう。


「ルカ!侯爵夫人として何をすればいいの?」


 挽回のチャンスに、仕事ぐらいはきちんとこなそうと聞いてみたら、ルカは悩む間も無く断った。


「前にも言った通り、夜会で隣に立っていてくれたら…」

「もっと役に立ちたいの!」


 食い気味で言えば、手を絡めとられて顔をルカの方に向けられる。


「私は、アリシアに我慢なんてさせたくない。夜会に参加なんて一番嫌だろうけど、私の望みはそれと私のそばで好きなことをしてくれるだけでいいんだよ」


 悲しそうに瞳を伏せないで欲しい。そんなことを言われたら夜会で頑張るしかないではないか。


「…分かったわ、ルカの妻として完璧に隣に立てれるようになってやる!」


 黄色い目を丸くしたルカは口を開いて笑った。


「頼もしいね、アリシアは」


 泣き笑いの涙を指で拭って、照れくさくなりながらも完璧な侯爵夫人になるべく取り掛かった。



「まずは情勢を知ることからよ!ルカが後釜に収まったのが二週間も前だったなんて知らなかったし、夜会で知らないなんてありえないわ!」

「アリシア様っ!これが爵位順のデータと家族構成ですっ!お望みとあらば裏情報も持ち出しますがっ!」

「う、ううん!ありがとう、助かるわ!」


 山のようにある書類に負けじと挑む。

 才能がない分、私は努力するしかないのだから。


 一つ一つ丁寧に、疲れなんて感じない。食事や入浴以外は殆ど覚えることに集中して、休憩時間にはマナーの練習に講師をつけて行った。

 机と向き合い、背筋を伸ばし、日が暮れても手を休めることはしない。


「アリシア、体を壊すよ」

「あと少しだけ」


 万年筆を走らせ、メモをまとめ、顔と名前を一致させる。それの繰り返しは、キリが良いとならないのだ。


「それ何回目だと思っているんだい?」


 首根っこと右手を包み込まれ、寝室へと引きずり込まれる。

 万年筆は床に落ちたけれど、ルカは構おうとしない。


「はい、目を瞑って」

「まだ寝れない!好きなことしていいって言ってたわ!」


 ベッドの端に座らされて、手で目隠しをされる。それに抗議しても、離してはくれない。


(こん)の詰めすぎは体に毒だよ、無理はしないでくれ」


 抱きしめられたと思ったら唇に当たる柔らかい感触に、抗議できず何も言えなくなった。

 覆っていた手を外され、照れ隠しにそっぽを向くルカに落ち着いてきて安堵する。

 ゆっくりとルカの背中へ腕を回すと先程の照れていたルカとは思えないほど嬉しそうに顔を(うず)められた。


「アリシアは極端だなあ」


 声がくすぐったくて身を捩るけれど、そのままベッドに寝転んだ。


「おやすみ」


 朝と同様にがっちりとホールドされて、ルカは早々に眠りに入った。

 何だが馬鹿らしくなり、抱きしめられている安心感ですぐに瞼が落ちる。


(無理しないで、か…)


 無理してでも好かれなさい!と教え込まれた言葉が脳裏に浮かんだが、ルカの暖かさにそんな言葉は溶けて消えた。


「敵わないなあ」




*****




「こんな朝早くから来ないでくれ、アリシアにお前と知り合いだなんてバレたくないんだよ」


 夜明け前の暁の時。ルカは愛らしく眠るアリシアの頭を撫でて、ベッドを抜け出した。

 幸せな時間を邪魔した白髪の男を睨み付けて、苛々しているのを隠そうとしない。白髪の男は肩を(すく)めて無遠慮にソファーに座る。


「知り合いはないだろう。アリシアって、あのレイトン侯爵子息の婚約者だよな。なに?寝取ったの?」

「馬鹿か」

「あんな顔だけのお人形を側に置いて楽しいかねえ」


 白髪の男の胸倉を掴んだルカは、怒りを落ち着かせて荒々しくソファーに投げ捨てる。


「いつから節穴になったんだ?彼女はどちらかというと、頑固でじゃじゃ馬だ」


 ーーー私だけが知っていればいいけどね。


「へえ、随分執心している御様子で。なら今度の夜会が楽しみだね。隣で微笑んでいるだけの彼女じゃない、と?」

「本人は完璧に隣に立ってやる!って意気込んでるよ」


 クスクス笑うルカに白髪の男は唖然として、アリシアに興味を抱いた。


「顔だけは群を抜いている大人しそうな彼女がねえ」

「手を出したらころすよ?」

「怖くなったなあ……触らぬ神に祟りなしというし何もしないさ。話しかけてもダメなんだろ」

「当たり前だろう」

「はいはい、高見の見物してますよっと」


 話はそれだけだったようで、ルカは無駄な時間を過ごしたとばかりに寝室に帰ろうとする。


「執心するのはいいが、お前が執心するのに価値はあるんだろうな?」

「それを決めるのは私ではないよ、アリシアだ」


 ルカの堂々たる顔に呆れて手を振ると、漸く白髪の男は帰るらしい。


「それじゃーなー、ランフェエル」

「頼むから静かに帰ってくれ」


 寝室への扉から手を離し、白髪の男を再度睨み付けて帰っていった。


「本当にバレるのが嫌なんだなー、あっリナちゃん。悪いけど門まで案内してくれる?」

「はっ、はいっ!」


 ベッドの真ん中に体を小さくして眠るアリシアを、今度こそ離さないように抱きしめて眠る。

 叶うのなら、この時間が長く続きますように。

初。チラ見せルカ

途中から三人称視点になってしまい、申し訳ありませんでした。

女を黙らせるのはキス、という手段でした。

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