リズはたまにミラクルな間違いをする
ゾルドの治療にはそれなりの時間がかかった。
【エマージェンシー・ファーストエイド/緊急応急治療】による生命の維持は、普通の瀕死状態とはまた違うらしい。
文字通りの緊急時の応急治療のための保険であり、無理やり命を繋ぎ止めている状態なのだそうだ。
そのまま放っておけば魂は身体から離れあの世逝き。それを回復魔法で繋ぎ止める。
繋ぎ止めた直後は身体から離れかけた魂は完璧に肉体には定着しない。
迂闊に大きな怪我を負ったりすると、死に至る怪我ではないのに魂が飛び出し、そのままぽっくり逝ってしまうのだそうだ。
少なくとも半日、出来れば一日は絶対安静にしなくてはならないらしい。
本当に使いどころが模擬戦くらいしかない魔法だ。ちょっと頭を捻ってみたが、戦闘か何かに使えそうな感じは欠片もしない。
さておき、ゾルドの治療は一時間ほどかかった。
何しろオレが首を圧し折ってしまったせいで、首が大変な事になっていたらしい。
見た目だけはまっすぐになっていたが、内部は滅茶苦茶だったのだ。
あのまま固定すると神経が圧迫され、右足の痺れと頭痛に悩まされ続けると言う、深刻ではあるがなんだか情けない後遺症が出たらしい。
なわけで、骨をちゃんとした方向に向けて接骨する必要があった。
その接骨に偉い時間がかかった。一度リズがミラクルな間違いを犯して首を百八十度回転させた状態で接骨するし……。
どっかのホラー映画みたいな有様になってしまったゾルドの首は仕方なくもう一回折って接骨し直した。
で、治療が無事に終わった頃、オレの肉体は平常時の物に戻った。
それと同時に途轍もない飢餓に襲われたが、ゾルドが殺していたコカトリスを喰った。
毒が無いか心配だったが、コカトリスの肉には毒が無いので食べられると玉藻に聞いてから食べた。
味は、普通にニワトリだった。ただ、肉はやたらと硬くて、ティッシュ食ってる気分になった。
まぁ、腹は膨れたから別にいいんだが。
しかし、【バトルドレスアップシェイピングボディ/戦闘のための肉体形成】の効果時間が偉い伸びている。以前は三十分と少しだったのが、一気に一時間近くにまで伸びている。
玉藻に聞いてみたが、肉体に依存して活身術は効力を変えるそうだからそこらへんの影響なのかもしれない。
で、今は治療が終わって目覚めたゾルドと会話をしているところだ。
「真に見事であった。よもや、我に力で勝る人間が居たとは……世はまっこと広いものであるな」
「あー、うん」
考えてみると、オレの身体能力、とりわけ腕力はゾルドに匹敵している。
大人になった状態で素のゾルドとどっこいどっこいで、あの狂戦士状態になれば、ゾルドのよくわからん力を使った状態よりもさらに上になる。
要はミノタウロスを超える腕力という事になる。
「うーん……?」
力瘤を作ってみるが、特に筋肉モリモリという事は無い。
確かに同年代の子供と比べれば筋肉はついてるんだが、正直これくらいなら幾らでも居そうな肉付きだ。
触ってみれば普通にぷにぷにしてる。力を入れればそれなりには硬くなるけど。
「どうした、戦士ニーナよ」
「ん、いやさ、オレの腕力、アンタと同じくらいだろ? その割には筋肉が目立たないなって」
「我のようになりたいのか? であれば、我らが長に聞けば方法があるやもしれん」
「いや、それはいい」
「そうか……残念だ」
そういうわけのわからない秘術とかで人間やめるのはマジ勘弁だ。
美的センスは人並みで、今のオレはそれなりに可愛いと思ってるんだ。
牛みたいにはなりたくない。
「実に残念だ」
なんで二回言った?
「まぁ、その辺りは置いておいて、アンタもスゲェ強かったよ。ちょっと間違ってたらオレが負けてた」
それは間違いない。
本当にギリギリだったのだ。場合によっては負けていたのはオレだったかもしれない。
「謙遜するな。うぬは確かに我に打ち勝ったのだ。誇るがいい。いずれうぬの異名が轟くとき、それも我が誉れとなろう」
「そうか……うん、分かった。誇らせて貰うよ、あんたって言う強い男を打ち破った事を」
「うむ、誇るがいい」
まぁ、確かにミノタウロスと一対一で戦って勝ったってのは中々いい異名になるかもしれない。
「まぁ、とにもかくにも、勝ったんならここ通ってもいいんだよな?」
元々通せんぼされるいわれも無いのだから、勝った以上通ることに文句は言わせない。
「敗者となったとてただうぬらを通すも我の名折れよ。せめて我が部族の元へと来られよ。歓迎しよう」
「いや、いいよ、そういうのは。早いところここから出たいんだ」
「ふむ……とはいえ、うぬの得物も随分と損耗しているようだが?」
それは確かに。
ゾルドとの渾身のぶつかり合いで、オレの大鉈はだいぶ損傷してしまっている。
あっちこっちの刃毀れは致命的なまでに切れ味を落としているし、歪みが出来ているのも分かる。
「それに、うぬの防具も力に見合わぬ貧相なものだ」
「悪かったな。金が無いんだよ」
オレの防具はショボい革鎧一つ。確かに十分な防御力はあるのだが、この遺跡の敵相手には無いも同然だろう。
最悪な事に、全力を出せる状態になると、そのショボい革鎧ですら脱がなきゃいけなくなる。
「我を打ち破った戦士を貧相な姿で返すも我が名折れよ。せめてうぬに武器と鎧を贈らせてくれ」
「いいのか?」
「我がそうしたいのだ。そうさせてくれ」
「んじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ」
なんだってそうも熱心なんだかは知らないが、くれると言うならありがたく貰おう。
武器と防具の調達は無理だと思っていたので、またとない僥倖だ。
「では、我らが部族の元へと案内しよう。我についてくるがよい」
そういってゾルドが立ち上がると大斧を拾い上げて階段を上り始める。
オレ達はその後をついていく。
いやしかし……後ろに立ってみるとでかいなあ、ほんとに。前が見えねえよ。
「ところでリズ」
「ん、なに?」
「なんでゾルドがあんなに熱心なのか分かるか?」
「ん……戦士と戦士が一騎打ちをしたとき、負けた戦士は武器と鎧と馬を勝者に渡すのが当然。ゾルドは、それを果たそうとしてる」
ああ、そういう慣例か……。
命の代わりに武器防具を渡すってことなのかね?
まぁ、そういう理由なら罠とかの類ではなさそうだし安心だ。
ゾルドに案内されての道中は非常に気楽なものだった。
ゾルドの話から察するに、ゾルドの部族はこの遺跡に棲んでいるのだろう。
だからか、ゾルドも遺跡内部の構造は熟知しており、その案内に迷いは無かった。
敵には遭遇ていないが、もし遭遇したとしてもゾルドが薙ぎ払うだろう。ここを熟知してるのなら、敵だって熟知してるだろうし。
「そういえば、試合中にいきなり強くなったあれ、なんなんだ?」
暇になったので、雑談ついでに気になっていたことを尋ねてみる。
「あれぞ我ら部族に伝わりし【ランパント/獅子の紋章】の【シンボライズパワー/力の象徴】なり」
それは戦闘中に言ってたぞ。
こいつに聞いても無駄そうだな。リズに聞こう。
「というわけで、リズ。ここはドーンと解説してくれ」
「ん。【シンボライズパワー/力の象徴】と言うのは、簡単に言うと血脈で伝わる特殊能力。活身術の一種」
「ほー、確かに活身術っぽくはあったな」
活身術が具体的にどんなものなのかはいまいち分かってないが、身体能力の強化が主であろうと言う事はわかっている。
ゾルドが【シンボライズパワー/力の象徴】を発動させてから身体能力は劇的に上がってたし、間違いではないのだろう。
だから、リズの言葉通り、活身術の一種というのも納得出来る。
「ただ、通常の活身術では不可能な事も出来るし、体力の消耗も無い。回数の制限はあるけど、それも時間の経過で回復する。それはシンボルに蓄えた力で発動するからだと言われている」
ふうん……つまり、身体に刻む使用回数が回復するワンドみたいなものか。
「ちなみに、シンボルの発揮する力はそのシンボルの形状によって異なる。戦士ゾルドのシンボルは立ち上がった獅子。獅子は力強さ、勇気、王権を示す。恐らく身体能力の強化が主な効力」
「然り。我らサイオン族に伝わりしシンボルの獅子は、我らに無双の力と勇気を与える。また、このシンボルを発現せし者こそが次代の長となる」
「へぇー……」
コイツ、次代の族長の癖に戦う為に来たのか……でも、族長だから戦闘力が重要なのかね?
「それと、【シンボライズパワー/力の象徴】は遺伝で発現するのが主だけど、突然変異や修業の結果で発現する事もある。私の仲間も旅の途中に唐突に発現した事がある」
「ふーん……」
ってことは、オレももしかしたら【シンボライズパワー/力の象徴】とやらを習得できる可能性があるってことか。
とは言え、何をどうすりゃ手に入るかも分からんのでどうにも出来んが。
「ニーナ、欲しいのか?」
「うん? そりゃ手に入るなら欲しいが」
唐突に玉藻がそんなことを聞いて来たので正直に答える。
「活身術ではないが、魔法にも似たようなものがあるぞ。これは後天的に得られるものじゃから、好きなように手に入る」
「へぇ。どんなの?」
「魔力を蓄える性質を持った顔料で刺青を彫るのじゃ。いわば体に彫るスクロールやワンドじゃな」
つまりは【シンボライズパワー/力の象徴】の魔法版ってことか。
便利そうだが、刺青は痛そうだなぁ……。
「その刺青を【マジックタトゥー/呪術的な紋様】と呼ぶでな。これは大昔から数々の研究が重ねられた職人技なのじゃ。如何に魔法の力を発揮させながらも絵としての形を作るかという研究が重ねられてきた。わしも【タトゥーアーティスト/彫り師】としての研鑽を積んでおる。本体からも、外に出れたならば重ねられた【マジックタトゥー/呪術的な紋様】の研究をきちんと吸収して来いと命じられておる。もちろん是非も無い。わしとしても進んだ刺青の技術を学ぶことは、こちらから願いたいほどの事で……」
なにやら熱く語り始めたので無視する。
「ところでゾルド、あんたの部族の集落にはまだつかないのか?」
「もう少しだ」
もう少しとは言うが具体的にどれくらいなのやら……まぁ、ゾルドについていくしかないから大人しくついていくけど。
未だに熱く語り続ける玉藻。無視し続けるオレ達。そんな状態で歩き続け、二時間ほどしただろうか。
ゾルドがもうすぐそこだ、と言って曲がった時、そこにはだだっ広い広間があった。
その広間はダンスパーティーでもできそうなくらい広く、大きなテラスがあった。
そして、そのテラスからは広い森林が見えていた。
ここ、地下じゃなかったっけ?
「ここが我らの集落だ。サイオン族の集落へとよくぞ参られた。歓迎しよう」
「あ、うん」
ゾルドの言う通り、広間には紅水晶の屋内には似つかわしくなテントやら何やらが設置されており、ミノタウロスが歩き回っている。
「さて、まずは我の家で歓待をしよう。戦いで疲れた体を休めよ」
「ああ、世話になる」
ゾルドに案内され、ゾルドの家だと言うテントの中へと入る。
テントの中は普通の家と変わらず、あれこれとものが設置されている。
ベッドやら何やらもあるが、神殿内の部屋を使えばいいんじゃ……?
「さぁ、遠慮せず座るがよい」
「ありがたい。やっと落ち着けるよ」
言いつつ、言われた通りに適当に座る。
しかし、家具も何もかもでかいな……この椅子、寝転がれるくらいでかいぞ。
「すまぬが、茶の類はないのだ。水で我慢してくれ」
「構いやしないよ。どうせ茶の味なんざ分からんから水でも一緒だ」
「ぬははは、我もだ。色付きの水としか思えぬわ」
そう言いつつ、ゾルドが部屋の隅に設置してある水瓶から水を汲んで、木製のコップに入れてオレ達へと差し出してくる。
うお、コップかと思ったらジョッキだった……ゾルドの手がでかすぎてコップに見えたのか。
「ええと、聞きたいこととかいろいろとあるんだけど、あのテラスから見えた森は……?」
「あれか。あれは真に森だとドルイドたちが言っておる。だが、出る事は出来ぬ。眼には見えぬ壁で隔てられておるのだ」
この神殿は不思議がいっぱい過ぎて困るな……。
「んじゃ、なんでテントで生活してるんだ? この神殿の部屋を使えばいいじゃないか」
「我らには小さすぎるでな」
ああ、そりゃそうだ。オレの質問が馬鹿だった。
「さて、我はうぬら客人の事を集落の者に伝えてくる。暫し待たれよ」
「ん、ああ。悪いな、変な質問で引き留めちまって」
「なに、気にするのも分かるでな」
そういってゾルドがテントから出ていく。
しかし……こうして人……って言うかミノタウロスでも、会話が出来て、たくさんの人が居る環境ってのは、落ち着くな。
わけも無く安心できるんだから、集団ってのは偉大だ。
さて、ゾルドを待ってる間、何をしようか?




