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オレは異世界に転生して必死でのし上がる  作者: 国後要
冒険再開からバルティスタ共和国脱走まで
54/62

ここは、どこだ?

 どこかを、たゆたっている。

 なにも感じない、なにもない、そんな場所を、静かにたゆたっている。

 どこまでも静かで、どこまでもさびしい……。

 

 真っ暗のような、真っ白のような。

 何も見えない、何も聞こえない、何も触れられない……オレという存在すらも曖昧な、静かな場所。

 確かなのは、たった一つ。押し寄せてくる、圧倒的な虚無感。

 それだけで、ここが何処なのかわかる。

 

 あの世とか、積み重なる空とか、そんな風に言われる場所。

 

 また、ここでひとりになるのか。

 

 いやだ。こんなところは、いやだ。

 寒くて、暗くて、寂しくて、悲しくて……なにもない……。

 ここは、さびしい。さびしすぎる。

 

 ぎゅっ、と、膝を抱えて座り込んで、押し寄せる虚無に耐える。

 

 さびしい。

 

 ここは、いやだ。みんなに会いたい。

 とうさん、かあさん、デリック、リウィア、リーゼロッテ、リン、玉藻、フランシスカ、コノハさん。

 みんなに会いたい。

 

 こんなにさみしい場所は、嫌だ。

 

 みんなに会いたい。

 

 ふと、視界の端で何かが蠢いた。

 この虚無の闇の中に、オレ以外の何かがある。そう思った時にはもう、それに飛びついていた。

 

 それがなんなのかは、理解出来なかった。

 端的に表現するのであれば、窓とか、穴とか、そんな感じ。

 

 その穴から覗けるものは、理解の出来ないもの。

 理解や把握というものを超えた巨大さを持つ構造体。

 その構造体に絡み付くように存在している、同じく途方もない巨大さを持つ何か。

 その何かはオレを見て――――。

 

「あれ?」

 

 今、何かを見ていたはず。しかし、何を見ていたのだろうか?

 首を傾げた時、周囲が先ほどとは全く変わった場所になっている事に気付いた。

 

「なんだ、ここ」

 

 図書館、だろうか。周囲には本、本、本、本。

 いや、本だけじゃない。象形文字らしきものが刻まれた粘土板に、宝石で造られた巨大な石碑までもがある。

 上を見上げれば視界の遥か先まで本が積み重なり、足場から下を覗けば、床が見えないほど遥か遠くまで本が積み重なっている。

 全てが本で埋め尽くされた異常な空間。

 

「ここは王宮です。まぁ、私の家ですのでくつろいでください。だからと言って、サッカーや野球はしないでください」

 

「!?」

 

 背後からの声に咄嗟に跳び退る。それと同時に腰のナイフを抜こうとするが、今のオレは衣服しか身に着けていなかった。

 

「そう身構えなくても結構です。別に取って食おうと言うわけではありませんから」

 

 先ほど、オレの背後から声をかけた人物がそういうが……生憎とそう簡単に信じられるわけもなく。

 そのオレに声をかけた人物に深く注意を払う。

 

 見た目は少なくとも、人間。だが、見た目は全く当てにならないと本能が察している。

 その身体の中に秘めている莫大な力が理解できるからだ。

 

「あんた……なんなんだ」

 

 年齢は十歳を少し超えた程度に見える。

 性別は……男? 女……? いまいち分からない。

 服装から察するに男だが、男装をしているようにも見える。

 

「私ですか。私は……なんでしょうね。なんと返答するのが好みですか? 錬金術師、魔法使い、図書館の王、愚者の宝冠、人形師、闇黒の叡智……呼び名は色々とありますが」

 

 煙に巻くような言い方をする奴だな……。

 

「別に煙に巻くつもりはありませんよ」

 

 コイツ……オレの思考を読んだ? コノハさんと同じ……。

 

「ああ、彼女の知り合いでしたか。なるほど。しかし、アレを見れた理由には……ああ、なるほど。そう言うことですか」


 一人で――

 

「完結するなと言われても困りますね」


 ――完結するな……。

 

「人の頭の中を覗くな!」

 

「別に覗いちゃいません。あなたが思考を垂れ流しているだけです。私達の思考プロトコルは酷く似通っているか、下手をすれば同一の場合もあるのですから、勝手に聞こえたり見えたりするのです。聞かれたくないなら思考を閉じなさい」


「出来るか!」

 

 わけがわからんっ。そもそもプロトコルってなんだ。

 

「プロトコルというのは簡単に言いますと、情報をやり取りする際の取決めのことです。これは個々人で全く異なっているのです。ただ、稀に似通ったプロトコルを持つ者が居る……そんな人間はある種のシンパシーが生まれるのですが、余り似通い過ぎていると……」

 

 そう言った直後、オレの顔が見えた。

 ぽかんとした間抜け面でオレがオレを見ている。

 そしてオレは目の前のオレを見ていて、その見ているオレもオレを見ていて、そのオレもオレを見ている。

 いや、そんなのは、おかしい。

 いいえ、おかしくありません。

 あれ、そうかもしれない。

 嘘です。そんなわけないでしょう。しっかりしなさい。

 何言ってんだろ、オレ。しっかりするもクソも無いだろうに。

 予想以上に同調が酷いですねこれは。ハウリングが起きないだけマシな気もしますが。

 

 何かに弾き飛ばされるような感触を覚えた直後、オレの顔は見えなくなっていた。

 

「まぁ、この通り、異常な同調現象が発生し、自我境界線を失ったり、肉体の固有性を失ったりするわけです。先ほどは私が調整したので、五感の共有程度で済みましたが」

 

「なんだ、それ……わけ、わかんねえ……」

 

 もう、何がなんだか分からない。

 この状況も何もかも分からないし、そもそも何がどうなっているのかも分からない。

 分からない事だらけで、何から突っ込んでいけばいいのか分からないくらいに。

 

「まぁ、少し冗談が過ぎましたね。ジョークのつもりだったのですが……分かり難かったですか?」


「は……?」

 

 コイツ、なんて言った? ジョーク? 今までのがジョーク?

 

「え……どっからどこまでが……?」


「……最初からジョークを言っていたつもりなのですが」


「……あんたズレてるよ、色々と」


「……やはり、そうですか。私にはジョークのセンスが無いのでしょうか?」

 

 センスが無いと言うか、むしろマイナスの境地に達してるくらいに思える……。

 いや、最初のサッカーやら野球をするなって言うのは面白くは無かったが、ジョークには聞こえたようにも思える……。

 

「……それは一応真剣に忠告したつもりです」


「えっ。真剣に? ここでサッカーやら野球するなって言うのを真剣に言ってたのか、あんた」

 

「既にした人が居るんです」

 

 ……なんとなく誰がやったのか分かるような気がする。

 

「いえ、彼女……コノハさんではありませんよ。コノハさんは破天荒な人ではありますが、非常識ではありませんから」


 アレで非常識じゃないって……。

 

「一応言っておきますが、彼女は説明が面倒だから気合いや根性という言葉で片づけているんですよ。実際はちゃんと理屈に則った方法で途轍もない現象を発生させているんです」

 

「はぁ……」

 

「例えば、あなたの記憶を見るに、彼女が一時的に若返った方法ですが、あれはそもそも肉体に宿る力、生命力などとも呼ばれる力を爆発的に活性化させる事で一時的なテロメラーゼ活性を起こし細胞分裂を(前略)そしてアポトーシスが発生するのですが……ああ、アポトーシスというのはプログラムされた細胞の自殺で個体をよりよい状態に保つ為の現象です。分かり易いので言えば、胎児の手は肉の板ですがアポトーシスを起こすことで指の形にするのですが、アポトーシスとは狭義ではカスパーゼに依存する(中略)このアポトーシスとテロメラーゼ活性を自在に引き起こすことで肉体年齢の操作を自在に可能とするのですが、肉体の幼児退行を起こすには肉体の変性が必要で、この肉体の変性にも彼女はアポトーシスを利用しています。残った肉体から、幼体の肉体を再構築しているのです。これは彼女の細胞全てが胚性幹細胞と同様の性質を持っている事を(後略)つまり、彼女の肉体は無限の可能性を秘めていると言うことの証左なのですが、これは彼女が厳しい修行を乗り越えた末に(全略)と言うわけなのですが、分かりましたか?」

 

「ん……ああ」

 

 読んでいた本から顔を上げる。

 

「えーと……何の話だっけ」

 

 コイツが長々と語り始めて五分ほどしたところで聞くのを止めて本を読んでたんだが……。

 

「コノハさんのの話でしたっけ。彼女の話となると長くなるのですが。彼女と出会ったのは遠い昔のような、つい先日のような。まぁ、私にとっては昨日でも明日でも変わりないのですが、ああ、私にとって変わりないと言うのは私の記憶はそもそもが(前略)ですので(中略)だから(後略)で(全略)というわけです」

 

「ああ……うん」

 

 読んでいた本から顔を上げる。あと十分もあれば読み終わりそうなんだけど。

 

「えーと、コノハさんがなんであんな美人なのかって話だっけ?」


「ああ、それはですね、そもそも彼女があれほどまでの美貌を持っているのは、全ての平行次元を束ねる神である束ねし者という存在が(前略)ですので(中略)(後略)(全略)というわけです」

 

「ああ……ええと、コノハさんがなんであんなに強いのかって話だっけ?」

 

「それはですね(全略)というわけです」

 

「なるほど、よくわかった。この本は結構面白かった」

 

 読んでいた本を閉じて改めて題名を見る。禁字詩篇ね。後で探してみよう。

 あれ、けどこの本は何が面白かったんだっけ。

 

「おっと、こうも長く講釈を出来たのは久しぶりでつい興が乗ってしまいましたね。本題を忘れていました」

 

「え、ああ。そういえばそうだっけ……」

 

 ここがどこなのかとか、その辺りの全ての疑問を投げ出してしまっていた。

 いや、正確に言えば、オレの処理能力とか理解の範疇を超えていたから、考えないようにしていただけなんだけど。

 

「ええと……本題って言うか、その前に一つ聞いていいか? オレ、今どうなってるんだ?」


「そうですね、まぁ端的に言うと死んでいます。今は霊体ですから肉体もありませんしね。まぁ、ここは霊体でも問題なく活動できますけど」

 

「……そうか。やっぱ死んでるのか、オレ」

 

 そうだろうとは思っていたが……しかし、だとするならここはあの世なのだろうか。

 そんな感じはしないって言うか……生きてるようにも思えるんだが、それは霊体でも問題なく活動できる云々って奴か。

 

「いえ、ここは先ほども言ったように一般にはミスカトニック公国なんて呼ばれている国の王宮……そして中枢研究所の書庫です。冗談でつけた名前なんですけどね。」

 

「ミスカトニック公国って……聞いたことないぞ、そんなの」


「バルティスタ共和国の隣国のオリヴィエリ帝国の隣国がミスカトニック公国です。ちなみに、その更に隣国はシュリエリ皇国で、私の友人が皇帝をやってます」

 

「はぁ……で、なんでオレはそんなところにいるんだ?」

 

 少なくとも直線距離で数千キロは移動した事になるが……。

 

「一般的にあの世とか、積み重なる空とかいう場所にいたあなたをこちらに呼び出したので距離的な制約は意味がありませんから。アレを見れただけで、あなたには途轍もない才能があるのですよ」

 

「才能? なんの?」


「神に、数多の世界を滅ぼそうとする、強壮なる邪神に抗う才能が」

 

「なんだそれ」

 

「居るんですよ。次元を超えた遥か彼方に。ただ、その邪神ですらもある存在の生み出した尖兵に過ぎないのですがね……」

 

 スケールが大きすぎて理解が追いつかない。

 

「貴方が見たのは、その邪神に対する旧神の一柱、ヨグ=ソトースの天敵です。それを見れただけであなたの精神耐性は桁違いに高いのです。普通は見ただけで死にますから。あなたは、私と同じ位階に至れる可能性を秘めています。どうです、私の弟子になりませんか? 教えは厳しいですが……最高峰の魔術師にしてあげましょう」


「うーん……いや、遠慮しておく」

 

 最高峰の魔術師、というのには惹かれないでもないのだけど……オレは、みんなと冒険がしたい。

 旅をして、強くなって、そしてまた旅をして……。

 そんな探求心が溢れてる。だから、オレは旅を、冒険をしたい。

 

「ふむ……残念ですね。まぁ、いつでも遊びに来るといいでしょう。この本は持っていけませんが……これを差し上げます」

 

 あ、と言う間もなく持っていた本を取り上げられた。

 そして、本の代わりに指輪を手渡された。シルバーの指輪だ。シンプルだけど中々いいデザインだ。

 

「それはミスカトニック公国に於いては最高の身分証明になる代物です。それをミスカトニック公国の兵士にでも見せれば、その日のうちに王宮にまで来れますよ」

 

「はぁ。そんなにすごいものなのか、これ」


 ゾルドに貰った指輪と同じようなものだろうか。

 

「ええ。それは私の身内であることを示すものです。近いものを言うとしたら、猶子のようなものでしょうか」


「猶子ってなんだ?」


 あ、やべえ、と思ったがもう遅い。


「猶子というのはですね、その成り立ちは相当に古く、少なくとも紀元前には存在したとされるもので(前略)つまりは後見人よりも強く、しかし養子というほどではないと言うもので、更に特徴的なのが契約関係にあることで(中略)これは基本的によい形で終わることが多いのですが、稀に不幸な結末を迎えた事もあり(後略)であるからして、この猶子というものは(全略)というわけです。分かりましたか?」

 

 本を読んで時間を潰せなかったので、全部聞くことになった。なんで言葉一つで二十分も語れるんだよ、こいつは……。

 

「つまり、簡潔に言うと……?」


「特別目にかけている人物と言うことですね。ただ、契約関係にある以上ギブアンドテイクである、ということです」

 

 それを最初から言えよ……。

 

「この場合、私があなたに期待しているのは、邪神に抗う抵抗者の一人になって欲しいという物。魔術師にはならなくとも、戦士にはなれるでしょう? 私は貴方が抵抗者になるのなら……まぁ、必要最低限の援助はしましょう」

 

「最低限かよ」


「最大限の援助をされても困るでしょう。それに、強くなってもらうには最低限で十分です。苦境を乗り越えられなくてどうするのですか」

 

 ああ、こいつもスタンスがコノハさんそっくりだ……。

 

「ああ、嫌なら別にそれでも構いませんよ。嫌々戦いに参列されてもすぐに死ぬだけですから」


「別に嫌とは言ってないだろ」

 

 世界を滅ぼそうとするような奴がいるとしたら、それはオレの、人類全ての敵だろう。

 そんな敵と戦わずしてどうすると言うのか。

 オレの力が及ばないとしても、戦わなければ全てが死ぬのなら、少しでも抗う。それが当たり前だ。

 

「ふむ……では、そろそろ時間のようですね。ああ、私の名はアサナというのですが……あなたの名は?」


「ニーナだ。アサナ……さん?」


「呼び捨てで構いませんよ……それとも……ええと……愛と勇気と親しみを込めてちゃん付けでも……」

 

「…………頭大丈夫か、あんた」

 

「コノハさんのジョークを真似たのですが、やはり上手く行きませんか……」

 

 そういえば確かにコノハさんもそんな感じのこと言ってたな……。

 

「まぁ、それは置いておきましょう。ニーナさん、そろそろ迎えのようです。再会を楽しみにしています」

 

「ああ。今度来たら、ここの本読ませてくれ」


「ええ、構いませんよ。では、あなたに幸運の追い風がある事を祈っていますよ」

 

 そういってアサナが手を振って、直後にオレの意識は急速に途絶えて行った。

 何処かに引き戻される、奇妙な感覚。そして、リズの必死な呼び声が聞こえた……そんな気がした。

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