オレのものを、オレが制御出来ないワケが無い
巌の如き巨躯、鋼の如き筋肉。
まさに、戦士と言った風情のゾルド。
コイツを相手に出し惜しみなんてしていたら、あっという間にやられるだろう。
そう考えたオレは躊躇わずに肉体を活性化させた。
今まで単純に技と呼んでいたこれ、名づけるなら【バトルドレスアップシェイピングボディ/戦闘のための肉体形成】と言ったところか。
それによって肉体が一時的に最良の状態にまで成長する。
身長は軽く百七十センチを超え、多少なりとも体躯の差が縮まる。
相手は目測で三メートル半ばと言ったところ。オレの倍近い。
――――やれるか?
――――やれるさ。
自問自答をすれば、すぐに答えは帰って来た。
漲る力を感じながら、オレは肩に担いでいた大鉈を片手で振り回す。
「往くぞ!」
「来い!」
踏み込み。床が軋むほどの踏み込みだ。
弾丸の如く射出されたオレは渾身の力を込めた大鉈の一撃をゾルドの胴体めがけて放つ。
甲高い金属音。
ゾルドの持つ大斧とオレの大鉈が激突していた。体重の差で、オレがたたらを踏む。ゾルドは微かに身体を揺らしただけだ。
なんてパワー、なんて硬い防御!
大斧の防御を貫くのは無理だ。
ならば勝負すべきはスピード。巨大な大斧はそうそう容易く振り回せはしない。その点では、オレの大鉈の方がまだマシだ。
「うおおおおっ!!」
ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ。我武者羅に大鉈を振り回しまくる。
腕力に物を言わせた乱雑な一撃。
だが、大質量を持つ大鉈という武器であるが故に、それは一撃一撃が必殺の威力を持つ。
如何に体躯に優れたゾルドと言えども、如何に硬そうな外皮を持とうとも、当たれば一撃で肉を断ち、骨を砕くだろう。
「ぬぅっ! なんという剛力! 我に優るとも劣らぬ!」
「そいつあどうも! 早いとこくたばってくれや!」
そしてゾルドはそれを受け止め、捌き続けている。
だが、オレの方が速い。
受け止め、捌き切れない一撃が少しずつゾルドを傷つけていく。
このままなら、勝てる。いずれ、致命の一撃を叩き込むことが出来る。
この流れを維持する事さえ出来れば、オレの勝ちだ。
だから、この流れを維持する為に、限界を超えろ!
もっと、もっともっと速く! もっと強く! もっと正確に!
回避する事も間に合わぬ速度を! 防御を貫くほどの威力を! 防御を掻い潜るほどの正確さを!
「オオォォォオオォォォッッ!!」
「ヌオオオォォオオオッ!!」
オレとゾルドの咆哮が重なる。
ただただ力のみを信奉する重戦士。
力という極単純な、そして何よりも明確な物に頼り、信奉する者同士だ。
その単純な力という物を信仰するが故に、オレ達と言う奴はどうしようも無い程の負けず嫌いだ。
自分の力が足りないのが嫌だから。自分が敵わないと思うのが嫌だから。
だから、絶対に相手に負けたくない。
それはオレもゾルドも同じで、だからこそ、ゾルドもこの流れを変える起死回生の手段を用いた。
「負けぬっ! 我は負けぬぅ! オオオオオッ!!」
何かが脈動するのを感じた。
その直後、途轍もない一撃。
「ぐぅぅっ!!」
防御ごとぶち抜くような、途方もない重さの一撃だった。
ギリギリで割り込ませた大鉈の防御の上からでも全身を貫く衝撃。かろうじて吹き飛ばされずに済んだ。
腕に走る痺れ。今までとは明らかに違う。
力も、速さも大幅に上昇している。
目の錯覚などではなく、ゾルドの体躯が一回り大きくなっている。身長は四メートルにも届いているだろう。
ゾルドの右肩が光り輝いている。獅子の刺青だ。その刺青が淡く輝いている。
あれがゾルドに力を与えているのだろうか。
「我が血族に伝わる【ランパント/獅子の紋章】の【シンボライズパワー/力の象徴】、これを用いた我を今までの我と思うなっ!」
ゾルドが叫び、大上段からの一撃を振り下ろしてきた。
それを大鉈で受け止め、防御の上から吹き飛ばされる。
さっきよりもパワーがさらに上がってる! 天井知らずか!?
「ふざけやがってぇっ! そんなもん使ってんじゃねえぞっ!」
糞がっ、クソがっ!
これじゃあ、負ける……このままじゃ負ける!
嫌だ! そんなのは嫌だ! 負けたくない、負けたくない!
勝ちたい! 勝つための活路が欲しいっ!
――――一つだけ、たった一つだけ、勝機を得る手段へと思い至る。
だが、やれるか? 最初の時……一度目は失敗した、二度目も使ったと言う自覚すらないほどに失敗した。
三度目の正直に賭けると言うのか? 不確定なものに頼って、いいのか?
とんでもなく分の悪い賭けだ。だが、賭けるだけの価値は、ある。
「ぶっつけ本番だ! テメエが死んでも知らねえぞ!」
目の前の敵を打ち倒す力を欲し、願い、求める。もっと、力を、と。
その力を手に入れる為には他の何もいらない。
感情も、道徳も、倫理も、何も要らない。
自分を、真っ黒に塗り潰していく。
恐怖も、畏れも、何もかもを、塗り潰していく。
殺意と、狂乱と、漆黒に燃える憎悪の焔で。
――――来た。
目の前が眩むほどの怒りと狂乱が湧き上がってくる。
怒りと狂乱は殺戮と血を求め暴れ出す、オレの肉体を勝手に動かし、激情のままに全てを殺し尽そうとする。
正気の手綱を握りしめようと、渦巻く感情の中で必死に手を伸ばした。
今にもオレの制御から解き放たれようとするじゃじゃ馬だが、それはオレから湧き上がっているものだ。
なら、オレに制御出来ない道理が無い。
そうだ……オレに従え――――!
溢れ出す激情が過剰な程のアドレナリンを分泌させていく。
肉体は限界を超えて活性化していく。自身の肉体を滅ぼすほどに。
狂える憎しみの波動が禍々しいなまでの活力を全身へと伝播する。
だが、今のオレは確かに正気だった。頭は沸騰し、肉体は躍動している。だが、確かにオレはオレの思考で動いていた。
「ア、カァッ……! アアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
意味を成さない激情の咆哮と共に、今までよりも、ずっとずっと速く、重い一撃。
その一撃はゾルドの振るう大斧を真っ向から弾き飛ばしていた。
「何だとっ!? 我が剛腕を超えるなど!?」
「オッ……オオッ! オオオオオッ!! グオオオオオオッッ!!」
獣の如き咆哮が溢れ出す。まともに喋るだけの思考力を回せない。
この溢れ出す激情と狂乱の制御、そして戦闘に思考力を回すので精一杯だった。
だが、問題など無い。重要なのは、勝つ事なのだから。
「認めぬっ! 我は認めぬぅっ!」
ゾルドが大斧を滅茶苦茶に振り回す。
当たれば一撃で両断されかねないほどの一撃。避ける事など不可能と思えるほどの速度。
それを、真っ向から受けて立つ。
漲る力を大鉈に乗せ、真っ向から大斧と打ち合う。
大重量の金属と金属が激突する途轍もない音響。
大斧と大鉈が激突しあい、火花が散り、互いの得物が壊れていく。
腕が軋み、筋肉が千切れていく。限界を超えた代償は、大きい。
だが、それでいい。今この瞬間を生き残ることが出来れば。
力を温存して敗北するなど、考えたくもない。
例え全身の筋肉が千切れようとも、骨が砕けようとも、生き残りさえすれば、勝ちだ!
だが、限界を超えた限界は近い。
ならば、それまでに勝負を決めるっ!
「クキィッ……! グガッ、ガッ、アッ……オゴオオアアァァアァアアアァッ!!」
全身全霊の力を篭めて、ラッシュを始めた。
ゾルドの振るう大斧に対抗するように。
髪の毛一本分でも速く、重く、正確に。
全てを込めて我武者羅に大鉈を振るう。
「ぐうっ! 認めぬ……! 認めぬぅ! 我はサイオン族の戦士、ゾルド! 決して人間などにはぁぁぁぁっ!」
――――うるせえんだよ。
――――サイオン族だなんだと御大層な呼び名だ。
――――くだらねえ。そんなもん、くだらねえ。
――――強いか、弱いか。重要なのはそれだけだ。
――――だったら、その力で語ってみろってんだよ、牛野郎。
「ガアアアアアアアア――――!」
後を考えない、捨身の一撃。
これに失敗すれば次の一撃をまともに喰らう。そんな一撃だ。
その一撃はゾルドの振るう大斧にクリーンヒットし、ゾルドの両腕を跳ね上げるように弾き飛ばした。
そして、オレはガラ空きになったゾルドの懐に踏み込み、その胴体に大鉈を叩き付けていた。
「グゴオオオオオッ!!」
大斧との打ち合いで刃毀れした大鉈の鈍い刃が毛皮を切り裂く。
ある種、ノコギリのようになった大鉈で切り裂かれた痛みは筆舌に尽くしがたいものだったのだろう。
屈強なゾルドが悲鳴を上げ、身体を丸めてしまうほどだった。
――――ははは、首がガラ空きだぜ、牛野郎。
反射的に、あるいは本能的に、オレはガラ空きになった首めがけて大鉈を振るっていた。
皮を引き千切り、筋肉を引き裂き、その命を奪おうと大鉈がゾルドの体内に侵入していく。
その刃が半ばまで達した時、ゾルドが苦し紛れに大斧を振るい、オレの胴体に凄まじい衝撃が走った。
そして、びちゃっ、と背後から水っぽい音がした。
あれ、なんだ、これ……オレの胴体が、ねえぞ?
あばらの辺りが、ごっそりと吹っ飛んでる。凄い勢いで血が流れてる。
なんだか、苦しい。息を吸っても吸っても収まらない。肺を吹き飛ばされたようだ。
足は、動く。脊髄は、無事らしい。
なら、問題ない。
あばらの辺りが吹っ飛んだくらいなら、即死はしない。
心臓と脊髄が無事なら、まだ戦える。
ああ、しまった、大鉈がゾルドの首に食い込んだままだ。武器が無い、けど両手があるから問題ない。
このままじゃゾルドが立ちあがっちまう。その前に仕留めりゃ、問題ない。
「オオッ……オオオッ……! オオオオオオッッッ!!!」
最後の力を振り絞り、オレは立ち上がろうとするゾルドの頭部に生える角にしがみついていた。
「ウオオッ! 離せっ! 離せえっ!」
ゾルドの顔に噛み付いた。
咬筋力を振り絞って噛み締め、顔を引いてその皮膚を引き剥がしてやった。
「グオオオオッ!?」
顔を抑えて呻くゾルド。今が好機と、首にめり込んだままの大鉈に手をかけ、思いっ切り引いた。
筋肉を切り裂いていく感触が手に伝わる。往復させていれば、千切れる。
「やめろおぉっ!」
だが、それをさせじとゾルドが首から大鉈を引っこ抜き、放り投げた。
血管を塞いでいた大鉈が引き抜かれたことでゾルドの首から勢いよく血が噴き出す。
あの失血量では、ゾルドも長くは保たないだろう。
だが、その前にオレがくたばる。あばら辺りを吹っ飛ばされて、今も凄い勢いで血が流れ出してるんだから。
オレが死ぬか、ゾルドが死ぬか。何れにしろ、決着は近い。
「ギャッ!? ギィィッッ!?」
そう考えた直後、脳天を突き抜ける激痛。目の前が真っ白になり、前後が不覚になる。
体内で蠢く嫌な感触に何が起こったのかを理解する。
ゾルドがオレの胴体を握り潰そうとしている。吹っ飛ばされたあばらに触れられ、途轍もない激痛が走っていた。
「ガアッ、アアッ! アアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
ならばと、オレはゾルドの角を全身全霊の力を込めて握り、それを捻った。
ぶちぶちと、オレの腕と、ゾルドの首の筋肉が千切れていく。
オレの腕の骨、そしてゾルドの首の骨が擦れあう嫌な音。
オレの身体がぶっ壊れるか、ゾルドの首が圧し折れるのが先か……。
そう考えた直後に、ごぐんっ、と妙な音がして、ゾルドの首が真横に曲がった。
「ガッ…………」
息の詰まったような断末魔の声。
オレの胴体にかかっていた力が抜け、ゾルドの巨躯が地に倒れ込む。
ゾルドの手から解放されたオレは何とか地面に着地する。
もう目の前は霞んでいてまともに見えやしない。
リズがオレ呼んでいるのは分かるが、頭がガンガンして何言ってんだかよくわからん。
そう思っていると、暖かな力がオレのあばらの傷を包み込んだ。
肉体が急速に再生していく妙な感触。痛みはきれいさっぱり消え失せ、少しばかりの違和感が残るのみだった。
「すまん、助かった、リズ」
リズに礼を言うが、返事の代わりにまた暖かな力がオレを包んだ。
今度は身体全体を。それによって目の霞みや頭痛はマシになり、何とかまともな状況になる。
「ん……これで、大丈夫?」
すぐ近くに寄ってきていたリズが、オレの足にしがみ付くようにして立っている。
上目遣いだと凛々しさとミステリアスさよりも、可愛らしい印象が強いな、と思いつつ正直な感想を告げる。
「ああ、大丈夫だ。ただ、まだ完璧はと言い難いが」
「ん、わかった【キュア・クリティカル/致命傷治癒】」
再び暖かなエネルギーが全身を包み込むと体調はほぼ完璧になる。失血にまで効果があるらしい。
闘技場で受けた時は貧血は変わらなかったが、術者の力量によるものなのか、あるいは【キュア・ミドル/中傷治癒】だったから失血には効果が無かったのか。
まぁ、リズの魔法には失血にも効果があると分かればそれでいい。
「おつかれさま。ニーナ、すごく強かった」
「そらどーも。でも、リズの方が強いだろ?」
「ん……さっき、ゾルドと戦っていた時の状態なら、十分私ともいい勝負ができる」
「ああ、そうなんだ」
でもいい勝負が出来る、って言ってるだけだから、リズの方が強いんだろうな……。
そう思いつつ、未だオレの中で渦巻いていた激情と狂乱を退散させる。
その途端、足から力が抜けて座り込んでしまう。
気が抜けたって感じだ。治癒を受ける前に気を抜いてたら、そのままくたばってたかもな……。
「とりあえず、私はゾルドの治療をする。速くしないと死んでしまう」
「ん、ああ。頑張れ」
先ほど首を圧し折ったが、今改めてゾルドを見ると首は正常な方向に戻り、微かながらも呼吸をしているのが見える。
【エマージェンシー・ファーストエイド/緊急応急治療】はリズの言ってた通りの効果なんだな……。
まぁ、何はともあれ、勝負は、オレの勝ちだ。
「へへへっ……」
あの途轍もない強さのゾルドに勝った。それに達成感を覚えて、オレは満足げな気持ちで床に寝転がるのだった。




