馬って結構足遅いなあ
平原を駆ける。
馬蹄が荒々しく地を叩く音が響き、周囲の景色は流れるように過ぎ去っていく。
「ちと風が寒いな」
「そうか? わしは暖かいぞ」
「当たり前だ。それで寒かったらおかしい」
オレの独り言に返事を返したのは玉藻。その玉藻はオレの胸元に潜り込んでいる。
元々、買った馬は三頭だけだ。オレ達はまだ子供で体重も軽いので、無理をすれば一頭に三人乗る事も出来る。だから一人一頭買う必要はない。
とは言え、同乗を基本とすると馬上で戦闘になった場合は動きにくくなってしまう。
なので、基本は一人一頭とし、魔法使いである玉藻は誰かと同乗する方がよいので三頭購入したのだ。
魔法の使用には動作要素が必要なので、手綱を握れないのだ。そうすると馬の操作が出来ない。
というわけで、玉藻はオレの馬に同乗している。
「くふふ、おぬしの胸元は心地よいぞ。暖かいしいい匂いがするでな」
「くすぐってえから動くな。しばくぞ」
「おお、おお、おぬしはか弱い子狐をしばくというのか。なんと心無い奴じゃ」
胸元に潜り込んでいる玉藻を引きずり出し、宙ぶらりんにする。
「落とすぞ」
「や、やめよ。死にはせんが痛いじゃろうが」
「だったら大人しくしてろ。くすぐったくて操作ミスりそうなんだよ」
馬の操作にはまだ慣れてないんだ。ロバだってちょっと乗ったくらいで、基本は背中に荷物を載せて引いてたくらいだし。
馬はロバと比べれば遥かにパワフルで、この馬は気性も荒っぽい方らしい。
うっかり振り落とされた、なんて笑い話にもならないような事にもなりかねない。
「うぬぅ、仕方ないのう。おぬしの胸を虐めるのは楽しいんじゃが」
「どうやら握り潰されたいらしいな」
「冗談じゃ」
そういって玉藻がオレの腕の上を歩いてきて、肩から胸元に入り込んでくる。
今は鎧を緩めに着ているので、直接胸元に入り込めるらしい。
しかも鎧と服の隙間じゃなく、服と素肌の間に入ってくるのでこれがまたくすぐったい。
しかもわざわざ足でくすぐってきやがる。胸を虐めるというのはそのことだろう。
で、普通なら後ろに乗ってオレの胴に手を回すだろう玉藻が胸元に入り込んでいる理由。
それは簡単な事で、玉藻が最初にそれをやった後、意外と疲れて面倒とのたまったのだ。
そして、その後に玉藻がなんと子狐になってオレの懐に潜り込んできた。
そんな事できるのかよと思ったが、なんと獣人ならだれでも出来るんだとか……。
とは言え、獣人にも獣の要素が薄い奴、濃い奴が居る。獣の要素が薄い奴は全く出来ない場合もあるんだとか。
逆に、獣の要素が濃い奴は人間と同じ姿形に擬態することも出来るらしい。
その点で言うと、玉藻は獣の要素が強い……と言うか、まるっきり獣らしい。
普段の狐耳が生えた子供の姿は半人半獣、人間と獣のいいとこどりをした形態なんだそうな。
耳と尾を消すことも出来れば、狐の姿になる事も出来るそうで。
「獣人って便利な体質持ってるんだなぁ……」
「別に便利なだけではないぞ。ライカンスロピィという獣人特有の病もあれば、発情という面倒な時期もある」
ああ、発情あるんだ。知らなかった。
「人間に近いものほどそのリスクは薄いがのー」
「ふうん……お前は?」
「わしは獣人ではなく、人化出来る獣じゃ。ライカンスロピィにはかからん。発情はすると思うが、どうじゃろな。実質的に霊体じゃからせんかもしれん」
「便利な体質だな、オイ」
デメリット一切なしかよ。
「まぁ、発情したらおぬしがなんとかしてくれ」
「どうやってだよ」
「そりゃ当然、褥でわしのことを大胆に辱めてじゃな」
「分かった。鎖でグルグル巻きにして地下室に閉じ込めてやるよ。発情期過ぎたら出してやるからな」
発情期ってどれくらいで終わるんだっけ? 一か月くらい?
まぁ、人間って水さえ飲めれば一か月くらいは生きてられるらしいから、十分なんとかなるだろ。
「非道じゃな、おぬし」
「冷静だと言ってくれ」
オレが男だったらぐらっと来たかもしれないが、今は生憎と女でな。
性欲自体はあるんだが、誰かとしたい、と思うワケでもない。それにあってもかなり薄いし。
闘技場で治療を受ける前にムラムラしたのが最初で最後だったような気がする。
「しかし、地下室に閉じ込めたくらいでわしは終わらぬぞ。抜け出して来たらどうするんじゃ?」
「そうだな。頭が冷えるまで氷水に頭から漬けてやるよ」
「死んでしまうわ」
「殺すってこった。分かったら発情しないように神にでも祈ってろ」
「どの神にじゃ?」
「コノハさん」
「全く性欲を感じなくなるか、逆に年中発情してしまうかのどちらかじゃろうな……あやつ、性欲を感じた事は無いと言うし」
「へぇ」
感じた事が無いとはまた。男嫌いってわけではなさそうだけど。
強くなればなるほど性欲が薄くなるとかでもあるのかね?
多産は多死を補うためだから、強ければ死ぬ可能性が減って性欲が落ちるとか? いや、ねーよ。……容姿まで変わるからあり得なくもない気がしてきた。
「っと、そんなことを話してるうちに山道か」
懐の地図を取り出して、周囲の地形などから場所が間違っていない事を確認する。
先ほどからだいぶ踏み鳴らされた道を走っていたし、まず間違いないだろう。
後は何処まで馬で行けるかだな。元々鉱山だっていうし、鉱山の入り口まではいけると思うが。
「入口まで行けるといいが……」
「まぁ、最悪徒歩じゃろ」
「そうなるなぁ」
あんまりやりたかないがなぁ。
速度だけを言えば自分の足で走った方が遥かに速いんだが、馬を買ったのは超長距離を疲労せずに移動する為だ。
ここまでくればさほど長い距離ではないが、少しでも体力の消耗は避けたい。
「何はともあれ、行ってみりゃ分かるか」
そう言っているうちに山道へと入り、山道を駆けて行く。
幸い、道はさほど急ではない。とはいえ、この角度だと普通に歩いたらかなり疲れそうだ。馬買ってよかった。
そうこうするうちに、坑道の入り口にまで辿り着く。
馬どころかドラゴンですら入れそうなくらいに広い入口だ。一応馬で入れそうではあるが、ここからは徒歩の方がいいだろうな。
「よし、馬から降りて中に入るぞ。ほら、お前も速く人間に戻れ」
馬から降り、懐から玉藻を出して降ろしてやると、あっという間に普段の姿に戻る。あ、着物の柄変わってる。
「残念じゃな」
「言ってろ」
そう言いつつ、近くの柵に適当に馬を繋いでおく。逃げ出さないように調教はされてるが、一応だ。
さて、それじゃあ鉱山に入るわけだが、その前に下準備だ。
背負い袋から松の枝を取り出し、その枝に巻き付けてある松脂の染み込んだ布に火を点ける。
するとあっという間に布が燃え始め、松の枝にも燃え移ると明々とした光を周囲へと放つ。松明だ。
今は昼なので意味がないが、鉱山内部はそうもいかない。この松明では三十分しか持たないが、あと十本ほどあるので大丈夫だろう。
「よし、じゃあ行くぞ」
「うん」
リズがオレの松明から自分の松明にも火を点け、二本目の松明に火が灯る。
松明を使う以上、片手は塞がってしまうが、オレとリズが松明を持つのは決定事項だ。
玉藻は魔法の動作要素を満たすのに両手を空ける必要があるので最初から却下だ。
必然的に残りの三人が持つことになるが、片手が使えなくても戦闘力があまり落ちない、と言うことを考えるとリンは除外。
で、残ったオレとリズが松明を持つことになったわけだ。
戦闘が想定される以上、出来れば両手は空けたいが松明以外の明りを灯す手段は余り無い。
二時間くらい明りがつく【ライトスティック/光る棒】って道具を持ってるんだが、手は塞がるし使い捨てで金貨八枚もするのであまり使いたくない。
大した値段ではないんだが、積み重なると結構でかいからな。松明は金貨一枚で四十本も買えるのに。
他には【ラスティング・ライト/永続的な明かり】って魔法があって、玉藻が使えるのだが、その場から動かすと明りが消える。
それをランタンに特殊な技法で固定する事で、移動しても消えない明りが作れるらしいのだが、結局手は塞がるし、金貨が万単位で吹っ飛ぶくらい高いらしい。
手が塞がらないものであれば暗視能力を付加する【ナイトビジョン/暗視】って魔法もあるが、効果時間が短い。なので戦闘に突入してから玉藻にかけて貰う事になる。
他にもあるが、まぁ、それくらいか。だから松明を使うわけだ。
さて、前置きが長くなったが、ようやく坑道への突入だ。
ああ、今更になって気付いたが、メタルイーターとやらの特徴を聞いておくべきだった。
せめてどんな姿形をしているかくらいは聞いておけば……殻がある事は分かるんだがな……。
そう思いつつ坑道に足を踏み入れ、松明を高く掲げる。かなり広いな。
「……妙な臭いがする。沼気の臭いじゃ」
「沼気?」
オレは何も感じ取れていないが、この中で一番嗅覚の鋭い玉藻が言うのだから間違いではないだろう。
「うむ。かつてから鉱山で溢れる事のあるものでな。火を点けると爆発するんじゃ」
「なるほどね……」
鉱山で毒ガスと言えばよくある話だ。炭鉱のカナリアも有名な話だし。
しかし、鉱山で出て爆発する気体ってなんだろ? 爆発する気体なんて水素くらいしか知らねえや。
「とすると、松明はヤバイか?」
「わからぬ。さほど強い匂いではないから、爆発はせぬと思う」
「ふむ……」
爆発くらいで死にはしないと思うが、炭鉱が崩れでもしたら相当拙い。
崩れて来た岩盤に押し潰されるか、生き埋めになるかだ。生き延びてもいずれ餓死するだろうな。
「松明はやめとこう。ライトスティックを使う」
松明を放り捨て、背負い袋から石製の棒を取り出す。これがライトスティックだ。
これを壁にぶつけるなどして衝撃を与えるとどういう理屈か分からんが光を放ち始めるのだ。
なんかの鉱物らしいが、よくわからん。縁日の屋台で売ってる光るブレスレットと似たようなもんだろ。
「さすがに金貨八枚もするだけあるな。明るい」
松明で照らせるのはほんの数メートルと言ったところだが、このライトスティックは半径十メートルは軽々と照らすことが出来る。
水中でも使えるし、酸素の無い場所でも光るしと、利便性だけを見れば松明より遥かに上だ。
「ニーナ、上のあれはなんだ?」
「あ?」
リンの声に反応して上を見上げる。ライトスティックの光を反射して何か光ってるな。
……動いてる? そう思った時、それが落下して来た。
「あぶねっ!」
咄嗟に飛び退くと、それは地面に激突し、床面を砕いて跳ね飛んで行く。
当たってたら頭が割れてたかもしんねぇな……そう思いつつ、背中の大斧を手に取る。
なんだかよく分からんが、敵らしい事はわかったからな。
「あれがメタルイーターとやらかね……」
落ちて来た何かは、見た目はヤドカリに似ていた。
ただし、突き出している顔はヤドカリを十倍は凶悪にしたような顔だし、その鋏も尋常じゃなくデカくて頑丈そうだ。
サイズも一メートル近いと、かなりデカい。
「まぁ、余り強そうじゃないがな」
そう言っていると、メタルイーターと思わしき生物が跳ね飛んだ。
どうやって跳んだんだろうと思ったが、よく見れば顔の下から足が出ている。あれで跳んだのか。
冷静に観察しつつ、その跳んできたメタルイーターを斧の腹でホームラン。
壁に叩き付けられた殻は真っ二つになり、内部のメタルイーターが地面に転がる。
「この殻を回収すればいいわけか?」
逃げ出そうとした中身を踏み潰して始末しつつ、真っ二つになった殻を手に取る。
重いな。叩いてみると相当硬い。刃物で斬るとなると相当苦労しそうだ。殴り壊す方がよさそうだな。
「む。その殻からかなり臭うぞ。臭いの元はそれじゃな」
「これから?」
確かに臭うな。古い便所みたいな匂いがする。メタンか、これ。
しかし、喰った金属で出来てるって言ってたが、こいつは何を喰ってたんだ? 石炭? 石炭は金属じゃねえしなぁ……。
ん、よく見ると銀色っぽいところも混じってるな……喰った金属全部混ざってるのか?
まぁ、とりあえず袋に詰めておくか。
「これならそんなに苦労しないで達成できそうだな」
報酬は金貨三千枚くらいだから、妥当な報酬だな。どっちかと言えば割もいい感じか。
「うん。でも、油断は禁物。気を付けていこう、ニーナ」
「わかってるって」
リズに忠告されると、なんとなく納得し難いものを感じるんだよな……ぽやぽやしてるから。
まぁ、冒険者としては相当な先輩だから大人しく聞くんだが。
さて、んじゃま、ちゃっちゃと仕事を済ませますか。
作中の馬は作品内オリジナルの馬で、現代のサラブレッドのような馬ではありません。ですので足は遅いです。
それでも時速40キロは出ます。最速で50~60は出るんじゃないでしょうか?
そして特色は荒地や山道の走破性にあります。現代のサラブレッドには殆ど不可能な技能です。
参考にしたのは木曽馬や御崎馬という日本固有の馬です。
伝承にも残されていますが、人間では立つことすら厳しい斜面を軽々と登り、駆け下りる事などが出来ました。
そして、足首の頑強さから、超長距離の走破や、百キロ以上の荷重に耐える等があります。
つまり、合戦での使用には非常に適した馬と言うことです。
ニーナ達の使っている馬はそう言った馬です。
そして作中でも書きましたがニーナはその馬より速く走れます。持久力も瞬発力も勝ってます。
高速道路を走ることだって出来るでしょう。たぶん。




