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後編

 そうして、一度は動きを止めていた来栖だが。改めて彼は辺りを見渡した。

 テロリストなど慣れたもの、とは言ってもやはり不安がる生徒は多い。中には「ゴリ坂先生、なんでこんな事を……!」と聞き間違いしている生徒もいるが、それは置いておいて。

 そんな彼らに、笑みを投げかける。


「大丈夫、いってくらぁ!」


 来栖の表情はいつもとは違った。いつものようなぶっ壊れた冗談ばかりではない、比較的一般的な人間に近い顔――ものすげぇ酷い事言ってるなぁと自覚しつつ相田は思う。

 彼とは短い付き合いだ。だが分かる、今彼の何かが変わった。


「ヘェイ、ミスター! 私もゴーするネ!」バインバイン


「エロリスト、いいのか……? お前には待っている家族が……」


「生徒を見捨てるワイフなんて、マイスウィートには似合わノンね!」バインバイン


「へへっ、あんた馬鹿だよ……」


 「エロリストってとうとう略しちゃったよ!」とか「似合わノンってどういう言い回しだよ!」とか「無駄にかっこいい雰囲気作ってなんなんだあんたら!」とか言いたい事は沢山あるが……その全てを飲み込み、相田は問う。


「いさみん、本当に大丈夫なのか? 体調悪いとか……せめて聖剣を」


「いや、よくある事なんだ。聖剣も……んー、多分今は使えないと思う」


 それだけを、確信的な言葉で紡ぐ来栖。そうして止める間もなく駆け出して行った――彼の隣で、バインバインと音が鳴る。

 あの意味の分からない言葉ばかりだった来栖が普通に受け答えしてくれた、それがただ相田には恐ろしかった。なにか、取り返しのつかない事が起きているような、そんな感覚。

 そんな彼女の肩を叩く者が一人。


「ばっかだねぇ、来栖の奴。補正切れてるのにかっこつけちゃってさ」


 宮沢だった。相田の惚れている人は、来栖に対応する時と同じ極めて冷静な様子でいる。


「宮沢さん、補正とは……」


「んー? あぁ、私とアイツ幼馴染なんだけどさ。ほらあいつよく分からない事よく言うじゃん?」


 文字数稼ぎとか、描写とか、そういうの。肩を竦ませて宮沢はそう続ける。

 確かに、まったく意味が分からない言葉。思い返せば来栖の言葉には二種類ある、荒唐無稽な事を言ってそれを実行したりする場合と、言葉自体がよく分からない事を言って自己完結する場合、だ。


「あいつさ、小さい頃から『こことはちがう世界』が見えてるんだって」


「こことは……違う世界?」


「ん、その世界は文字だけで出来ていて、その文字が法則を支配していて、この世界とその世界は重なり合っている――だって。それを自由に操れる時は来栖が主人公の一人称になる、とか言ってた。そうじゃない時は三人称だって」


 相変わらずよく分からない。よく分からないが、なんとなく分かる事がある。

 相田が所属する守護者教会で、聖剣の担い手たる勇者は孤独だと、そう学んだ。誰とも違う視点を持ち、究極的な意味では誰とも分かり合えず、この世界でたった一人の存在だと。

 それを鑑みれば、確かに来栖は頭おかしいだけではなく独自の視点があったのかもしれない。


「宮沢さんは、そんな彼とまともに友人でいられたのだな……」


「ん、いや、そうでもない。初めはボコった」


「ボコった!?」


 驚き、ついでに胸を揉んだ。笑って受け入れる宮沢さんマジ天使、と思いながら相田は話を聞く。


「子どもの頃はさ、なんでも分かり合えないと気が済まないじゃない? で、別の世界が見えるんだよぅほんとだよぅっていうあいつをボコボコにしまくった。んで、何回も虐めてそうやってたら、分かり合えない事をあいつが分かった。で、おかしくなった」


「全然いい話じゃない!?」


「いい話だと思って聞いてたの? んで、それでまぁ、虐めは終わらない……はずだったんだけど。あいつがなんかおかしな事やってたら、皆冷めちゃってさ。私も冷めたけども、なんか話すようになって」


 宮沢は微笑む。相田はみとれる。


「あいつ、私になんも言わないの。許してくれたのかって聞いたら、気にしないって。だから、私も気にしないであいつの友達やるようにしてる。そんだけ。まぁ、うん――あいつ、すごくいい奴だよ」


 それは、その表情は。言葉以上にとても嬉しそうだった。

 周りの皆も来栖を信じているのか、彼が向かってからは何も騒がずに校庭で固まって雑談している。動かないのは彼の邪魔にならないようにか。

 ハチャメチャで、意味不明で、誰とも分かり合えずとも。それでも彼は皆に信頼されているのだ。そう、信頼――と、カットされた部分のシーンを回想する相田。カットされたので回想の内容は分からない。


「私、いさみんを助けに行く……私も、役に立つはずだ!」


「来栖は望まないと思うよ?」


「それでもだ!」


 いさみんと呼ぶ事を許してくれた友人を助けたい。守護者教会で育ち、孤独だった自分を友とカットされた部分で呼んでくれた彼に報いたい。相田の心の中はそれだけだ。

 ふっ、と宮沢は笑い――そうして、近くの生徒のポケットをまさぐった。なんで近くの生徒なのか、と思った相田もそこから出てきた物品を見て驚愕、頷く。


「これが役に立つはずだよ、頑張って」


「ありがとう、宮沢さん……!」




「うおおおおおお!」


 来栖の拳がテロリストに突き刺さる――今の彼に主人公補正は欠けている。空を飛んだりと、荒唐無稽な事は出来ない。

 だがしかし、通常の人間を圧倒するだけの身体能力があった。その力は主人公補正トレーニングで培われ、積み重ねは補正を失っても途切れはしない。


「ハアアアァン!」バインバイン


 ジェシーの胸がテロリストを張り倒す――彼女にはヒロイン補正が欠けている。風呂場でありえないほどの湯気を発生させるなど、荒唐無稽な事は出来ない。

 だがしかし、通常の人間を圧倒するだけの爆乳能力があった。その力は日々の食生活で培われ、そんな訳ねーだろとツッコまれ続けても途切れはしない。


「ちぃ、なんだあのふた……なんだあのおっぱい!?」


「囲め囲め! 俺はあの女の前に立つぜ!」


「あっ、ずりぃ! じゃあ俺あの食い込みを覗き込むもんね!」


「俺は男でもいけるからあっちのオトコノコいただくわ!」


「おいおいマジかよ!」


 しかしたった二人だけで制圧できるほど甘くはない――テロリストの精鋭達が集いつつあった。なんについての精鋭なのかは分からない。

 がしゃこんと銃を構えるテロリスト達。ちなみに中に詰められたのはBB弾、実銃を用意するのを面倒がった仕入れ担当の落ち度である。空気圧とか弄ってるからよ、と輝く顔で言った仕入れ担当の趣味はエアガンであった。

 ぱすぱすぱすと飛ぶBB弾を、来栖はかわし続け、ジェシーは胸で反射する。規格外の二人であった。


「だが、そう長い間逃げ続けられるかな……?」


「くっ……!」

「オーゥ、あはぁん……!」バインバイン


 テロリストのリーダーであるゴリ崎の言葉に二人は呻いた。そう、来栖の体力は無限ではないし、ジェシーも胸で反射しようがぶっちゃけ痛いものは痛い。赤い顔で身体を悶えさせているのだから痛いのだろう。痛い以外の理由が見当たってしまっては対象年齢を引き上げなければいけないので、悩ましげに腰を振るジェシーについて詳しくは描写できない。

 二人が力尽きれば、そこに待っているのは全身BB弾のすっごい痛みだ。そうなってしまっては一貫の終わりである、何が終わりなのかは分からないが痛いのは嫌である。


「くはははは! 二人で俺達を倒そうとしたのが間違いだったようだなぁ!」




「いるさ、ここにもう一人な!」




 逆行を背に、窓枠に立つその人物――発されたのは鋭き女性の声。

 テロリスト達は浮足立ち、その胸を見て次から次へと興味を失っていく。ゴリ崎のみがぐぬぬしていた。

 来栖は訳知り顔で「へへ、おせぇんだよ……」と足をぷるぷるさせ、ジェシーは×××。


「貴様ぁ、名を名乗れぇい!」


 物凄くノリがいいゴリ崎が叫ぶ。その瞬間、人影はすっと自然な、小さな動きで窓枠から飛び降りる。

 テロリストや来栖達と同じ高さに降り立ったのは、金の髪に白い肌、どう見ても美少女と感じさせる女。学校指定のジャージを着たまま、その腰には左右それぞれ二本ずつ四本の剣がある。

 そして――その顔を隠すように狐のお面を被っていた。


「我が名はヴァイス、マスクド・ヴァイス――相田という女とは無関係の、通りすがりの正義の味方だ」


 相田だった。


「確か相田さんのコードネームはヴァイスだっけかなー!」


 来栖が虚空に向かって叫ぶ。びくぅってなる相田。ちなみにこの間、テロリストはジェシーを囲んでヒャッホーしている。

 ゴリ崎のみがノリよくぐぬぬしてくれていた。


「ち、違うぞ。そう、私は、うん、間違えた。私はマスクド・シローイ。よくご近所を通りすがっている正義の味方だ」


「なるほど」


 来栖はヒーローが好きである。だから納得してあげることにした。この、普通なら「だから」にならない事もちゃんと受け入れて脳髄直結の考えで進むのが来栖である。


「なら力を貸してもらうぜ、面白い人!」


「面白い人!?」


仮面マスクド白いシローイで面白い」


「あっ、ちょ、もっかい訂正させてくれ! もうワンチャン!」


「ぐぬぬぬぬ! おのれ面白い奴め!」


「あっ、訂正する暇もなく定着したちくしょう!」


 苛立ち紛れにマスクド・シローイこと面白い相田は抜刀する。四本を一気に、二本ずつそれぞれを持って。

 独特の持ち手、奇抜な構え。四本を扱うという不合理の法。これこそ相田がコードネーム:ヴァイスとして血反吐を吐くような努力の果てに手に入れた鬼伝無双対剣術。四本の武器を自在に操り敵を倒す、鬼の技とまで言われし剣。

 相田はその力をもってしてゴリ崎に挑みかか




 ろうとした所でようやく俺に視点が帰ってきたのでゴリ崎をワンパンKOした。過程が吹き飛び結果だけが残るのだ。


「ふえぇ……」


 ドヤ顔ダブルソード状態だった相田さんはそのままで泣き出すという非常にシュールな事をやってのけたので写メっておくとして……向こう側で大変な事になっているエロリストは描写しないでおこう。今考えるのはテロリストの事だけでいい、くっそ字がややこしいなこいつら。


「ひ、卑怯だぞ来栖勇! 正々堂々、自分が身に着けた力で戦え!」


「分かった! ッッビイイイィイム!」


「ぎゃああああああ!」


 うるさいテロリスト達はとりあえず目からビームで倒しておいた。これやるとドライアイになるんだよな……コンタクトじゃなくて良かったわー。


「いさみん、空を飛ぶのは補正なのに目からビームは自分の力なのか……?」


「修行すれば目からビームとかよく出るだろ」


「で、出ない……」


「涙流す時に一緒にビーム垂れ流しそうになって焦ったり」


「し、しない……」


 あっるぇー。

 とりあえず。面白くないので警察に連絡したり、ゴリ坂先生に大変な事になった妻を引き取ってもらったり、その辺は主人公補正によりカットして。

 最後に、夕日を眺めているシーンで物語をしめよう。夕陽、出ろー!


「なんか理不尽に夕方の河原にいる気がするぞ」


「気にしない気にしない」


 そんな訳で、紅い日が世界を照らすそんな時間。河原に相田さんを連れ出してみた。

 ……連れ出してみたはいいものの、ふむ、何をしようか。そういえば夕陽で赤い顔を誤魔化してるって展開ラブコメであったよな……なるほどな、流石相田さん。分かってるぅ~。そうね、そういう事ね。はっはーん。


「なぁ、相田さん――キスしても、いいんだぜ」


「やらないよ!」


 やらないらしい。読み違えた。


「で、でもよ! このままじゃ締めが随分としまらないんだぜ! はい、キース! キース!」


「虐めっこみたいな事するなよぉ! 大体、締めとかそういうのなんだよ! いさみんの見ている世界の事は知らないけどな、そんなんなくたって私達と……友達と、生きてる時間は続いてるだろ!」


 そこでようやく、俺は悟る。夕陽が赤い顔を隠すとか、嘘だなって。

 友達。その言葉を叫ぶ彼女の顔は真っ赤になっていて。なんていうか、まぁ、たまにはふざけずに相手をしてやろうと思う程度には、アレだった。


「んー、なんかさ、俺の過去聞いただろ?」


「えっ、何で知ってるんだ」


「視点が俺に戻ったら情報統合されんの。されない所はされないと思うけど……」


「う、うん? まぁ、続けてくれ」


 さて、なんというべきか。思えばふざけずに話すのは久しぶりだな……あーうー、今すぐサニーサァイドアーップ!とか叫んで無意味に空にビーム撃ちたい。逆立ちとかしたい、超したい。

 とか考えてるのが見透かされたのか、ぐいっと顔を固定される。両手で掴んで。


「話したら、キスでもなんでもしてやる」


「マジで?」


「マジで」


 ぶっちゃけキスとかどっちでもいいや、とか言い出せる空気でもなかった。

 まぁそんな訳で。


「なんかこー、他人に分かってもらえないならとことん妙なことしようと思いまして。物語を完成させるのは、俺の生き甲斐なんだよ。うん、そんな感じ」


 端的に話し……あー、もう無理無理! 真面目とか向いてない!


「なるほど、短く纏められたが……話してくれてありがとういさみん。ところで」


「うん?」


「浮いている気がするのだが」


「ちがうな……その浮遊感は、下方向への運動によるものだ。つまり今回は潜っている」


「潜る事も出来るんだ!?」


 とりあえず折角だから回転しながら潜る事にして――ふり払われないようにとしがみついている相田さんを振り落すようにつま先で地面を掘っていく。一人称補正マジ便利だわ……普段は目からビームしか撃てないけど、一人称モードなら言い切れば大体何でも通るもん……素敵やん……?


「ぐぐぐぐぐ……せめてキスを受け取っていけ……!」


「うっわ、相田さん今すっげブサイク! キスとか言って許される顔面ではないよ!」


「ひどい!」


「ハハハ! あーっばよ、とっつぁーん!」


 そうして俺は地下へと潜った――長い、孤独な旅だった。光を求め、俺という一個の物体はただひたすらに回転していた。

 深く、深く。そうして、どれだけ経っただろうか。にわかに視界が開け、忘れていた『光』というものが視界を支配する――それは暖かな光ではない。破滅の光であった。

 こうして俺は地底帝国に降り立ち、停戦派の姫を支え奴ら地底軍グレイブ・ナスティに対抗する唯一の勇者となったのだ。


「クルス様……どうか、我が国に光を……」


「ぐぁっはっはっはっは! たかが地上人如きが、我らを相手に何が出来る!」


 行くぜ、俺の戦いはこれからだ!

どうでもいいですが、昔から細々と投稿している「守護者教会」シリーズの一つになります。これで先輩・後輩・同級生とタイトルが揃いました。やった!

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