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オレは異世界に転生して必死でのし上がる  作者: 国後要
奴隷剣闘士から旅立ちまで
7/62

夜はまだ明けない

 さんざんに走って町から出て、後ろに振り返ってみれば、遥か彼方に見えた巨躯のバケモノの姿は見えなくなっていた。

 何かの陰に隠れて見えなくなったというわけではない、海岸線は見えているのにあのバケモノは見えなくなっている。

 バケモノは撤退したか、あるいはあの女冒険者が倒してしまったのか。そうだとしたら、少しだけ悔しい。そう思った。

 

「はぁ、はぁ……ここまで逃げれば、いったん落ち着けるか……」


 既に場所は町から遠く離れた森丘だ。周囲は開けていて、接近されればすぐに分かる状況だ。

 デリックとリウィアもちゃんと居る。というか、オレはデリックについてきていたのだから、デリックが居るのは当たり前なんだが。

 

「はぁ、はぁ……ふぅ……」


 呼吸を整える。

 町側から吹き抜ける潮風が火照った体に心地よい。

 冷たい水が欲しい。

 ああ、喉が渇いたな。

 周囲に水源は無い。だからって町に水を取りに行けば、あの半魚人どもに水底でたらふく水を飲まされることになるだろう。

 喉を摩って、唾を飲み下して出来るだけ喉の渇きを意識しないようにする。

 

「ニーナ、平気か?」


 デリックが自身の膝を摩りながら尋ねかけてくる。そういえば、膝に矢を受けて冒険者廃業したんだったか。何ともなさそうに走ってたが、やっぱり不具合はあるんだろう。


「また走れっつうのならお断りしたいところだな……オレぁさっさと寝てぇよ」


「寝たらそのまま永遠に眠ることになるかもしれんぞ」


「お断りしたい話だな……全く、ヘヴィだぜ……」


 地面に座り込みながらため息をつく。本当にクソったれな状況だ。

 周囲を見渡せば、オレ達と同じように逃げ出してきた奴らが集まりを作っている。

 剣を持っているデリックの周囲なら安心できるのだろうか、オレ達の周りにも幾人もの人間が集まってきている。

 

「シー・デヴィルは乾燥を嫌う。朝になれば海に戻るだろうが……」


「それより、あのバカでかい奴はどうなっちまったのやら……」


「わからん。だが、あれはどう見ても尋常な様子じゃあなかった」


「だろうな……」


 頭にわけのわからない生物をくっつけてるのがマトモだとしたら、シー・デヴィルとやらは随分とロックな奴らだ。クレイジーと言ってもいいかもしれん。

 

「……この状況の方がクレイジーか、ったく」


 異世界に生まれた上に奴隷になって、奴隷剣闘士とは。全く以てロックでクレイジーだ。将来はパンクロッカーだな。

 なんて馬鹿な事を考えていると、リウィアが何か呪文回路を形成し始めた。

 

「なにしてんだ?」


「明りをつけようと思って」


 そういって呪文回路の構築が終わり、そこに力が流し込まれた瞬間に光が生まれた。

 その光は暖かい光だった。太陽の光そっくりだ。

 

「ちょっと難しい呪文だけど、ニーナちゃんもきっといつか使えるわ」


「便利そうだな。正直、光よりも水の方が欲しいけどな」


 まぁ、魔法で水を作れたら苦労しなさそうだがな。攻撃魔法とかに水を使うのはありそうだが、生憎と水を入れる袋が無い。

 直接飲んだりしたら、顔が吹っ飛ぶんじゃあるまいか。仮にも攻撃魔法なんだし。

 

「喉が渇いてたの? ちょっと待ってね」


「え、あんの?」

 

 言うやいなやリウィアが新たに呪文回路を構築し始める。その呪文回路は今までに見た物とは基本からして異なる様子だった。

 

「【サモン・ウォーター/召喚水】」

 

 そして呪文回路が完成し、魔法が発動する。その魔法が発動した時、リウィアの手の中にはガラスのコップに収まった水があった。

 

「コップつきかよ。親切だなおい」


「はい、どうぞ」

 

「ああ、うん、ありがとう」


 ありがたく受け取って飲み干す。

 冷たい水が喉を潤して胃に落ちていく感覚は何とも爽快だ。喉がカラカラな状況であったのなら、なおさら。

 残ったコップはどうしたものかと思った直後、空気に溶けるようにして消えた。なんともエコロジーな魔法だな。

 しかし、いつでもどこでも水が飲めるってのは便利そうだな。どれ、オレもやってみるか。

 リウィアの作っていた呪文回路を思い出しながら構築してみる。……こんな感じだったっけ。

 

「ちょっと違うわね。こうよ」


 と、そこでリウィアがオレが真似をしていることに気付いたのか、呪文回路を構築してくれた。

 一からゆっくりと構築されていくそれを見ながら、オレも新たに呪文回路を構築していく。

 感覚は覚えた。これなら次も使えるだろう。たぶん。

 

「【サモン・ウォーター/召喚水】」

 

 そして力を流し込むと同時、リウィアと同じように宣言して発動する。

 すると、次の瞬間には手の中にコップに入った水が現れる。うおお、マジ便利。

 

「デリック、飲むか?」


「お、ありがてえ」


 とはいえ、オレはもうさっき飲んだので必要ない。なのでデリックに渡した。

 受け取ったデリックは実にうまそうに一息で飲み干し、残ったコップを投げ捨てた。

 どうせ消えるからとはいえ豪快な奴だな。ついでに自然にも優しくない。

 

「しかし、ニーナ。今更な話だが、お前あの時はなんだってあのバケモノに突っ込んでいったんだ?」


「あん? ああ……なんでだろな。とにかく、腹が立って仕方なかったんだ」

 

 デリックに問いかけられて思い出す。

 あのバケモノを見た時の耐え難いほどの怒りの衝動。

 オレは確かに気が荒いし、短気だが、あそこまで短慮な行動を取るほど馬鹿ではない。

 少なくとも、死ぬような状況に自ら飛び込んでいくような蛮勇さは持っていない。

 だとすれば、あれは何かの作用によるものだと考えるのが自然だ。

 あの途方もない怒りを抱いたのは、あのバケモノを見た時。正確に言えば、あのバケモノに寄生してるやつの目を見た時。

 

「……何か、精神に作用するような力を持ってたのか? デリック、そういうのに心当たりとかあるか?」


「そうだな……シー・デヴィルの神官や魔術師なら【チャーム/魅了】や【フィアー/恐怖】の魔法を使うくらいは出来るだろうよ。その長であるシー・デヴィル・キング……あのデカブツもな」


「それだ」


 理屈はよくわからないが、オレはその精神に作用する魔法か何かを使われて激しく怒りを増幅されたのだろう。

 ムカつくヤローだ。人の神経を勝手に逆撫でするとは。

 しかし、ムカつくだけではなかった。怪我の功名というかなんというか、あの途方もない怒りに支配されていた時、オレの身体能力は間違いなく向上していた。

 でなければ半魚人の鱗を拳でぶち破るなんて無理だろう。

 

 もしもその怒りを多少なりとも自由に引き出し、制御出来たなら。

 それはオレにとって、かなりの武器になるのではないだろうか。

 出来るか出来ないかで言えば、たぶん、出来るだろう。なぜなら相手はかなりのじゃじゃ馬でオレの言う事なんざ聞くつもりはないのだろうが……オレの心から体は全てオレのものだ。なら、御し切れない道理はない。

 御し切れば、オレの力はもっと強くなる。あの女冒険者に、僅かなりとも追いつけるってことだ。

 

「へへ……ぜってぇリベンジしてやんぜ」


 拳と拳を打ち付け、決意を打ち立てる。まずは怒りを引き出して、制御だ。そんでもって、そのあとにあのハルバードなんかを使いこなす腕力を身に着けて見せる。

 

「なぁ、デリック。長柄の武器って使えるか?」


「長柄ってぇと、槍とかか?」


「うんにゃ、ハルバードとか」


「ハルバードな……ははぁ、お前、あの姉ちゃんみてぇになりたいのか? うん?」


「やかましい。使えるのかどうか教えろ」


「まぁ使えるっちゃあ使えるがなぁ……」


 何ニヤニヤしてんだ畜生が。ぶっ飛ばしたろか。

 そう思った時、視界のなかで何か光るものがよぎった。

 

「……?」

 

 光るものを探して見回すが、光るものは見えない……そう思った時、また何か光るものが見えた。

 そしてその光るものを凝視した時、その光るものの周囲にいくつもの光がある事に気付く。

 その光は一対のように見えた。いや、それは事実一対のものなのだろう。

 等間隔を開けて、二つの光。そんな一対の光が、幾つも暗闇の中に見える。

 ――――まるで、夜行性の動物の目玉のように。

 

「――――っ!」


 それを理解した時、全身が総毛だった。

 悲鳴を上げそうになったのを必死で飲み込み、声量を絞ってデリックへと声をかける。

 

「デリック……見えるか、向こう……」


「うん? なんだ? あの姉ちゃんでも…………わかった。相当拙い状況だな」


 デリックが気付いた事に軽く安堵しつつ、獣と思わしき眼光の数を数える。

 十、二十を超え、二十と四を数えた辺りで、その眼光が未だ増え続けている事を理解する。

 

「相手は群れっぽいが……何か分かるか?」


「十中八九狼だろうよ。潮風で血の臭いが広がったんだ。そいつをかぎつけて来やがったな……おい、戦える奴らは俺達のところに集まれ!」


 狼であるなら、相手が群れであることにも納得がいく。狼は群れで行動する動物。群れを作る事で、自身よりも大きな獲物を狩る。

 そして何より、狼の恐ろしさは持久力にある。

 人間の全力疾走並みの速度で狼は一晩中走り続けることが出来る。前世の動物図鑑で読んだ。

 

 この世界に於いてもそれが変わらないのだとしたら、そして、狼たちが人間を襲うほどに飢えているとしたなら。

 

「絶体絶命、か……」

 

 武器になるものを一瞬探して、そんなものがあるわけないと嘆息する。

 素手で立ち向かう事になるかもしれないってのか……ヘヴィだぜ。

 

「おい、ニーナ」


「あん?」


「間違っても狼に手ぇ出そうなんて考えんじゃねえぞ。集団相手にやれるほどお前はまだ巧くねえ」


「……わかってるよ」

 

 分かっては居る。だからって大人しく何もしないでいられるかは別だ。

 何もしないで見ていて状況が悪くなるとしたら、それは最悪の最悪だ。

 だが、オレが手を出すことで状況が悪化する可能性もある。武器も無いガキのオレじゃ、足手纏いになる可能性が高い事はわかってる。

 

「クソったれ……」


 狼たちを刺激しないように小声で呟いて、オレは気休め程度に【フレイムスロワー/火炎投射】の呪文回路を構築する。

 手を燃やすしか出来なくても、野生動物は火を嫌う。気休めにはなる。たぶん。

 

 

 

 そして、しばらくの時間が過ぎた。

 どれくらい時間が過ぎたのか。夜が明けないのを見るに、それほど時間は経っていないのだろう。

 だが、オレの緊張感は既に限界に達していた。

 

 一体いつどこから襲ってくるか分からない敵に囲まれている状況。そんな状況では気も休まりはしない。

 緊張感は体力の無駄な消耗を招き、それでいながら緊張感が眠気を寄せ付けなかった。

 疲労が溜まっているのに、目が冴え切っている状況。

 それは、戦闘に於いて致命的だろうことは何となく想像がつく。

 いつ訪れるか分からない限界は時限爆弾に等しい。そんなものを抱えて戦闘なんて、無謀にもほどがある。

 

「ニーナ、無理するんじゃねえ。寝とけ」


「……寝れたら苦労しねえよ」


 未だぴんしゃんしてるデリックに対し、少しの嫉妬と羨望、それから頼もしさを覚えつつ、オレは少しでも体を休めるために座り込んだ。

 

「奴ら、オレ達が眠りにつくのをじっと待っていやがる。もう姿は見えねえが、どこかでこっちを伺ってるはずだ」


 そうであることは予想がついていた。オレ達が戦闘態勢を整えてすぐに暗闇に光る眼光は消えた。

 だが、相手が諦めたなどとは誰も思っていなかった。

 すぐに諦めがつくような状況であるのなら、もともとこんな大人数の人間を包囲したりはしない。

 それなのにオレ達を取り囲んだというのであれば、それは相手が相当な飢餓状態にあるという事。

 オレ達人間が隙を見せれば、すぐにでもその喉笛を食い破るために襲い掛かってくるのだろう。

 

「クソが……来るなら早く来いってんだ」

 

 苛立ち紛れに呟きつつ、オレは出来るだけ楽な姿勢を取りながら時が過ぎるのを待った。

 

 

 

 頭が落ちた事で意識が覚醒する。危なく眠りかかっていたようだ。

 顔を上げてみると、デリックを含めた戦闘を出来る大人たちが周囲の警戒を続けていた。

 

「なんだ、そのまま寝ててよかったんだぞ」


「うるへー。オレは起きてる」


 デリックのからかうような声音に反抗しつつ、周囲を見渡す。やはり狼たちの姿は見えない。

 空は未だ暗く、夜明けの兆しすら見えない状態であった。

 光源の心許ないこの状況では、ただ待つだけですら相応の精神力を消耗する。

 せめて、ほんの少しでも空が白んで来ればマシになるだろうに。

 

「来たぞぉぉぉおおぉっ!」

 

 空を眺めて悪態をつきかけた時、絶叫が闇を切り裂いた。

 まどろみかかっていた意識が瞬時に覚醒し、オレは呪文回路を構築し直して起き上がった。

 覚束ない光源の下に照らし出された世界の中で、音声だけが敵の居場所を教える。

 そしてオレが呪文回路に力を通し、焔を生み出して闇が照らし出された。

 

 ――――一斉に襲い来る二十匹を超える狼の群れ。

 

 それは圧倒的な進撃で防衛戦を食い破るべく牙を剥き、ロクな武器すら持たない男たちがそれを押し返すべく奮戦する。

 デリックもまた同じように剣を携えて戦いへと赴く。

 

 そして、オレは何も出来ない。迂闊に踏み込めば、邪魔になるだけ。

 

「クソが……本当に、クソったれだ……!」


 そんな自分が、何処までも恨めしかった。

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