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オレは異世界に転生して必死でのし上がる  作者: 国後要
迷宮突入から脱出まで
35/62

迷宮探索

 すりすりすり。

 すりすりすり。

 すりすりすり。

 

 先ほどからずっと、そんな音声が耳朶を打っている。

 そして腹部には獣毛と髪の毛の柔らかい感触。

 膝の上には暖かさと重みがかかっている。

 

「んぅぅ~……ぬし様、ぬし様~」

 

「…………」

 

 鬱陶しい。凄く鬱陶しい。

 なんなの、この馬鹿犬みたいなのは。

 人を小馬鹿にしたような態度の玉藻は何処に行ったのさ。

 つうか、なんでさっきからずっとオレの腹にすり寄ってくるのさ。

 

「カカカカ、懐かれよったのぉ」

 

「……この馬鹿犬をなんとかしろ」

 

「無理じゃ。玉藻はわしの分身じゃが、あくまでわしから生まれたと言うだけじゃ。その人格や行動理念は独立した存在じゃよ」

 

「じゃあ尾に戻せ」

 

「いやじゃ」

 

 このクソ狐……そのうち狐鍋にして食ってやる。

 

「つうか、なんでこいつはこんなに懐いてきてんだ」

 

「つがいの雄に懐くのは本能に近いでな。元から好感はあったんじゃろ」

 

「オレは女だ」

 

「玉藻がメスじゃからの。メスの相手はオスじゃ」

 

 そういう阿呆な認識でなんで通るんだよ……。

 

「まぁ、次第に落ち着くじゃろ」

 

 それまでこの尻尾振ってる馬鹿を好きにさせろと。

 つうか、なんでさっきから腹に縋り付いてくるんだよ。うぜぇよ。

 

「んん~」

 

「うぜぇ」

 

 腹から引きはがし、横に転がす。

 しかし、すぐに玉藻が再びオレの腹に縋り付く。

 

「何でくっつく! 離れろ!」

 

「わしの子~」

 

「ああ? お前の子?」

 

 ああ、さっきの数珠みたいなのか。オレの腹の中に入っちまったからな。

 

「……つうか、今更ながらアレは大丈夫なのか? オレの腹突き破って出て来たりしねえよな……」

 

「知らん。まぁ、そうなってもリーゼロッテが塞ぐじゃろ」

 

 そういう問題か……?

 いやまぁ、気にし過ぎても仕方ない事ではあるんだよな……杞憂に終わる可能性もあるんだしさ。

 そう思いつつ、腹にくっついてくる玉藻を再び引きはがす。

 もうなんなのさコイツ。鬱陶しくて溜まらんのだが。

 

 そう思っていると、先ほどからオレと玉藻を眺めていたリズがススススー、と近づいてきて、オレの腹にくっついて来た。

 

「……リズ、お前もか」

 

「ん……ちょっと、楽しいかも」

 

 何がどういう風に楽しいのか具体的に説明して欲しい所だな……。

 

「んー……でも、お腹の中、誰も居ない?」


「知るか」

 

 そもそもあれは人間ですらないだろ。たぶん。

 

「ふふん。わしとニーナの子じゃ。元気で強くて可愛い子が生まれるに違いない」

 

「陰険で可愛げのないクソガキが生まれる可能性もあるぞ」

 

 というか、考えてみるとこれはオレが妊娠してる状況なのか……?

 処女懐胎とかいろんな意味で洒落にならねえぞ。

 

「なぁ、無明。これは、もしかして、俗に妊娠って言う状況か?」


「どっちかというと、有袋類の生育状態じゃな。人間と同じように生まれたりはせんじゃろう。それは霊的な側面の強い生物じゃ。腹に入れた時と同じく、ぬしの腹を透過して現れるじゃろう」

 

 そういう問題かなあ……説明し辛いが、なんか抵抗あるなぁ。

 まぁ、こいつを生かすことは別に後悔してないんだが、妊娠かと思うとなんか嫌な気分になる。

 それに、無明の言では妊娠ではないみたいだし。

 有袋類の生育状態ってことだと……オレの体内で成長する寄生虫……? なんかそっちの方が嫌だな……あんま考えないようにしとこ。

 

「とにかく、玉藻も治ったんだし、出発するぞ」

 

 ここで無駄に時間を喰うつもりはない。さっさと出発しなくては。

 

「うん。長居すればするほど、状況も悪くなるから」

 

「わしとニーナの子に何かあったらいかん。わしは反対じゃ」

 

 なに馬鹿なこと言ってんだこいつは。

 

「ここでうだうだしてたらオレもお前も死ぬんだ。さっさと往くぞ」

 

「むぅ……仕方ない」

 

 ったく、この馬鹿は。

 

「んじゃ、さっさと行くぞ」

 

 腹に引っ付いてる馬鹿二人を引きはがして立ち上がる。

 

「世話になったな」

 

「なに、構わん。ぬしらには期待しておる。さ、往くがよい」

 

 無明に一声かけて、歩き出す。

 オレの後に続く二人の足音を聞きながら、オレは現在の状況を考える。

 

 武器と食料はある。問題は水だ。

 水自体はある。羅強の居た部屋の先のプール、あの水は飲めるだろう。

 だが、水を入れる容器が無い。それはつまり、長時間ここを離れることが出来ないと言うことだ。

 水を大量に飲んでおくのも拙い。

 無暗に水を飲めば体温が下がる。燃やすものがなく、暖を取れない状況では迂闊に体温を下げるのは危険だ。

 

 考えれば考える程に拙い状況だ。

 水が無いと言う状況は真に致命的な状況なのだ。

 幸い致命的な状態ではないものの、水を保持できない状況も相当に拙い状況だ。

 

 何とかして水を入れる容器を調達するか、上の階で水源を見つけるか……。

 どちらにしても難しいか。

 ここが大昔は居住スペースであったのなら、水源くらいはあるとは思うんだが、見つけたとしても汚染されている可能性が否めない。

 

「リズ、上の階の構造は本当に分からんのか?」

 

「ん、ごめんなさい、覚えてない」

 

「玉藻、お前は?」

 

「わしも覚えとらん。階段を何度も降りたのは覚えておるんじゃがな」

 

「私もそれくらいしか覚えてない。確か、六度は降りたと思う」

 

「六度ね……」

 

 ここで六度目だと言う事は、ここは地下六階という事だろうか。

 あそこを登れば地下五階。最低でもあと五回は登らなければいけない。

 

 ここが一番の深部とはいえ、ロールプレイングゲームよろしく深部の敵が強いとは限らない。

 ここに数々の妖怪を封印したと言うなら、その妖怪は上層に居ると考えるのが妥当だしな……。

 

 あの神と同じように徘徊してる可能性もある。

 クソッ、ここの構造も何も分からないのが拙い。

 本当に事前調査ってのは大事だな……事前調査なんざ出来なかったが……。

 

 

 思案しつつ歩いていると、いつの間にか虫たちと戦闘を繰り広げた広間へと戻ってきていた。

 転がっている虫たちの死体に特に変わりはない。蠅すら飛んでいないと言う事は、ここには蠅は居ないんだろうか。

 

「リズ、上の階はどうだ?」


「収まってる。今なら行っても大丈夫だと思う」

 

「そうか、なら行くぞ」

 

 ここに転がしたままだった大鉈を拾い上げ、一応クモの肉を幾らか剥ぎ取っておく。

 剥ぎ取った肉は武器を持つ必要のない玉藻に預ける事に。

 

 そして、リズを先頭にオレと玉藻が後に続いて階段を上る。

 最も知覚能力と戦闘力の高いリズが先頭なのは妥当な選択だ。

 

 紅水晶の階段を上り終え、上階に辿りつく。

 

 場所は、通路の行き止まりのような箇所だ。

 やたらとデカイ蓋のようなものが壁に立てかけられているのを見るに、隠し階段だったのかもしれない。

 

 周囲は全てが死んだかのように静かだ。

 動く者も何もない。奥に行くほど狭まっているように見える通路の先もだ。

 

 不気味だ。立ち込めている静寂が嫌に不安を掻き立てる。

 今にも何かが壁を突き破って現れそう。そんな不安が頭をよぎる。

 

 そんなものは気のせいだとは分かっているのだが、そう簡単に不安を取り払う事も出来ない。

 今まさに、捕食者が現れてもおかしくはないのだ。

 

「思い出した」

 

「何が?」

 

 唐突に呟いたリズにどうしたのかと尋ねかける。

 すると、リズが額に指を当てながら昔を思い出すように語り始める。

 

「この神殿の地下の空間、さっきまでいた場所は修練場だった。ここに住んでいた女神達の修練場」

 

 そう言われると、確かに訓練をするには適している場所だったかもしれない。

 あの無暗に長い通路は修練による余波か何かを緩和するためのものだろうか。

 とすると、魔王が封印されている部屋というのは、修練場そのものなのかもしれない。

 神々の訓練、あるいは戦いともなれば、その規模や被害は途轍もないものだろう。

 それだけの途方もない被害を受け止められる部屋なら、魔王を封印するには適していたのかもしれない。

 

「しかし、地下の割にはプールに落ちたが……」

 

 地下だと言うなら、普通は上から入れるものではないだろう。

 

「あそこは元は吹き抜けだった」

 

 なるほどな。だからあそこに落ちれたわけか……考えてみると、あそこに落ちたのは凄い運がよかったな。

 水面と紅水晶なら水面に落ちた方が被害は小さい。紅水晶に落ちたら、どんな落ち方をしていようが木端微塵だったろう。

 

「さっきの場所が地下で、ここが地上一階。けど、土砂で埋められたはずだから、扉から出る事は出来ない」

 

「だろうな」

 

 山の内部にある神殿なんだ、そう簡単に出られるとは思っていない。

 地表にある入口は、屋上の出入り口なのかもしれんな。

 

「やはり、脱出は最上階に行くしかない、か」


「そうじゃ。道はわしが覚えるので安心せよ」


「助かる」

 

 何処かに構造図でもあればいいんだがな……まぁ、あるわけもないか。

 とにもかくにも、ここで立ち止まっている意味は無い。進むとしよう。

 

 一本道の通路である以上、背後や横合いからの攻撃を受ける可能性は低い。

 警戒するのは正面。正面からならば視覚でとらえることが出来る。

 多少は安心して進める。

 

 武器を手に、オレ達は道を進み始める。

 オレたち以外の足音がしないために、周囲に敵が居ないのではと思いそうにもなるが、そんなことはありえない。

 

 そうでなければ、下の階の敵を殲滅した時にリズが警戒しないわけがない。

 リズが嘘をついたと考える事も出来るが、リズが嘘をつくメリットに思い至らない以上、嘘をついていたのではないだろう。

 

 であれば、ここの何処かに、敵が潜んでいる。

 少なくとも視界の中に敵は居ない。だが、何処かには必ず居る。

 

 その、何処か。それが非常に厄介なのだ。

 今は前方にだけ集中していればいい。だが、通路が様相を変えたらどうなる。

 丁字路に通りかかった時には横合いから唐突に敵が飛び出してくる事を警戒しなくてはならない。

 十字路など最悪も最悪だ。全方向から攻撃を受ける可能性が発生する。

 

 それに、道中時折扉がある。開けずに通り過ぎているが、ここに敵が潜んでいる可能性もある。

 唐突に敵が飛び出して来たら、上手く反応できるかも妖しい。

 

 今この時点でも相当の緊張を強いられていると言うのに、その状況になった時、オレ達はまともに行動が出来るのか。

 まともに行動が出来たとしても、少なくとも疲労は蓄積されてしまう。

 

 知らず呼吸が荒くなっている事を自覚する。緊張と不安が心臓の鼓動を速め、無駄に体力を消耗してしまう。

 この状況はまずい。まずいと分かっている。だが、それを打破する事が出来ない。

 適度な緊張を保つなんて小難しい真似、オレには出来ないのだ。

 

 出てくるなら、さっさと出てきて欲しい。そう思ってしまうほどだった。

 しかし、敵さんはそう易々と尻尾を出さないのか、未だに敵は出てきていない。

 

 そうこうするうちに、道が枝分かれした。

 丁字路だ。リズが何の反応も示さない以上、敵は居ないのだろう。

 そうしてまた歩き出して、道を進む。

 

「……何も、居ないな」

 

「うん。でも、油断しないで。私は何も察知してないけど、もしかしたら何かが隠れてるかもしれない」

 

「わしも何も察知出来ておらんが、匂いも姿も何もかもを隠匿して隠れる方法も存在するからの。ここに封ぜられた者が使えるかはともかく、油断はできん」

 

「分かってる」

 

 分かっては居るが、この状況、そうそう耐えられるものじゃない。

 もう、どれだけ歩いた。そして、オレ達は今、何処に居るんだ。

 玉藻が道を覚えているとは言うが、それがどれだけ信用できるかもわからない。

 

 本当に大丈夫なのか。そんな不安がオレの心を支配する。

 この不安がオレを窮地に陥れてしまうのだろう。無駄な体力の消耗と、神経の浪費だ。

 それは分かる。分かるが、そう簡単に不安なんて払えはしない。

 

 リズと玉藻は涼しい顔をしている。慣れているんだろう。

 こんなにも無駄に体力を消耗してしまっているのはオレだけだ。

 

 自分が情けない。情けないが、それがオレなのだから、受け止めるしかない。

 受け止めて、慣れて、克服する。それしかないのだ。

 今はただ、堪えて前に進もう。後戻りはできないのだから。

 

「ニーナ、そろそろ休憩にしよう」

 

「ん……ああ……。休憩っつっても、どこで」

 

 唐突なリズの申し出に一瞬面食らうも、疲れを見せ始めていたオレのためだろうと言う事に思い至る。

 気を使われてる事が情けなくもあるが、ありがたくもある。

 実際、体力はかなり消耗している。今は休憩したい。

 

「あそこに部屋がある。何かが居る様子もない」

 

 リズの指差した先には確かに扉があった。この扉も紅水晶だ。

 リズと玉藻が内部の様子を扉を開けずに探りつつ、武器を構えてから扉を開ける。

 部屋の内部には二人が察知したとおり、何も居なかった。

 

「鍵、ないね」


「そのようじゃな、わしがかけよう【ロック/施錠】」

 

 魔法で鍵もかけられるのか、と感心しつつ、部屋を見渡す。

 

 家具が残されている。

 床には絨毯が敷かれ、ソファーにテーブル、ベッドと極普通の内装だ。埃が積もってないな……なんでだ?

 内部の広さも結構なものだ。部屋には奥があるようだし。

 一応そちらを覗いてみると、バスルームにトイレ、そしてキッチンがあった。

 キッチンには地上で見た【エレメント・クッキングヒーター/精霊調理器】が備え付けられてた。

 

「……使えないな」

 

 内部には精霊が居ない。よく見ると、箱の端っこの方に穴が開いてるようだ。ここを放棄する前に精霊を逃がしたんだろうな。

 【エレメント・リフリジェレータ/精霊冷蔵庫】らしきものもあるが、こっちにも穴が開いてる。ちゃんと処理はしたんだな。

 そう思いつつ、水道らしきものの蛇口を一応捻る。

 出ないだろう、と思っていたのだが、普通に出てきた。

 

「玉藻、この水飲めそうか?」


 流れていく水を指差して、さっきからくっ付いてきている玉藻に聞く。

 

「変な臭いはせぬな。腐ってはおらん」

 

「ふむ……とりあえず一口だけ飲んでみるか」

 

 例え何かあったとしても、大量に飲まなければあまり問題は無いだろう。

 なので飲んでみるが、特に変な味もしない。

 

「大丈夫そうだな……一応」

 

 飲み水も一応確保か……そう思いつつ、部屋の方に戻り、ベッドに腰掛ける。スプリングが効いていて柔らかい。

 

「少し、寝た方がいい。交代で寝よう」

 

「ん……そうだな」

 

 考えてみれば、落下してきてから相当な時間が経っている。

 落ちて来た時は、夜明けから三時間ほど経った頃だから、たぶん九時過ぎだったろう。

 そして落下してから数時間をじっとして過ごし、それから探索などの行動に一時間。

 玉藻が神に憑りつかれ、その後の治療に四時間と少しかかり、ここの探索に一時間ほど。

 時刻は恐らく、二十時に近いだろう。普段ならもうとっくに寝ている時間だ。

 

 疲労はそれもあったのだろう。

 

「一番疲労してるのはニーナのはずだから、最初にニーナと私が寝る。その後、玉藻と私が交代して寝よう。それが妥当なはず」


「うむ、そうじゃな。神に憑かれておった間は寝ていたようじゃし」

 

 すまん、それは寝てたんじゃなく、オレが気絶させたんだ。

 とは言え、口には出さない。


「すまん、甘えさせてもらう」

 

「ううん。ニーナは怪我もしたから、体力は相当消耗してるはず。妥当な判断」

 

 そんなものか、と思いつつ、オレはベッドに何も無い事を確認してからベッドに潜り込む。

 リズは鎧の大部分を脱いでからベッドに入って来た。

 

「おい、なんでそんなにくっつくんだよ。寝づれえよ」

 

「身体をあっためないと」

 

「ベッドに入ってりゃ温まるわ」

 

 わざわざくっつく必要はねえだろ。

 

「ニーナ、けちなことは言いっこなし」

 

「何がどうケチなんだ」

 

 わけがわからん……そう思いつつも、疲れてるし面倒臭いのでリズの好きなようにさせる。

 そして目を閉じると、あっという間に眠気が押し寄せてきて、オレはその眠気に身を委ねるのだった。

 

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