映画に出そうな奴だ……
結局、リーゼロッテが鎧を身に着けるのには十分以上かかっていた。
軽装の鎧とはいえ、固定器具などが多いから装備するのが大変なんだそうだ。
さて、そのリーゼロッテの鎧は先ほども言った通りに軽装なもの。
目立つ装甲があるのは胸部と肩と腕、そして足だけ。
胸部は胸部から腹部まで覆うしっかりとした装甲で覆われ、表面には何やら紋章らしきものが装飾されている。
肩は大きめの装甲で覆われ、恐らく首を狙われるのを阻害する用途もあるんだろう。
そしてガントレットに覆われ、足はしっかりとしたグリーブに覆われている。
それ以外の個所は厚手の布で作られた服だが、明らかに何か特殊な力が感じ取れる。それも、かなり強い。
何か魔法がかかっているんだろうか。恐らく何らかの守りの力だと思うが。
「?」
「ん、なんでもない」
じっと見ていたら、不思議そうな目で見つめ返されたので、思わず何でもないと答える。
なんかこいつは不思議な雰囲気がして話辛いんだよなぁ……。
「鎧があるのはわかったが、武器は無いのか? あいにく俺はこれしか持ってないから貸せないぞ」
鎧だけはしっかりしてるのに、リーゼロッテは武器を何も持ってない。
もしかして素手で戦うのを主体としているのだろうか。
「いま、呼ぶ」
「は?」
呼ぶって、何を? と思った瞬間、何かが正面からカっ飛んできた。
あ、やべぇ、と思った時にはもう突き刺さる寸前。
しかし、その何かがオレの顔面に突き刺さる事は無かった。
「ごめんなさい。うしろにあるとは思わなかった」
リーゼロッテがその何か……槍をしっかりとキャッチしていたからだ。
もしリーゼロッテがあと一秒でも遅かったら……。
「は、ははは……し、死ぬかと思ったぁ……」
腰が抜けそうになるが、気合いで堪える。
なんなの、この子。つうか、あの槍はなんなの?
「カカカ……小便でもちびったか、小娘」
「ちびってねぇよ!」
失礼な事を言った怪物に怒鳴り返しておく。あくまで腰が抜けそうになっただけだ。
「はぁ……その槍、なんなんだ?」
「これは……槍……?」
「いや、槍なのはわかってるから。どういう槍なのかを聞いてんだよ」
「この槍は……まず、初めにこの世界は調和と混沌の渦から生まれた……そして世界に満ちた混沌と調和から神々が生まれた……」
「なんで創世記から話す。要点だけ話せ、要点だけ」
「この槍は、生体金属カナマンチウムから作られていて、私の意思に答えてくれる。この槍にも、意志がある」
「はぁ……」
カナマンチウムってなんだ? 聞いたことも無いが……。
しかし、生体金属ねぇ……?
まぁ、いいや。生体金属というのが気にならないわけではないが、今は重要なことではない。
「とにかく、準備は整ったわけだな? その装備で大丈夫なんだな?」
見てるだけで分かる。こいつはうっかりやの気質がある。
本当は剣も持ってるはずだけど忘れてたとかやりそうだ。
「ん……大丈夫だよ、問題ない」
「そうか」
本当に大丈夫か……? まぁ、いいや。
いざとなれば見捨てる他ないし……。
心苦しいが、一番大事なのは俺の命なのだ。
コイツは装備も充実してるんだし、自分の事は自分で何とかするだろう。
「よし、じゃあ、いくぞ」
「うん」
歩き出す。この部屋に入って来た時とは別の通路へと。
通路は嫌に長い。
一本道なのが救いだろうか。
しかし、それは向こうから敵が来たら戦わざるを得ないと言うことだ。
とは言え、背後から襲われたりする心配が発生しないと考えると多少は気が楽かもしれないが……。
「ところで、この遺跡には何が封印されてるんだ?」
「……それは、名を語る事も恐ろしき魔王。彼の者の封印が解き放たれる事は、全ての生ある者に昏き絶望が訪れる事を意味する……」
「魔王ね……具体的にどんな魔王なんだよ」
ロールプレイングゲームよろしく、ドラゴンだったり魔人みたいな奴だったりするんだろうか。
「それは知恵ある黒き粘塊。全ての命ある者に反逆せし者たち。かつてこの世界を創造した神が遣わせし使者が一人、誰よりも偉大なる錬金術師の力によりて封ぜられた」
何かとんでもないものたちが封印されてるってことは何となくわかるんだが、いまいち要領を得ないな。
というか、たち? 魔王って複数いるのか?
しかし、聞けば聞くほどに気になるものが増えるな……。
「その魔王ってのは複数いるのか?」
「それは群体にして単体。全にして一、一にして全なるもの」
分裂する事が出来るってことかな。確かに面倒くさそうな感じがするな。
しかし、ここって本当にとんでもないものが封印されてるんだな。
「で、お前はそれを解き放たない為に、あのデカブツと一緒にここにいたと?」
「そう。羅強と共に、私はここで深い眠りに就き続けて来た」
「ラゴウねえ」
羅強ってのはあのデカブツの名前かね?
「その眠りってのは具体的にどれくらいなんだ?」
「んと……八千年くらい?」
「は?」
八千年? なんか俺が聞いてた年月より遥かに長いんだが?
「それ気のせいじゃないか? 地上に住んでたコノハさんは千年くらい前に妖怪を封印したって聞いたぞ?」
「たぶん、それは別の敵。ここには色々な存在が封印されている。羅強もそのうちの一つ。羅強と同じくらいの強さの妖怪は、あと二体いる」
どうしよう、オレ、あの部屋に帰ってコノハさんが助けに来るまでずっと待ってたい。
「なぁ、コノハさんが助けに来るのを期待して待つっていうのはダメかなぁ?」
「たぶん、来ない。コノハは優しいけど、厳しいし、甘くない。あなたが脱出できなかったら、たぶん、それまでの人間だったと思われるだけ。ここから出られないようなら、どうせそのうち死ぬとコノハも分かってる」
ひでぇ……。
というか、ここから出られなかったらどうせそのうち死ぬってどういうことだ?
「つかぬ事を聞くがな、リーゼロッテ」
「リズで、いいよ」
「んじゃ、リズ。どうせそのうち死ぬって言うのは、どういうことだ?」
「そのままの意味」
「そのままの意味じゃわかんねえからもっと詳しく言えっつってんだよこん畜生」
ああもう、こいつ天然ボケも混じってんじゃねえの? いや、確実に混ざってるね。この天然ボケめ。
「ここに封印されてる魔王はまだしも、それ以外の封印されてるものは、ドラゴンに匹敵するか、及ばない程度。あなたはドラゴンと戦っていた。それも、何体ものドラゴンと、同時に」
「……ドラゴンって、どのくらい強いの?」
「ん……魔物の中では、最強?」
故郷見つけたらそこで隠遁しちゃだめかなぁ……。
いや、隠遁したらしたで、そこにドラゴンが襲って来そうだな……。
オレの未来って困難しかないの?
「なぁ、オレの未来って、暗いのか?」
「わからない。でも、選ぼうと思えば……王の妾に、なれる、かも? 妾になれば、その王が、護ってくれる。王は、途轍もなく強いから、ドラゴンも倒せる、と、思う」
「それはちょっと嫌かなぁ……」
うん、妾になるのは嫌だなぁ……。
もう女である事は諦めてるが、嫁になったり妾になったり……と言うのは許容したくない。
というか、超えてはならないラインなのではないかと思ってる。
精神的同性愛だし、それにそもそも気持ち悪いし……。
精神的同性愛を選ぶくらいならオレは肉体的同性愛を選ぶよ。どちらがマシか、だから、進んで選ぼうとも思わないが。
「そういうわけだから、ここの魔物に勝てないくらいじゃ、幾ら将来的に強くなっても、ドラゴンなんか、倒せない」
「とんでもないスパルタ教育だな……」
「うん。コノハ、すごくスパルタ」
というか、ナチュラルにコノハさんのことが通じてるな。
ってことはリズもコノハさんのことを知ってるって事になるが、コノハさんって何歳なんだろ。
「なぁ、コノハさんって何歳か知ってるか?」
「初めて会った時に、永遠の二十歳前後って、言ってた。でも、初めて会ったの、八千年前だから、八千歳以上の、はず」
「永遠の二十歳前後ね……」
確かに見た目は二十歳くらいだしな……
しかし、コノハさん八千歳超えてるのか……でも、あの人、一応人間って言ってなかったか?
現人神になると歳取らなくなるのかな……?
「ん、出口か」
偉く長い通路だったが、ようやっと出口が見えて来た。
しかし出口が見えて来たってことは、この通路、一直線に見えたが少しずつ曲がってたのか。
「この先に何があるか分かるか?」
「魔王を封印してる部屋の手前広場」
「敵は居るか?」
「わからない。居るかもしれない」
そりゃまた随分と不確実だな……と言うか、魔王を封印してる部屋には番人とかいないのか?
「魔王を封印している扉を開くには、手順が必要。だから、魔王を封印してる部屋を守るより、その手順を踏むための部屋を守った方が、確実」
顔に出てたのかどうか知らんが丁寧に教えてくれた。
「しかし、その扉を力技で壊したりって事はないのか?」
「それは恐らく無理。扉は偉大なる錬金術師が創り上げたもの。あれを破壊しようとする事は神に挑むに等しい行い。あれを壊せるなら魔王を解き放つ意味はない」
「ふうん……その錬金術師とやらは神なのか」
「うん」
「名前は?」
多分オレが知らない神だろうが、もしかしたらオレでも知ってるくらい有名な神かもしれない。
「知らない。けれど、彼は自分の事を、摂理に挑む翼と言っていた」
「摂理に挑む翼ね……聞いたことないな」
そもそも神は全員が全員、エルかサーがつくからな。
光に属する神ならエル、闇に属する神ならサーがつく。
摂理に挑む翼って言うのは別名のことだろう。
「そろそろ出口。気を付けて」
「分かってる」
もうすぐ近くに見えて来た出口の奥を見るが、壁が仄かに発光しているだけに過ぎないので見えづらい。
加えて言うと、ところどころに障害物があるのでその奥が見えない。
「……仕方ないな。一気に飛び出すぞ。んで、オレは右、お前は左に移動してくれ。敵が居たら先手必勝で仕留める」
「たくさんいたら?」
「通路に退却して、さっきの部屋まで戻る。通路はそれほど広くないから、同時にたくさんはついてこれない。そうなれば各個撃破が出来るはずだ」
「わかった。ニーナ、結構頭いいね」
「あたりきよ」
とは言え、常識の範疇の対応策でしかないからな……相手が未知の魔法を使って来たりとかしたら、どうすりゃいいのか分からん。
多少頭が回るとはいえ、経験が少ないから不測の事態には対応し切れない可能性が高いんだよな……。
まぁ、考えても仕方ないのだから、さっさと出ていくしかないか。
「よし、んじゃ、一気に飛び出すぞ」
「うん。まかせて。退却する時は、私が殿をつとめるね」
「任せた」
随分と頼もしい事を言ってくれるリズに対し期待と不安を半々ずつ抱きながら、オレは一気に駆けだした。
紅水晶の通路を通り抜け、出口から飛び出し、部屋へと躍り出る。
そして、オレは出口の右側へ。リズは出口の左側へと立ち周囲を警戒する。
障害物はところどころにあって部屋の全容は見えないが、敵はおそらく居ない。
しかし、紅水晶の癖して向こう側が透けて見えないのはなぜなんだろ。
「敵、居ないみたい」
「そのようだな」
構えていた大鉈を肩に担ぎ直し、紅水晶の部屋には似つかわしくない巨大な真っ黒い扉を見やる。
数十メートル以上離れているからこそ全容の見える、巨大な扉。
あれが、魔王を封印してる扉か……。
「黒曜石か、あれ?」
「アダマンティン」
「アダマンティン?」
「しらない?」
「聞いたことはあるような気がするんだが……思い出せん」
思い出せない以上はそれほど大事なものではないんだろうが、魔王を封印する扉に使われているんだから、何か特殊な能力のあるものなんだろうか?
「アダマンティンはこの世で最も硬い金属。だからこそ魔王の封印に使われている。魔王はアレを破壊出来ない」
「なるほどな……しかし、とんでもない大きさだな……」
比重がどれほどのものか知らないが、あれだけの扉、どうやって作ったんだ?
錬金術師とか言ってたし、何か凄い方法で作ってそうだが……。
「まぁ、魔王を解放するわけでもないし、さっさと進むか」
扉を眺めてても何か変わるわけでもない。さっさと進むのが得策だ。
「うん、行こう」
そういって歩き出した直後、オレの背中を途方もない衝撃と激痛が襲った。
「がっ……かはっ、くっ……!?」
混乱しつつも、振り返ろうとして、振り返れなかった。
そして背中が抉られる激痛と共にオレの身体が持ち上がっていく。ああ、大鉈を落としてしまった。
「ニーナッ!」
リズの叫び声。でかい声も出せるんだなぁ、と場違いな事を考える。
背後からキチキチと何か硬質なものが摺り合わされる音。
何が起きているのか、首だけを巡らせて背後を見れば、何が起きているのかをようやく理解した。
「ふざけんな……っ、くそっ……! ハリウッド映画にでも、出てろってんだ……!」
クモ。スパイダー。そう呼ばれる生物が居た。
だが、そのクモはオレの知っているクモとは違って、途轍もなく大きかった。
何しろ、オレの背中に足の一つを突き刺して、軽々と持ち上げているのだから。
そんなバカでかいクモが、出口の真上に巣食っていたのだ。
オレ達は前ばかり警戒して、頭上を警戒し忘れていた……迂闊にも、ほどがある。
「ニーナ! 今たすける!」
リズの叫び声。リズが槍を手に飛び上り、クモへと襲い掛かる。
オレは邪魔だと言わんばかりにクモに投げ捨てられ、そのまま地を転げた。
「今、加勢、する!」
そういって地面に取り落としてしまっていた大鉈を持ち上げようとして、倒れそうになる。
痛みや失血だけが原因ではない。
毒……その可能性が思い浮かび、そしてオレはそのまま床に倒れ込んだ。
今度こそ、死んだかもしれん……。




