4.僕と太陽の花
「……ね、もっとよく見せて」
腕に抱いた小さく柔らかな身体に甘えて、男が言う。
「変な人……どーぞ」
「やった」
男が汗で張り付いた額の髪を払って調えている間、女は目を閉じて待っていた。すぐに男は「目を開けて」と促して、女は瞼を上げる。
「綺麗だね……」
うっとりと囁く男の方こそ、綺麗な朱い目をしているというのに。
女は瞳を間近で覗き込まれながら「どーも」と言った。
「私の目、珍しいからね」
全体が薄青い色の瞳の中心に微かにオレンジ色の光彩が散る女の目は、まるでひまわりがそこにあるかのようだった。
「遺伝だって、お祖母ちゃんが言ってた」
「遺伝、か」
「お祖母ちゃんのお母さん、私にとっては曾お祖母ちゃんがこういう目をしてたって。それでうちの曾お祖母ちゃんがちょっと変わっててさ……」
少し風変わりな曾祖母の話を、女は愉快そうに男に話して聞かせた。
ふた月に一度の不吉な朱月の日を楽しみにしていた変わり者だとか、悪魔対策の胡椒を枕元に置いていたせいでベッドに溢して大変な目に遭ったとか、実は朱月の日に浮気をしているんじゃないかと曽祖父に疑われて大ゲンカをしたりだとか、亡くなったのが朱月の夜だったとか。
朱月と切っても切れない曾祖母を、女は「ひょっとしたら魔に魅入られてたのかもね」と笑った。
「……違うよ」
「え?」
「ああ、それにしても綺麗だなぁ」
男が小声で言った言葉を正確に聞き取れなかった女が聞き返すも、男は何事も無かったように言う。
「待ってた甲斐があったよ」
「待ってたって、何を?」
「……君を。ね、僕の目、綺麗?」
女の目を男が覗くということは、女もまた男の目を見ていて。先程抱いた感想を女はこくりと頷くことで答えとした。
「良かった。君の曾お婆様もそう言ってくれたんだよ」
蕩けるような笑顔で、男の口から「アマリエがね」と話には出さなかった曾祖母の名前が出てきたことに女の背筋にぞくりとした悪寒が走る。
男の様子は先程から何も変わっていないはずなのに、女は背を伝う汗が酷く冷たく感じた。
「ねえ、ルエリア。君は教わらなかったかな?朱月の晩の悪魔の話」
「あ、あれは、迷信で……」
「迷信なんかじゃないよ。ちゃんと存在しているんだ。君はアマリエよりも愚かだけど、胡椒を投げないし、素直だし、約束を守ってくれたし、僕は好きだな」
「どうしてあなたが曾お祖母ちゃんのこと……それに約束って、いったいなんのことを言って……」
くすくすと笑いながら、ねえ、と男が囁く。
「こんな朱い月夜の晩に、悪魔の誘いで窓を開ける愚かで可愛いルエリア。アマリエは悪魔に魅入られたんじゃない。悪魔が彼女に魅入られたんだ。この綺麗な瞳にね」
「あく、ま……」
「そう。僕はずっと、君を待ってたんだ。瞳に太陽の花を持つ子は、いったいどんな味がするのかなって。太陽と同じく、食べたら僕の身体は焼かれてしまうのかな?あの時食べ損ねてから、ずっと気になってたんだ。……大丈夫、約束を守ってくれた良い子は一度に全部を食べないであげるよ。少しずつ、死なない様に、一生をかけて愛でてあげる。悪魔に魅入られたことに、絶望してね」
男の隠されていた牙が、女の首筋に食い込んだ。
溢れだす血を男が静かに吸い上げると得も言われぬ極上の味わいが男の舌に広がる。
「……美味し。ん、どうやら僕の身体焼けないみたいだね。それじゃあずっと、ずぅっと一緒に居ようね。これからも、その先も、地獄の底で付き合ってもらうよ。……今は何も聞こえてないかな」
―――これが、悪魔を魅入らせた報いだよ、アマリエ。
口が悪くて意地っ張りな君が与えてくれなかったものを、君と違って素直なこの子から貰うことにしたよ。最後の最後まで僕を受け入れてくれなかった、酷い人の子孫から。
心配しないで。君の面影を遺す瞳が翳らないよう、悪魔なりにこの花を全力で愛してあげるよ―――。