反省しました。逃げられました
第一王子の側近であるギール様の素早い対応、年齢や長剣の柄に彫られている王家の紋章を見るに第一王子のルシフェル様だと推測する。
ルシフェル様と言ったらマイペースで何を考えているか分からない道楽な方だと聞いていた。
夜会などでも主催はするが飽きたのか直ぐに何処かへ行き、それでも仕事は丁寧で早く武術にも関わっているらしい。
と、そんなルシフェル様の前に低頭するギール様の姿が正面に広がり。背後には少し不機嫌なルカが立っており、周りから見たら世界三大美形がお揃いの奇跡的な瞬間だろうが、私からしたら死ぬか生きるかが決まる瞬間だった。
怖いもの見たさで少しでも振り向こうものなら、死を覚悟したほうがいい。
しかし、振り返らざるおえないのがこの状況。
「アリシア」
そう、背後から呼ばれているのだ!!見なくてもわかるお怒りだ。不可抗力が通じないルカからどうやって逃げればいいのか、正解をこっそり教えて欲しい!
確かに詰め寄られるのは甘かった。私が迫力に負けて一歩下がったのがいけないのだ。
妻たるもの、夫の側から離れたらダメだな…と自覚して振り返った。
怒られる準備は出来たとばかりに、少し目を瞑って唇を噛みしめる。
「分かってるならいいよ」
優しい言葉に安堵したのも束の間。目を開けると薄く笑う唇が弧を描いて、黄色の猫のような双眼が優しく細められる。
気付いた時には自分の唇は塞がっていてリップ音がした。
辺りは悲鳴にも似た令嬢の声が大半と、ルシフェル様の茶化すような口笛が聞こえた。
わなわなと顔は赤面して、余裕な顔を見せるルカの胸をポカポカと叩く。
「ごめんごめん」
笑いながら謝るルカは反省の色がない。
ギール様は見ないように顔を逸らしている。こんな公衆の面前でされたキスが恥ずかしすぎて、ダメだと思うが逃げてしまった。
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「また捨てられるんじゃない?」
人が少ない通りで、つり目の美人が赤い扇で口を隠して言った。飲み物でも飲んで落ち着いた頃にルカの元へ戻ろうとしていたのだが、突然失礼なことを言った美人にムッとする。
「私ならあんな美形に口付けされたら、逃げずに見せつけてやりますけどね」
私の不快な気持ちなど無視して、更に言ってのけるのはローレンス侯爵家の令嬢であり、ジャーマニーの正式な妻であるメイビスだった。
会ったのはこれで二度目。一度目は婚約破棄されたときにジャーマニーの隣に立っていたのだ。
「…メイビス様、随分と饒舌でしたのね。御心配ありがとうございます。しかし、私はジャーマニー様に捨てられたと思ってはおりません。手放してくれて感謝さえ覚えます。ジャーマニー様の望む婚約者になるように努力していましたが、今のままで良いと仰って下さる旦那様にも出会えましたし……どうぞ、末永くお幸せに?」
嫌味を嫌味で返して、不躾ながら鼻を鳴らして戻ろうと踵を返した。やっかみなど、ルカに迷惑が掛かる。それを恐れて早々に立ち去ろうとした。
「…っ!子爵令嬢が生意気なのよ!!」
しかし、シャンパンを手に取ったメイビスが私に向かってそのシャンパンをグラスごと投げつけてきたのだ。
咄嗟の出来事に何の対処もできないまま、シャンパンは紺青色のドレスを青黒くシミつけていく。
グラスは音を立てて割れ、人通りが少ないのをいい事に無茶苦茶なことをやった当の本人はもう居ない。
ルカに合わせる顔…いや、姿もなく王城の使用人に声を掛け、意気消沈しながらシミ抜きをして貰うように頼んだ。
「すみません、グラスを割ってしまった挙句こんなことまで」
申し訳なさと情けない気持ちで使用人の方に頭を下げる。
「いいえ、とんでもございません!では、少しの間こちらでお休みいただけますか?」
案内された場所は客人用の休憩室で、ただでさえ忙しい夜会なのに面倒ごとを押し付けてしまって居心地が悪い。
使用人の人はそんな気持ちを察してか、温かいスープとパンを出してくれた。
「食欲が無いようでしたら、そのままで大丈夫ですので…」
そう言って出て行くさまに、さすが王城の使用人洗練されているなぁと感心して有難く戴いた。
…シミを落としてもらったらすぐにルカの元へ戻ろう。