ゴブリンの軍勢
「退け! 死にたくないなら失せろ!」
そう言いながら大斧を薙ぎ払うと、群れていたゴブリンの一団がバラバラになって吹き飛ぶ。
しかし、すぐさまその穴を埋める様にゴブリンが押し寄せ、ナイフや棍棒を武器に襲い掛かってくる。
「ちっ! めんどうくせえ!」
飛びかかって来たゴブリンを蹴り飛ばし、再び斧を振るう。
ゴブリンの体躯は小さく、成人している奴でもオレより小さい。
体躯の差は殆ど無いし、身体能力も圧倒的に優位。しかし、数だけは奴らの優位だ。
「死にたい奴は来るがよいわ! 【ファイアボール/火球】!」
玉藻の放った火球が地面に着弾すると同時、爆炎を周囲に撒き散らし、半径十メートルほどを焼き払った。
魔法使いの面制圧能力と、その火力は途轍もない。
こういった多数の敵の状況に於いて、魔法使いに勝る存在は居ないだろう。
しかし、その制圧能力をもってしても、ゴブリンは未だオレ達の優位にあるだろう。
まず第一にその数。おそらくだが、軽く数百を超えている。下手をすれば千に届いているかもしれない。
ゴブリンという種族の特徴を語るうえでまず欠かせないのは、彼等が一応は人に数えられる種であると言う事。そしてその異常な繁殖力。
一組の男女から一年で五十を超える数が産まれるのだから、その繁殖力が分かるだろう。
そして人というくくり。まぁ、人というくくりは形状が人間に似ていて、会話出来ればもらえてしまうようなくくりではあるのだが。
会話、というので分かっただろうが、ゴブリンは人間と会話する能力を持つ。
しかし同時に彼らはモンスターとしてのくくりでもある。
これはミノタウロスやオークやトロルなどもそうで、七百年前の大分裂戦争に起因する区分らしい。
七百年前の大分裂戦争で人類側の敵に回ったかどうか、それでモンスターとしての区分がつく。
さておき、ゴブリンは人間と会話する能力はあるが、会話に耐え得るだけの知能を持っているかは怪しい。
三つ以上はたくさん。
初見で槍の前後が分かれば軍で出世できる。
人間と会話出来れば商人として大成できる。
そんな風な評価がされていると分かれば、どれだけ頭が悪いか分かるだろう。
さて、そんな頭の悪い奴らだが、決して侮っていい相手ではない。
通常であれば犬相手にも苦戦するような奴らだが、徒党を組めば厄介だ。
それに七百年前の大分裂戦争では、数百の寡兵で、四千の人間の大群を撃滅した天才軍師のゴブリンが居たとも言う。
頭が悪いからこそ、上の命令には素直に従い、死を恐れない。というか、それをやったら死ぬ、と分かってないから死を恐れない。
そんな風に、優秀な統率者が居ればゴブリンは驚異的な存在になるし、居ないとしてもその数の鬱陶しさは途轍もない。
更に、突然変異的に異常に頭のいいゴブリンや強いゴブリンも現れる。
先ほど言った軍団を撃滅したゴブリンもその一つだろうし、ワイバーンと相討ちになったゴブリン騎士の伝承なんてのもあるほどだ。
そして、ゴブリンの最も厄介なところ、それは……。
火薬の炸裂する音。それと同時、太腿に走った衝撃と熱。そして熱はすぐに激痛へと変わる。
「ちっ!」
勢いよく溢れ出してきた血液を見て舌打ちする。動脈をやられた、まずい。
仕方なしに【フレイムスロワー/火炎投射】を発動し傷口に燃え盛る左手を押し当て、転げまわりたくなる激痛を堪えながら、太腿に出来た貫通孔を両側から焼く。
そしてオレの脚にそんな傷を拵えた武器を見やる。
銃。そう呼ばれる武器が石造りの塀に設置されていた。
そこへと向けて大斧を全力で投げ放つ。
空気を切り裂き飛翔する大斧が塀に激突し轟音を奏でる。
銃ごと塀が崩れたのを見届けると、拾ったショートソードを抜き放つ。
ゴブリンの最も厄介なところ。それは奴らの異常な発想力と発明力、そしてそれを実現する力だ。
奴らは頭脳で武器や社会を作り繁栄してきた人間と比べても、遥かに頭がよい。
もしも奴らに人間と同じ知性があったとすれば、既に世界はゴブリンの天下だったろう。
そうなっていないのは、奴らの知能が低いことだけが理由だ。
奴らは銃を作る発想力と能力があるのに、それを生かす知能が無いのだ。
銃を作ったとしても、凄い! となるだけで終わる。
戦争に勝てるとか、量産すれば大儲け出来るとか考え付かないのだ。
知性の低さと頭のよさは比例しないのを種族全体で表していると言えるだろう。
「舐めやがってクソが!」
身体能力を活性化させる。
【バトルドレスアップシェイピングボディ/戦闘のための肉体形成】を発動させる。
肉体がエネルギーに満ち溢れていくのが分かる。
肉体が反撃の時を悟って、今まさに反逆の狼煙を上げたかのようだ。
肉体が一時的に最良の状態にまで成長し、身に着けている鎧のサイズが変わり、今のサイズに合うようになる。
「調子こいてんじゃねえぞクソども!」
飛びかかって来たゴブリンの頭を掴み取り、胴体から頭を引っこ抜く。
その頭を投げ捨て、弓を構えていたゴブリンにショートソードを投げて刺殺。
そして、跳躍。
軽々と十メートル以上を跳び上がり、先ほど投げた大斧を回収。
そして、それを全力で振り回した。
大斧が生み出す暴虐の渦が次々とゴブリンを両断していく。
わらわらと群がるゴブリンが骸へと変わっていく。
「おおおらああああぁぁっ!」
そして、遠心力によって速度を増した大斧を投擲した。
轟音を奏でながら飛翔する大斧が、巨大な棍棒を手に現れた巨躯のゴブリンのうち一体の頭部を吹き飛ばす。
恐らくはホブゴブリン。体長は二メートル近く知能も腕力もゴブリンより高い。さっさと仕留めるのが良策だ。
その考えに従い、投擲された大斧を追うように跳躍していたオレは残るホブゴブリンに飛びかかっていた。
始めの一体の肩に飛び乗り、その首筋にアダマンティンのナイフを突き刺し一撃で仕留める。
続けて跳躍し、落下速度を加算した拳を次なるホブゴブリンの顔面に叩き込む。
顔面を砕き、脳髄も破壊した手応えを感じながら、オレは残る一体へと疾駆する。
道中のゴブリンを拳と蹴りで薙ぎ払い、真正面から襲い掛かる。
オレに反応して振るわれた棍棒に対し、オレは拳を放つ。
真正面から激突した拳と棍棒。
勝利したのはオレの拳。棍棒を弾き飛ばし、がら空きになったホブゴブリンの懐に潜り込むと、全力の貫手を叩き込んでいた。
貫手がホブゴブリンの皮膚を突き破り、内臓を貫く。
適当な臓器の一つを掴み、それを引っこ抜く。
勢いよく噴き出した鮮血に顔を汚しながら、オレは倒れ込んだホブゴブリンの脚を掴み、それを持ち上げた。
「そうらぁぁぁっ!」
そして群がって来たゴブリンを、ホブゴブリンでぶちのめした。
二メートル近い体長のお蔭で、リーチはなかなか。ただ、使い難いから武器としては失格だな。
そう思いつつも、ホブゴブリンを武器に次々とゴブリンを薙ぎ払う。
やがて周囲のゴブリンをとりあえず一掃する。だが、ゴブリンは次々と湧いて出てきている。
「やっべ、ホブゴブリンくん酷使し過ぎた」
いつの間にやら脚だけになっていたホブゴブリンを投げ捨て、もう一本のアダマンティンのナイフを抜く。
リーチは短いが、切れ味は尋常ではない。ゴブリン程度の硬さならば、薄紙のように切り裂ける。
ナイフを手に戦闘態勢を整えようとしたたとき、横合いから飛んできた火炎に包まれる。
皮膚に熱が伝わり、喉が焼ける。
「うおっ……!? う……ぜえっ!」
それを裂帛の気合いと共に吹き飛ばす。
なんとなく出来そうだからやってみたが出来た。
放射した力が何なのかは分からないが、生命力とか体力とかその辺りだろう。
これは便利な技だ。そう思いながら、オレは手ごろな岩を拾い上げ、先ほど魔法を放ったゴブリンへと投げ放った。
直径三メートルを超える岩塊がゴブリンを直撃し、ぐちゃぐちゃのミンチに変貌させる。
それを見届ける間もなく、オレは大斧を頭に突き刺したままのホブゴブリンの遺体へと一直線に突き進む。
「邪魔だ邪魔だ! 死にたくなけりゃあ後でぶっ殺してやるから退けてろ!」
道中のゴブリンを薙ぎ払い、一直線に大斧の元へと。
大斧の元へと辿り着くと同時に、大斧を再び振り回す。
再び誕生した暴虐の渦がゴブリンを薙ぎ払っていく。
飛び散る血肉に汚れながら、オレは周囲を見渡す。
ゴブリンの死骸と残骸が大量に転がっている。うず高く積もり始めた死骸の山に、肉片にまで成り果てた残骸。
それを見てもなおゴブリンたちは襲い掛かってくる。
その数は減る様子すら見せない。既に、数百は始末したはずだ。
この数はさすがに異常過ぎる。
いくらゴブリンの繁殖力が優れていても、生まれた個体の全てが成長できるわけではない。
ましてやここは密林であって、周囲には外敵が幾らでも居るし、食糧だってゴブリンではそう簡単に得られないはずだ。
それなのにこの数……一体、何が起きていると言うんだ。
分からない……が、今はとにかく戦うしかない。
オレは大斧を振り回し、襲い掛かってくるゴブリンを薙ぎ払い続けた……。
どれだけの時間が経っただろうか。少なくとも、もう数時間は戦っている。
【戦闘のための肉体形成】はもう切れた。
途中で飢餓状態に陥ってピンチになったが、幸いにしてリズとリンがカバーに回ってくれた。
二人がゴブリンを制圧している間に保存食と虎肉の干し肉を胃に詰め込み、何とか再び戦闘できる状態にまで復帰できた。
今は【戦闘のための肉体形成】の使用を控え通常状態のままで戦っている。
強力な効果ではある。しかし、その効果が無くても戦闘は出来る。
身体能力的には圧倒的に有利なのだから。
しかし、その有利も次第に効果切れを見せて来た。
なにしろ、数時間だ。数時間も戦い続けていれば、体力を著しく消耗する。
オレはまだ余裕がある。あと一時間程度ななら保つ。しかし、それ以上はもう無理だ。
体力の限界も近いし、武器も大分損耗している。
リンも弱音は吐かないが、相当に無理を重ねている状態だろう。既に限界だ。
オレと比べればリンの体力は低いし、鎧も身に着けていない以上、オレ達とは違って動き回って攻撃を避け続ける必要があるのだから。
リズも限界が近い。
リズはエルフであり、持久力に優れているが、元々頑強な種族ではないので長時間の戦闘には向いていない。
それにリズの武器は槍で、長柄の武器を振り回すのは剣と違って体力の消耗が大きい。
玉藻は魔力が切れては【メディテーション/瞑想】で魔力を回復させては攻撃するの繰り返しで、精神的にも肉体的にも著しく疲労している。
このままではいずれ物量に押し潰される。
異常過ぎるぞ、この物量は。
もう千は殺した。下手をしたら万に届いている。
周囲の地面は血と肉で埋まり、時折薙ぎ払って何とか足場を確保している状況だ。
それだけを殺したのに、敵は未だに湧いて出てきている。
それどころか増加の兆しすら見せている。明らかな異常事態だ。
選ぶならば撤退を選ぶべきだ。しかし、撤退したとして、逃げ切れるのかどうか。
オレ達は既にだいぶ体力を消耗してしまっている。
逃げの手を打つにしても退路があるかもわからない。
そもそも、逃げに移行出来る状況でもない。押し寄せ続けるゴブリンが撤退を許さない。
しかし、逃げなければこのままではいずれ死ぬ。
ジリ貧の戦いを強いられ続けていたが、それをどうにか打破しなくてはならない。
「クッソがああぁぁぁっ!」
肉体を活性化【戦闘のための肉体形成】を発動する。
一時的にリーチと身体能力が向上し、それによって一気にゴブリンを薙ぎ払う。
「撤退するぞ! 玉藻、デカイのをぶちかませ! リズとリンは先に逃げてろ!」
「分かった!」
残った体力を全て投入し、全力で斧を振るい続ける。
そして、背後で高まった魔力を感じながら、オレは最期の一撃を叩き込むと同時に斧を背負って後ろへと向けて走り出す。
燃え盛る火炎の熱気を背に感じながら、その魔法を放った玉藻を抱き抱えて走り出す。
木々を潜り抜けるように、森を疾駆する。
先行していたリズとリンを発見すると、リズとリンも抱え上げてさらにスピードを上げる。
「ちゃんとつかまってろよ! 落としても拾ってやらねえぞ!」
「わわわわかかかかかかか! ぶっ!」
「リン! 喋ったら舌噛むぞ!」
「もうおほい! もっほはやくいへ!」
リンの文句を聞き流しながら、オレは疾駆を続ける。
背後から押し寄せてくるゴブリンたちの足音が次第に離れていくのを感じる。
しかし油断は出来ない。オレはトップスピードを維持して走り続けるのだった。




