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オレは異世界に転生して必死でのし上がる  作者: 国後要
迷宮突入から脱出まで
31/62

狂乱の戦士

「【フレイムジャベリン/火炎投槍】!」

 

 燃え盛る炎が飛翔した。

 その焔は槍のようにクモへと突き刺さると、クモの体表に生えていた細かい毛を一瞬で焼き尽くし、その甲殻をも焦がす。

 そして、クモの体表を舐める焔が足元の糸へと延焼し、全ての糸を一瞬にして焼き払った!

 

「でかした玉藻!」

 

 言葉と同時に、未だ握ったままでいた大鉈を全力でクモの顔面へと叩き付けた。

 そして、それに追随するリズの槍。

 淡い赤みを帯びた白い刃が易々とクモの甲殻を突き破り、その内部の肉を切り裂く。

 

「走って!」

 

 リズが叫ぶ。ああ、分かってる。こいつをぶち殺してる暇はない。重要なのは脱出する事。

 だが、うかつに走ればまた同じように足を取られる。

 

「【フレイムスロワー/火炎投射】!」

 

 そう思った直後、後ろから焔が飛び、それが地を這うように滑った。

 そして地面に這うように張られていたクモの糸が次々と焼かれ延焼していく。

 

「さっさと走れ! 糸はわしが焼く!!」

 

 この切迫した状況ではさすがに言動を取り繕う余裕もないのか、玉藻が嫌みのない口調で叫ぶ。

 その内容を理解すると同時にオレは走り出す。

 

「今は抜けるのが最優先じゃから大盤振る舞いじゃ!【フレイムスロワー/火炎投射】!」

 

 そして玉藻がオレの背後から次々と炎を放つ。その炎が地面の糸を次々と焼き払っていく。

 

 これで足止めをされる心配はなくなった。だが、苦難はそれでは終わらない。

 どでかいカマキリや蝶が暴れ出したオレ達に反応し、次々と襲い掛かってくるのだ。

 

 炎を恐れる事も無く、体長十メートル、体高は四メートルはあろうカマキリが炎の中を突っ切ってくる。

 しかし、そのカマキリはオレ達を襲うことも出来ずに頭部を吹っ飛ばされた。

 

「前から来るのは私が請け負う! 走って!」

 

 それを成したのはリズだった。

 カナマンチウムとやらで作られた槍が投げ放たれ、その槍の一撃でカマキリの頭部が根こそぎ吹っ飛ばされたのだ。

 

「玉藻! 遅れんなよ!」


「分かっておる! ぬしこそ遅れるでないぞ!」

 

 玉藻から放たれた【フレイムジャベリン/火炎投槍】が宙を舞う蝶に直撃し、その羽を燃やし尽くして地へと落とす。

 だが、幾らなんでも蝶の数が多すぎる。

 

「邪魔だクソったれ!」

 

 玉藻と比べればあまりにも情けない威力だが、オレも【フレイムスロワー/火炎投射】を発動させ炎を放つ。

 射程距離はほんの数メートルと言ったところだが、手から放つ事も出来なかった以前と比べれば遥かにマシ。

 

 それに、次々と襲ってくる蝶が相手という状況では例え数メートル程度の射程でも十分だ。

 向こうから突っ込んできてくれるなら、それほど長い射程は必要ない。

 

 オレの放った炎が蝶の羽に直撃し、その部位へと穴を開ける。

 それによって飛ぶ力を大幅に低減させられた蝶がバランスを崩して落下する。

 

「うらあああっ!」

 

 そして、頭部を思い切り蹴飛ばした。

 蝶の肉体構造自体はそれほど丈夫ではないのか、首が根元から吹っ飛ぶ。

 斃した事の感慨に耽っている暇はない。邪魔を排除した事で再び走り出す。

 

 階段まで、あと十メートル。

 

 だが、その十メートルが遠い。周囲にひしめく巨大な昆虫たちが次々と襲い掛かってくるからだ。

 唯一の救いは、交信能力がないのか、あるいは仲間が近くに居ないのか、増援が無い事。

 これなら脱出できる。

 

 そう思った矢先だった。

 

「くあっ!?」

 

 背後から驚愕の声。何が起きたのかと振り返れば、そこには巨大カマキリに捕えられた玉藻の姿があった。

 それを認識した瞬間には玉藻を助けようと大鉈を握る手に力を込めて走り出していた。

 

 だが、一瞬の逡巡。

 

 見捨てるべきだと言う思考と、助けるべきという思考が頭の中にない交ぜになる。

 冷静に考えるのなら見捨てるべきだ。

 うかつに助けに行けば、オレまでもが捕獲される可能性が高い。

 だが、純粋に人として、玉藻を助けるべきだという考えも頭に走る。

 それに、玉藻は貴重な戦力の一人であり、オレ達にはない要素である攻撃魔法がある。それを失うのは大きな痛手だ。

 だが、オレが死んでしまっては何の意味もない。ならば、やはり見捨てるべきだ。

 

 全ての考えを纏め終えたオレはそれら全てをうっちゃって、大鉈を振り上げてカマキリへと襲い掛かった。

 

 細かい事をぐちゃぐちゃ考えるのは嫌いだ。

 

 もっとシンプルに、馬鹿に行こう。

 オレは損得を考えるよりも前に、玉藻を助けたいと思った。

 

 だから助ける。

 

 リスクとか後先とか、そんなものは、もうどうでもいい。

 俺は玉藻を助けたい。ならそれに従う。それだけだ。

 それに、玉藻を見捨てるなんて後味の悪い真似、したくはない。

 

「だっらぁああああぁっ!」

 

 カマキリの頭頂部、地上から凡そ四メートル地点にまで跳躍。それと同時、落下速度をも付加した全力のぶった切り。

 その一撃はカマキリの頭部を半ばまで粉砕していた。

 

 殺った。そう確信した。

 

 そして、直後にカマキリの名の由来ともなっているカマによってオレは殴り飛ばされていた。

 

「かはっ……!? な、なんでっ……」

 

 地に叩き付けられ、息が詰まる。必死で呼吸を取り戻しながら、何が起きたかの把握に務める。

 だが、頭を粉砕されればまともに行動なんて出来るはずがない。

 なのに、カマキリはオレを殴り飛ばすに飽き足らず、未だにまともに直立し、玉藻を捕え続けている。

 

 ああ、そうか、と遥か昔の記憶を思い出す。

 

 昆虫の脳の構造は人間のそれよりも遥かにシンプルで、その部位ごとによって大きく役割が異なる。

 であれば、オレの放った一撃はカマキリの行動を抑制するには足らず、なにがしかの機能を奪ったに過ぎないのだろう。

 

「だったら動けなくなるまでぶっ壊してやるよっ!」

 

 叫びと同時、疾駆する。

 狙いは脚部。

 まずは体勢を崩す。この得物の重量ならば十分にやれる。

 

 薙ぎ払いの一撃がカマキリの足を吹き飛ばす。

 

 そしてそれに反射的にか、カマキリがカマを繰り出すが、まともな狙いでもない一撃は軽々と回避する事に成功する。

 

 そして、体勢が崩れた事で遥かに狙いやすくなったカマキリの首へと、大鉈の一撃を繰り出す。

 

 まるで金属をぶっ叩いたような硬い感触。

 

 だが、強い手ごたえ。殺れたはず。

 しかし、その予測すらも相手は超えて来た。

 

 半ばまで頸部を断ち切られながら、そのカマキリは玉藻を捕えていた腕の反対の腕で、オレの胴体を捕縛したのだ。

 

「がっ……かはっ! かっ、くっ、そ……!」

 

 バケモノ。何のまじりっ気も無しにそう思った。

 頭を叩き割っても、首を切り裂いても、死なない。

 馬鹿げた生命力に耐久力。こんなバケモノを相手に、リズはあんなに易々と戦って見せていたと言うのか。

 

 意識が遠くなる。胴体を何の加減も無しに締め上げられ、肺の空気が抜けていく。だんだんと視界が暗くなっていく。

 

 それを察知したのかどうか、カマキリがオレへとゆっくりと顔を近づけてくる。

 半ば粉砕された頭部がキチキチと怖気が立つような音を立てながら、その鋭い牙を備え持つ口蓋を開いていく。

 

 直感的に悟る。こいつはオレを捕食するつもりなのだ。

 オレを喰おうと、その口蓋を広げているのだ。

 ああ、いい度胸じゃないか。上等だ、喰えるものなら喰ってみやがれ。

 

 そう易々と食われてやったりなんかしねえからよっ!

 

「人間を、なめんなぁっ!」

 

 そして、怒りと共に心臓が激しく脈打った。

 バンプアップなどと言う言葉が生ぬるいほどに、大量の血液が筋肉に流し込まれていく。

 骨格が肥大し、延長していく。完全に生物学を無視して、オレの肉体が変貌を始める。

 

 オレはほんの数秒で十代の後半にまで成長し、今まさにオレを喰らわんとしていたカマキリの頭部を両手で掴んでいた。

 

「うっ、らあああああっ!」

 

 そして、最後の活力を振り絞ってそれを捩じ切った。

 

 ぶちぶちと何か柔らかくも硬いものを引き千切る手応えが腕を通して耳朶を打つ。

 甲殻を圧し折る硬質な手応えを最後に、カマキリの頭部は繋がりを失い、オレにもぎ取られていた。

 

 その頭部を投げ捨て、オレを未だに拘束している腕を引き剥がして地面へと降り立つと、倒れ込んだカマキリのカマから玉藻を救出する。

 

 意識が無い。だが死んでいるわけではない。酸欠で気絶したか、あるいは何か喰らったか。

 オレに判断はできそうにもなく、また判断出来ても治療など出来ない。

 さっさとこの状況を脱し、リズに診てもらう。それが最善だ。

 

 そこでそのリズがどうしているのかと今になって思い至り、リズの姿を探して周囲を見渡す。

 

 そしてすぐにリズを発見する。

 

 リズの周囲には階段の前を塞ぐように立ちはだかる昆虫たちが群がり、またそれら昆虫の成れの果てであろう屍の山が積みあがっていた。

 その光景に、オレとリズの間にある明確な力の差というものを自覚させられた。

 

 オレは、弱い。

 どうしてこんなにも弱いんだ、オレは。

 カマキリ如きに手こずって、切り札まで使う羽目になった。それが堪らなく悔しい。

 

 その悔しさは弱い自分への怒りとなり、その怒りは捌け口を外部に求めた。

 そして、その捌け口に申し分ない相手が目の前には幾らでも居た。

 

 オレは玉藻を地に横たえると、転がっていた大鉈を手に走り出していた。

 際限なく膨れ上がる怒りという名の激情に身を委ね、斃すべき敵へと。

 

 怒りが膨れ上がれば上がるほど、心地よいとすら思える激情の渦に身を委ねれば委ねるほど、オレは自身の身体能力が向上していくのを自覚した。

 

「ガアアアアアアァァアァアァッ!!」

 

 獣染みた咆哮と共に跳躍し、天井に着地すると言う真似をやってのけ、間髪入れずに天井を蹴り飛ばす。

 落下速度を更に加速させ、その速度を乗せた大鉈の叩き付け。

 その一撃はカマキリの頭部を一撃で木端微塵に砕き、振り上げる一撃はクモの足を吹き飛ばしていた。

 

 そして、突如として乱入したオレという存在に次々と虫たちが襲い掛かる。

 

 それにオレは嗤いを浮かべた。

 獲物が向こうからオレに殺されにやってくる。それがどれほどまでに嬉しいか。

 ちっぽけな脳味噌しか持っていない奴には、オレに殺されるなんて分からないんだろう。

 それは、この上なく好都合だった。

 

 吐き出されたクモの糸がオレを絡めとろうとし、それを力づくで引き千切り無防備に口を開いているクモの頭を叩き潰す。

 

 カマを叩き付けようとするカマキリのカマを真っ向から弾き飛ばし、体節を狙って斬り飛ばす。

 

 蝶が口吻を鞭のようにしならせ叩き付けようとして来る。それを叩き切り、飛びあがると真っ二つに両断してやる。

 

――――ああ、楽しい。

 

「くっくっくっ……」

 

 楽しい。なんて楽しいんだろう。

 クソ虫どもをこんな風にブチ殺せるなんて。

 今までオレを捕食する側だった虫たちが、塵屑のように殺されていく

 

 全力で斬りつければ、さっきまで通用しなかった一撃が甲殻を砕き、内部の柔らかい肉を抉る。

 殴りつければ甲殻が砕け、内臓が破裂する。

 蹴り飛ばせば虫どもは地を転げる。

 

 オレは、こいつらを殺せる。こんなにも簡単に殺せる。

 オレは、強くなっている。力を手に入れている。

 だが、足りない。こんなものでは、まだまだ、あいつに届かない。

 こんな風に、ただ鏖殺するだけの行いに意味なんて無い事はわかってる


 けど、今はただ、この興奮と愉悦を味わっていたい。

 

「はははははは……」

 

 笑いがこみあげてきて、堪え切れずに笑い出してしまう。

 だって、楽しいんだ。こんなにも。

 オレに殺されにやってくる虫どもが、堪らなく哀れで、面白いのだ。

 この激情が呼ぶ狂乱の渦に身を委ね、興奮と愉悦を味わっているのが、途轍もなく幸せなんだ。

 もっと、もっとだ。もっと血を見たい。悲鳴を聞きたい。

 

 血に狂い、悲鳴に酔いたい。

 

 だから、もっとだ。もっともっと、オレに殺されてゆけ、クソ虫ども。

 塵屑みたいに、塵芥のように、それこそ、虫けらのように。オレに殺されろ。

 

「アッハッハッハッハッハッハッハッハ!!」

 

 哄笑。

 

 血に狂い、悲鳴に酔い、殺戮に興奮し、惨状に愉悦を味わう。

 これが、強者の特権だろうか。いや、これは、ただの狂戦士で、ただの殺戮者だ。

 

 それは、オレの求める者の姿だろうか……。


 そう自問して、オレは正気へと立ち返った。

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