何処までも駆け抜けていく
町を疾駆する。
屋根をぴょんぴょんと軽快に飛び移って移動するのは何とも言えない奇妙な気分だ。
前世では漫画やアニメでしかありえなかった事を自分がやっている。しかも、オレはそれを当たり前に感じている。
例えばだが、割り箸をへし折った事が無くてもこのくらいのものなら折れると分かっているように。
自分の身体能力なら出来て当然だと分かっているから当たり前に感じる。オレも成長したなぁ……。
そんな事を考えていると、鼻先に何か冷たいものが触れた。その次に、外気に晒されている太腿に冷たいものが。
「雨?」
空を見上げれば昏い曇り空。今から一雨来そうな感じだ。
しかし、すぐに雨ではないと気付いた。
ふわりふわりと空から白いものが舞い降りてきていたのだ。
先ほどの冷たさは、それが肌に触れた事で感じたのだろう。
「拙いな……」
舌打ちする。雪に対しての備えはまだしていない。
雪に対しての備えなど要らないと思うかもしれないが、それは雪を舐めすぎている。
バルティスタ共和国が豪雪地帯だと言うことも理由の一つだ。
雪が降れば家から出られなくなるなんて言うのは当たり前のことで、それほどに雪が降る。
まだ時期が早いから本降りにはならないだろうが、すぐに雪深くなる。
一か月もすれば、まともに歩くことも出来なくなるだろう。
逃亡中に雪なんて、最悪の一歩手前だ。
ちなみに最悪は雪のついでにモンスターに襲われ、追跡者に発見されるって感じか。
「おい、お前ら、雪の降る地域に居た事はあるか?」
積雪した場所を歩くのにはコツが必要だ。それも一朝一夕では身につかないような。
コツを身に着けてても雪には嵌るし、氷でひっくり返るが、あると無いとでは大違いだ。
長距離の逃亡でそのコツが身についていない奴と歩くのは危険すぎる。
「私は平気だ。母上と冬山に修業に行った事がある。散々歩き回った事もあるし、雪中を歩くのには慣れている」
「わしは積雪地帯の生まれじゃ。全く問題ない」
「私は雪深い地域を旅した事もある。何とかついていけるとは思う」
とりあえずは安心か……リズが不安要素ではあるが……。
そう思いながらも速度は緩めず、やがて町の端にまで到着する。
ここまでくれば、あと一息で街から脱出できる。それには足場にしている家の屋根よりも八メートルほど高い城壁を超えなくてはならない。
距離はおよそ二十メートルと言ったところ。
ちょっと厳しいな。強く跳ばないといけないが、足場が保つか?
まぁ、保たないにしろ、跳ぶしかないな。
「うしっ! 行くぞ!」
城壁を飛び越えられる力加減で屋根を踏み抜かない程度に勢いよく跳ぶ。
屋根を破壊しない力加減には成功したが、ギリギリで城壁まで届かず。
とは言え、それで落ちる程マヌケでもない。城壁の隙間に指を差し込みよじ登る。
後続のリンとリズも難なくついてきており、少しばかり心配だった玉藻も無事についてきている。
「お前、意外と脚力あるんだな」
「阿呆、幾らなんでもぬしら程の脚力は無いわ。【レッサー・ジャンプ・アビリティ/下級跳躍力強化】を使っただけじゃ」
なんだ、そう言うことか。
「で、その跳躍力の強化でここは降りられるか?」
「無理じゃな。足が折れる。跳躍力の強化だけじゃからな」
十メートルの高さから落っこちて折れるだけで済むならいい方だとは思うがな、そう思いつつ、玉藻を抱き抱える。
「ちゃんとつかまってろよ!」
「うむ」
返事を聞いたときにはもう飛び降りていた。
地面に向かって落下して行く感覚。その感覚に逆らうように、空中で身を捩り、壁に足をつける。
そして、全力で壁を蹴った。
「みぎゃっ!」
腕の中から聞こえて来た玉藻の悲鳴を聞き流しつつ、重力に逆らうように横に吹っ飛んでいく。
体に感じる風切る感覚。
なぜか分からないが、それが無性に楽しかった。
胸が高鳴っている。ワクワクとドキドキが止まらなくて。どうして、オレはこんなにもワクワクしてるんだろう。
この先行きの見えない旅に、期待してるからだろうか。
オレの知らないもの、オレの知らないことに出会えるからだろうか。
子供の頃、胸いっぱいに未知への期待を込めて家の周りを探検したみたいに。
ただのなんてことの無い林でも子供にとっては密林のように見えて、ただの小さい蛇も猛毒を持つ大蛇だ。
そうして子供は遊んで、やがて適度な諦めと現実を知って、そんな遊びをしなくなってしまう。
現実ってやつはどうしようもないしみったれだ。
二階から飛び降りれば、身体の何処かを骨折する。
魔法の呪文を唱えれば頭のおかしいやつ扱いされる。
棒っ切れを振り回して遊んでいれば説教される。
人を襲う怪物なんていないし、スーパーパワーを持ったヒーローも、助けを待つお姫様だって居ない。
けど、この世界は違う。
この世界は過酷で、残酷だけど、魔法があって、怪物が居て……未知が、たくさんの不思議が溢れかえっている。
この広すぎるくらいに広い世界全てを探検し尽してみたいって、そう思ってしまうくらいに。
視界いっぱいに映っているのは見渡す限りの平原。
あの山の向こうには何が居るんだろうか?
あの丘の下には一体何があるんだろうか?
遥か上空の雲の上には、もしかしたら誰も知らない天空の都市があるかもしれない。
この地面の下には誰も知らない地底人の遺跡があるのかも知れない。
未知への探求心って言うものが、どうしようもなくオレの心を掻き立ててしまう。
こんな風に、とんでもないトラブルに出会って逃げ出す事になったとしても。
ただ、未知が目の前にあるだけで心がワクワクしてくる。
子供っぽい想いでも、そう思ってしまっているんだから仕方ない。
男って言うのはいつまで経ってもガキのまんまで、大人の男って言うのは図体ばかりデカくなったガキみたいなものだ。
いつまでもバカなまんまで、いつまで経っても未知への探求心を胸に秘めている。
どうやらそれは、オレが女になってしまっても変わらないらしい。
なにしろ、こんなにもワクワクしてしまっているから。
地面に設置して、土煙を巻き上げ数メートルを滑ってから停止する。
高鳴る心臓の鼓動を感じながら、オレは玉藻を抱き抱えたまま走り出す。
「ニーナ! どこに向かうんだ!」
「知るか! とりあえず走れ!」
「プランは?」
「ああ? ねぇよ! そんなもん!」
どこに向かうのかも分からなくて、プランもロクに無くても、今なら、どこまでだって行ける気がした。
この世界でなら、何にだってなれる気がしてくる。
人は生まれてくる時代も、世界も、性別も、立場も。選ぶことが出来ない。
けど、何も選べなかったとしても、どうやって生きて、何になって、何を成すのかを決める事は出来るはずだ。
なら、どこまでだって走って行こう。
オレはオレの進みたい方向を向いて、オレの進みたい方へと走っていく。
それが苦しく辛い道でも、オレは走っていくだろう。
一度走り出してしまえば、もう止まれないから。立ち止まってしまえば、置いて行かれる気がするから。
それは他の誰でもない、オレ自身に。
オレの心と魂は高鳴る鼓動と共に全速力で駆け抜けて行ってる。
立ち止まってしまえば、きっとこの体ごと置いて行かれてしまう。
だから、決して立ち止まらない。
どこまでも駆けて行こう。
この体と、魂が滅びるまで。
まず最初に投稿が一週間も開いたお詫びを……。
体調不良と実生活の忙しさにロクに筆を執る時間もありませんで。
言い訳にもなりませんが、今後は出来る限りこのようなことが無いようにします。
それと、打ち切りENDっぽい締めですけど、別に打ち切りではありません。
今回でこの章は終わって、次からあっちこっちを旅してまわる章になります。
これが本作品を書くにあたって一番書きたい辺りだったので気合い入れて行こうと思います。




