寝た気がしない……
「ふわあ……」
起き上がって、ぐっと背伸びをする。
全身の強張りがほぐれていく何とも言えない快感。
それを感じつつ、大きく息をつく。
「あん?」
そして、何故か自分が裸であることに気付いた。
オレ、裸で寝たっけ?
昨日の夜、ベッドに入る時にはきちんと服を着ていたし、途中で起きて何かをしたと言う記憶は無い。
「はて……?」
全裸である理由が分からない。
なぜだろう、と本気で首をひねっていると、シーツが蠢いた。
ぎょっとしてそちらを見れば、シーツの隙間から銀髪が覗いていた。
リズが潜り込んでいたようだ。
じゃあ、服を脱がしたのはこいつか? さすがにそういうことをする奴ではなかったと思うが……。
そう思いつつシーツを捲り……すぐに戻した。
もう一度シーツを捲り、やはり戻す。
ついでにもう一度シーツを捲り……。
「なに、してるの?」
「おあっ!?」
いつの間にやら目を覚ましたのか、リズ……と思わしき奴が、目をこすりながら起き上っていた。
「あ、あの……」
「どうしたの、ニーナ」
こてん、と小首を傾げるリズらしき奴の顔形はオレのよく知るものだった。
しかし、髪が短い。腰にまで届いていた長さが肩にかかるくらいの長さになっている。
それはまぁいい。もしかしたら突発的にイメチェンしたくなったのかもしれない。
しかし、リズらしき奴は、昨日のリズと比べて大きく異なっているところがある。
まずは体格。普段のリズよりも、少しばかり目線が高い。
そして肩幅や胴回りも多少太くなり、何よりも胸部にあった膨らみが消え失せ、その代わり下の方に……。
「その、どちら様でしょうか……?」
「?」
うん、男だ。どう見ても、リズそっくりの男だ、こいつは。
「ぼくは、リーンハルト・エルゴリア・ヴェルトール。ぼくの名前、わすれた?」
「いや、いやいや……いやいやいや、待って。待って待ってステイ」
わけがわからない。こいつは何者だ?
もしや、リズが男の並行世界の自分と入れ替わったとかトンチキな話じゃあるまいな。
さすがにありえないと思いたいのだが、このなんでもありな世界だからありえなくはないと思えてしまうのが悲しい。
「もしかして、昨日のこと、なにもおぼえてない?」
「全く覚えてない。むしろお前は誰だ?」
「ニーナ、恥ずかしがり屋さんだもんね。じゃあ、思い出させてあげる」
「オーケー、オーケー。少し待とうか。どうして顔を近づけてくるのかな」
「お姫様には王子様のキスが必要だって、藻男がいってた」
「そのミズクオとやらが誰だか知らんが、顔を近づけるのを止めろ。鼻を食いちぎるぞ」
「じゃあ、おでこ?」
「場所の問題じゃねえ。だからぐいぐい顔を近づけてくるんじゃねえよ……!」
必死で抑え込んでるのだが、とんでもない力で顔を近づけてくる。
今は何とか拮抗してるが……そうか、男だから女のリズよりも筋力が強いのか。
ええい、だからってミノタウロス並みのオレの腕力に拮抗するとは……。
「……なにしとるんじゃ、ぬしら」
背後から声がかかる。
そちらに顔を向けてみると、金髪をショートカットにした美青年が……。
「誰だお前ぇぇぇっ!?」
「何を言うとるんじゃ、お前は。もしやわしの名を忘れたとでもいうのではあるまいな?」
「知らん知らん! お前なんぞ知らん!」
状況から察するに玉藻の男バージョンなんだろう。
しかし、どうして二十歳前後の容姿なのか。
玉藻とは違って衣服も道士服みたいなのだし、尻尾は九本あってしかも長い。なんかだいぶ違うぞ。
「冷たい奴じゃのお。夫になるわしの名も忘れるとは」
「はあああっ!? テメエと結婚するくらいならオレはカカシと結婚するわ! つうか、んなこたあいいから、こいつをなんとかしろ!」
そういうと、そいつはにやあ、と狐のような笑みを浮かべた。いや、こいつは狐か。
「くかかっ、では、その体に聞いてやるとしようかの。わしのことを本当に忘れたのかをな」
「何処触ってんだテメェェェッ!」
腹を撫で始めた馬鹿のせいで腕の力が緩んだ。
そして、唇を近づけてくる阿呆。
「んちゅー」
「うおああぁあぁっ!?」
セーフ! 唇じゃなくて頬! ギリギリセーフ!
「もうイヤっ! 夢なら覚めてくれぇぇっ!」
そう叫んで、オレは飛び起きた。
慌てて周囲を見渡せば、昨日寝入った部屋であり、衣服もきちんと着ている。
恐る恐るシーツを捲ってみると、そこには銀髪ではなく金髪の持ち主……肩出し和服の玉藻が居た。男じゃない、オレと同年代の、少女だ。
「はぁ、はぁ……ゆ、夢か……よかったぁ……」
最低最悪の悪夢だった。
オレが女のままだったのは許容しよう。うん、もう諦めてる。
しかし、なぜリズも玉藻も男だったのか。
挙句の果てには、なぜ関係が親密そうだったのか。
次にあの夢を見たら、あの二人はぶっ殺そう。夢だから遠慮なく殺れる。
しかし、夢は欲求不満の表れとか言うが……いやいや、オレはまだ八歳だぜ?
精神の方は年相応じゃないが、肉体的にそういう欲求は殆ど無いんだぞ?
「ああ、いや……細かい事考えるのはやめよう。とにかくアレは最低の悪夢だった。それでいい」
うん、それでいい。深く考えるのは止めよう。
そう思ったところで、玉藻が身動ぎをする。
そういえばナチュラルに見逃してたが、なんでこいつオレのベッドに潜り込んできてるんだ?
「くあう……んう……んん……? どうしたんじゃ……?」
そういって玉藻が目をこすりつつ起き上がる。
起こしてしまったな。悪い事をした。
「いや、ちょっと嫌な夢を見ただけだ。寝とけ」
オレはもう起きよう。もう一回寝入ってあの夢を見るのは勘弁だ。
「んむ、そうか……わしはよい夢をみたぞ。わしはそれはそれは美麗な青年で、わしはニーナを娶る事になっていた。そういえば、リーゼロッテも美少年になっておったな……よい夢であった……」
コイツ今なんつった?
「つかぬことを聞くが、リズはリーンハルトで、お前はミズクオとかいう名前じゃなかったか?」
「んう……? なぜ、知っておるのじゃ?」
「更に聞くが、お前、テレパシーみたいな能力無いよな。自分の夢を他人に見せるとか」
「んん……出来るぞ。わしの夢をみたいのか? それであれば、見せてやってもよいぞ……ふわあ……」
「はははは……いや、いや、結構だ」
オレは静かにベッドから降りると、ベッドの脇に立てかけていた斧を手に取った。
ミノタウロスの鍛冶師が作り上げた逸品であり、その切れ味も耐久力も一級の品だ。
オレの腕力であれば過不足なく振るうことができ、人間など一撃で両断できるだろう。
「何処かにゆくのか? すまぬが、わしは眠いでな……やめておくがよかろう……」
「なに、何処にもいかないって。眠いんだろ? 一撃で寝かしつけてやるよ」
そういって、オレはゆっくりと戦斧を持ち上げていく。
「ニ、ニーナ? な、なんの冗談じゃ?」
さすがに眠気も吹っ飛んだのか、玉藻が後退りをする。
そのままベッドから落ちるが、更に後退りをしていき……壁にぶつかる。
「ふふふふ、眠いって言うから、永遠に眠れるようにしてあげようとおもって」
たぶん、オレは生まれてから今までで、一番可愛らしい笑顔を浮かべているだろう。
今なら好んで使いたくはない女口調でしゃべってやることだって出来る。
「私はかわいい女の子ー、リリカルマジカル魔法少女ニーナちゃーん。マジカルグレートアックスを振るえば木端微塵の一網打尽。敵はみんなミンチに、血みどろストロベリーな魔法をお届けするわ」
そういって、私は戦斧を振り下ろしたのー。きゃー、ニーナったらおてんばさーん。
「にぎゃああぁぁぁっ!?」
がぎゃんっ! と凄まじい音を立てて戦斧が地面に激突した。
玉藻の顔面スレスレを走った斧の一撃。さぞかし肝が冷えた事だろう。
「たーまもちゃーん?」
「な、なんじゃ!?」
「次にふざけた事したら、ぶち殺すわよ?」
「わ、わかった!」
うん、分かったのならよろしい。
さて、オレもまだ眠いし、寝なおすか。
戦斧を先ほどまでと同じ場所に転がし、ベッドに潜り込む。
どうでもいいが、あの騒ぎで起きなかったリズは中々の大物だな……。
「うぅー、許してくれニーナ。わしも悪気があったわけではないんじゃ……」
そして、オレに脅されたのに、それでもオレのベッドに潜り込んでくる玉藻も大物だな……。
「うん、分かったから出てけよ」
「嫌じゃ。次はあんな夢は見ん。じゃから一緒に寝てもいいじゃろ? のう?」
「嫌だ。出てけ」
それぞれのベッドがあるのに、なんでオレのベッドに潜り込んでくるんだよ、こいつは。
「わしはてこでもここから動かんぞ!」
「そうか」
ベッドから降りて戦斧を手に取る。
そして振り返ると既に玉藻は自分のベッドに戻っていた。
「ど、どうしたんじゃ、ニーナ! そんな物々しいものを持って!」
「いや、このマジカルグレートアックスは振ると相手が言う事を聞いてくれる魔法がかかってるから、それで言う事を聞いてもらおうと」
どうやら振らなくても効果を発揮するようだ、玉藻限定で。
まぁ、玉藻が出てったんならもう大丈夫だな。
さて、さっさと寝よう。
オレはベッドに潜り込むと、すぐに寝入るのだった。
目が覚めた。起き上がって背伸びをするのが何時ものオレだが、それは出来そうにない。
オレは自分の身体の上にのしかかっている重たいものを見やる。
……金髪。玉藻だ。また潜り込んで来やがったのか、こいつ……。
「邪魔くせえ……」
そいつを横に退けようとして、何やら自分の腕が随分と筋張っている事に気付く。
はて、なんだか昨日よりもだいぶ太くなっているような……?
「んん……?」
まぁ、どうでもいいか。とりあえずはこいつを退けて……あれ、なんか、こいつ、でかくなってないか?
明らかにでかい。シーツの盛り上がりから見て……成人並みの体格をしてるぞ?
狐らしく変化の術でも習得したのか? と思ったところで、そいつが起き上がった。
「んん……どうしたんじゃ? あれだけしておいて、まだ足りぬのか?」
玉藻だ。顔立ちは間違いなく玉藻だ。尻尾は九本に増えてるようだが。
「うん、とりあえず、重い。退け」
「デリカシーがないのぉ。女を重いなどと言うものではないぞ」
そういって玉藻がオレの鼻をちょんと突く。スゲェムカつく。
「いいから退けろ」
「わがままじゃのお、ぬしさまは」
そういって、玉藻が横にずれる。ああ、やれやれだ。
そう思いつつ起き上がり、自分が全裸だという事に気付く。
……玉藻なら脱がしそうだな。なぜか玉藻も全裸だったし。
「はぁ……やれやれ……」
ため息をつきつつ、うなじの辺りを揉み解すように撫でる。変な姿勢で寝てたからか、身体のあちこちがみしみし言ってる。うう、だるい。
「あれ?」
そこで、自分の髪がやたら短くなっている事に気付いた。
背中の半ばまで達していた金髪のロンアヘアが、ウルフカットになっている。
「玉藻、オレの髪切ったりしてないよな?」
「誰もそんなもん切らぬわ。元からぬしの頭はそんなもんじゃろ」
「オレの髪が元からこうだったって? 背中の半ばくらいまであったぞ、何言ってんだ」
「そこまで伸ばしておらんじゃろう、ぬしは。女ではあるまいし」
「は?」
女ではないって、オレは女……体を見下ろしつつ言おうとして、硬直した。
そこには、八年ほどご無沙汰していた息子が居た。
「……玉藻、つかぬことを聞くが、オレ達の仲間は……リーゼロッテか? リーンハルトか?」
「うん? リーゼロッテじゃろう? リーンハルトとは誰じゃ?」
ああ、リズはリズのままなのか。
「じゃあ、オレの名前は?」
「ぬしはニールじゃろ?」
ニールね……また随分と安直な……。
まぁ、とにかく、これが夢であることはわかった。
でも、もうちょっとだけこのままでいようかな……久しぶりの男の体だし。
「さて……まあ、とりあえず起きるか」
ベッドから降りて、足元に散らばっていた衣服を身に着ける。
……ふと思ったんだが、もしかして、この夢ではオレと玉藻はそういう関係なんだろうか。
あれ、でも、最初の夢だとオレとリーンハルトが裸でベッドに……となると、あの夢の世界のオレの貞操は……。
「お前はそんなに爛れた関係が好きなのか……?」
うん、やっぱり、元の世界が一番だよ……夢は夢で終わらせよう。
そうため息をついた時にはもう、オレはベッドに横たわった状態で目を覚ましていた。
すぐ横ではオレの上にのしかかるようにして眠っている玉藻が居た。
「はぁ……」
寝た気がしない……。




