運命、ねぇ……?
落下してから、どれほど経ったろうか。
空腹の度合からすると、恐らく半日も経っていない。
身体の回復に努めて動かずにいたが、そろそろ動いた方がいいだろう。
このまま動かずに居続ければ、やがて日が暮れて完全に視界が失われる。
加えて食料も何も持っていない状況では、ただ動かないでいれば、いずれ動きたくとも動けない状況になりかねない。
ゆっくりと迫る死を待つなんてアホな事はやってられない。
すぐにでも訪れるかもしれない死の危険性を乗り越える。それが当然にして妥当。
「ヘヴィにもほどがあるぜ……」
動くと未だに鈍い痛みがあちこちを襲う。こんな状態で戦わなくてはならないとは、オレの運は悪すぎる。
とは言え、嘆いていてもどうにもならない。今はとにかく行動を起こさなくてはならない。
「しかし……ここは一体どういう理屈で出来てんだ……?」
周囲を見渡せば見渡すほど、わけが分からなくなってくる。
何しろ、オレの居る場所……遺跡の内部であろう場所は、全て仄かな桜色に色づく水晶で出来ているからだ。
周囲一帯全てを見渡しても全てが紅水晶。
これだけの膨大な量の紅水晶があると言う時点で驚きだが、一片が軽く数トンはありそうな紅水晶が組み合わされているのだ。
これだけの巨大なサイズの水晶なんて、何処で発掘してどうやって運搬したのか。
そもそも、自然界に存在するんだろうか、こんなサイズの紅水晶。
しかし、分かる事が一つある。
これだけの巨大さを誇る水晶をふんだんに使用した遺跡を妖怪の封印の為に作ったか、あるいは元からあったのを利用したか。
どちらにしろ、ここを使わざるを得なかったという程に封印されている妖怪は強大な存在なのだろう。
そんなもんが倒せるとは思えない。狙うは脱出。それだけだ。
「しかし、この遺跡は誰が創ったんだろうな……」
壁に触れながらつぶやく。
壁は水晶だから当然滑らかだが、何処か割れていると言う事も無い。
作り上げた大工たちはよほどいい腕をしていたんだろうな。
そう思った時、唐突に壁が発光した。
何かトラップかと思って咄嗟に跳び退るが、壁に浮かび上がったのは何かの文字だった。
近寄ってみると、共通語である日本語ではなく、英文だ。
「Since.Age:322 made by Asana&Yuna……?」
作成した年月と、作成者の名前だろうか。
しかし、三百二十二年とは言うが一体どの年号で三百二十二年なんだろう。シェンガのだとは思うんだが……。
そもそも今の年号は幾つなんだろ……シェンガの年号なんか知らねえし……。
それより、こんなもんが表示されるって、本当にこれは紅水晶なのか?
「この遺跡はなんなんだ?」
そう呟くも壁の文章はそのまま表示され続けている。
暫く眺めていたが、一分ほどで文章は消えた。
「うーん……この遺跡の名前は? ここは何のために作られた?」
色々と言ってみるが、壁は何の反応も返さない。ただの竣工年が表示されるだけの機能なのか?
まぁ、いいか。分からないなら分からないで仕方ないんだから。
さて、現状居る場所は縦穴の底。広さはサッカーコート一つ分くらいか。
床面には水のたまった……池? プール? よくわからないが、紅水晶が砕けて水たまりになったと言うわけではない。
「深さは……かなり深いな。四メートル近いな。ため池か?」
くぼみを作って水をためてるのだから、元は何かしら水を使う設備だったんだろう。
そのプールらしき場所以外は広々とした空間だが、何もない。
周囲は不思議と仄かに明るいが、これは壁面が発光してるんだろうか。
そして横穴が一つ。横穴というよりはトンネルというべきか、あるいは通路か。
紅水晶を綺麗にくり抜いて作られた通路だ。
その横穴に近づけば、吐き気を催すほどの獣臭が漂ってくる。
この先は明らかにヤバい。何か、とんでもないものが居ると本能が察知している。
「けど……行くっきゃねぇか……」
他に道は無い。
いや、あると言えばあるんだが……壁を登って出るのは無理そうだ……。
あいにくオレはヤモリではないので平らな壁面は登れないのだ。
とにかく、この横道を進むしかない。
自身の頬を張って気合いを入れる。そして転がっていた大鉈を拾い上げる。
水晶なんかにぶつかった割に欠けたりしていないのは幸運だった。丈夫さは折り紙付きだな。
その丈夫さに自信を貰いつつ、横穴を進む。
進めば進むほど、獣臭は酷くなっていく。
まるで獣の毛に顔を埋めているのではと思えるほどの臭いだ。
壁面が発光しているからか、明るく、先の見通しがつくのが唯一の救いだろうか。
一応【フレイムスロワー/火炎投射】を明り替わりには出来るが、余り強い明りとは言えない。今数十メートル先までしっかりと見えるのは幸運だろう。
そうして歩き、出口が見えた。
その出口から見えたものは、途方もないものだった。
「なんだこりゃ……」
姿は虎に似ていた。黄金の体毛に黒の縞がある。しかし尾は馬に似ている。かと思えば顔は猿人類……人間にも近いが、毛に覆われている。そんな謎の生物。
そして、その巨躯。恐らく十メートル以上はあるだろう。途方もない巨体だ。
そんな異形の生物が部屋の中央に鎮座していた。
眠っているのだろうか。体を丸めて、目は閉じられ、寝息に身体が微かに上下するのみ。
だが、オレの目が惹かれたのはその生物ではなかった。
その生物にくるまるようにして眠る少女。
銀糸で織られたかのように美しい髪。
まるで光を放っているかのように白い肌。
閉じられた瞳はどんな色をしているのだろうかと期待してしまう。
きれいな子。純粋にそう思った。そんな子供に目を奪われていた。
「人間か……この場に人間が来るのも何千年ぶりか……」
「!?」
唐突に話しかけられ、まさに口から心臓が飛び出そうな程に驚いた。
かけられた声音は、人間のものと変わらない。
老獪さを感じさせる、年老いた男のような声だ。
誰が声を発したのかはすぐにわかった。
巨体の怪物。そいつがその声を発していた。
「わしを滅しに来た……と言うわけでもなさそうだな」
襲い掛かってくるわけでもなく、話しかけて来た。なら、少なくとも会話する程度には理性的なのだろう。
であれば、会話による交渉くらいは望めるのかもしれない。
「不慮の事故でな……ここにおっこちてきたんだ。あんたを倒そうってつもりはない。ここから出られればいいんだ」
「ふむ……嘘は言ってないようだな……」
微かに地面を揺らし、その怪物がこちらへと顔を近づけた。
獣臭が一際強くなる。獣臭の主はこいつだったのだろう。
「とは言え、そう簡単に出られるとも思えんがな。まぁ、やるだけ好きにするがいいさ。わしは知らん」
とりあえず、こちらを襲うつもりはないらしい。ひとまず助かったのだろうか。
そう思った時、微かな呻き声が聞こえた。明らかに目の前の怪物の声ではない。
「ん……だれ?」
怪物に囲まれて眠っていた少女が目を覚ましていた。
その少女が眼を開き、その蒼い瞳でオレを見つめていた。
「ドラゴン……守護聖女……命の謳い手……牙の王……神々の戦い……」
唐突にその少女がオレの目を見ながら、単語を羅列し始める。
ドラゴンと守護聖女は分かる。だが、命の謳い手とはなんだ? 牙の王って誰だ? 神々の戦いって……?
「リズ、星が見えたか?」
怪物が少女に問いかける。リズ、というのがこの少女の名前?
「見えた……大きな運命が渦巻いてる……いかなければならない……夜に咲く花の姉妹の祖と、我らが始祖の名にかけて……」
なんなんだ……こいつら、なんなんだ?
「あなたの、名は?」
「へっ!? あ、ああ、ニーナだけど?」
唐突に少女に名を聞かれ、咄嗟に名前を答える。
あの怪物は呪いとか使えそうだし、偽名にしておけば、と思ったのは言ってからだった。もうおせえ……。
「ニーナ……よき名。私の名はリーゼロッテ。リーゼロッテ・エルゴリア・ヴェルトール」
「は、はぁ……」
リーゼロッテはありがちな名前だが、続くのはなんだろう。
家名か、称号か。どちらにしろ、何かしらの特別な立場の人物のはずだ。
しかし、こんなところに居たのはなぜだろう。
そう思ったところで、ここが何処で、何のための場所であるかという事を思い出す。
「待て。待ってくれ。おまえ、何者だ?」
そう、ここには妖怪が封印されていると聞いている。
そうであるのなら、こいつも妖怪であると考えるのが妥当だ。
何が目的かは分からないが、少なくともロクなものではあるまい。
「私は、彼と共に封印の護り人として大いなる災厄を封じ込める任を負った者」
「じゃあ、おまえ、人間なのか?」
見た目通りの人間なのだろうか。いやしかし、記憶が確かなら、千年以上の昔にここに妖怪が封印されたと言う。
千年以上も生き続けるなんて、まかり間違っても人間ではない。
「ちがう。耳」
「耳?」
そう言われてようやく気付く。
リーゼロッテの耳。人間よりも長く、尖っている。
エルフだ。
エルフを見るのは初めてだ。本当に耳が長いんだな。それに美人……いや、美少女だ。
「いや、お前がエルフにしたって、幾らなんでも長生きし過ぎじゃ……」
エルフの寿命がどれほどのものかは知らないが、成人年齢が八十から百歳らしいから、恐らく人間の五分の一程度の速度で成長するんだろう。
単純に考えれば寿命も人間の五倍。およそ五百歳程度と考えるべきだ。
しかし、リーゼロッテは千年以上もここにいるはずなのに、どう見ても十歳と少し程度の年齢だ。
「この部屋は定命の存在が時の流れに抗う為の力に満たされている。この部屋にいる限り、老いも成長も訪れない」
「この部屋にいる限りは不老不死ってことか?」
「そう。けれど、死ねば死ぬ」
しかし、それが本当という証拠もない。
だが、疑い出せばキリがない。ひとまず、リーゼロッテの言葉を信じる事にする。
「ええと、それで……星が見えた、って言うのは?」
とりあえず、話を戻す。こいつらが話していたよくわからない事。
神々の戦いだとか、牙の王だとか、そういう話。
「あなたの星……運命が、少しだけ見えた。途方もない戦乱と困難。そして、あなたを通して、少しだけ私の未来が見えた」
「お前の?」
未来予知、なのか? だとしたら、オレは未来で途方もない戦いに巻き込まれる運命なのか?
いや、もしかしたら自分で突っ込んでいったのかもしれん。
いずれにしろ、とんでもない戦争と困難が待ち受けてるのはわかった。
「私の未来。それは、ここに封ぜられし者の復活を示していた。それだけは避けなくてはならない。未来は変えられるのだから」
「はぁ……要は、その未来を変えるために、どっかに行くのか?」
「そうなる。これから、よろしく」
「は?」
よろしく? え? なにそれ?
「あなたの星の導きで私は未来を知れた。その星の輝きに私はついていく」
「……つまり、オレについてくるつもりか!?」
「そう。それに、ここから出るのに、一人で、大丈夫?」
それを言われると弱い。正直、ここから出るのは分の悪いどころか、ほぼ負けるような賭けと言ってもいいのだから。
役に立つかは分からなくても、人数が増えると言うのはそれだけで強みになるのだからついてきてもらうべきではある。
しかし、話しぶりからしてここから出てもついてくるような感じだからなぁ……面倒事はごめんなんだが。
とは言え、背に腹は代えられない、か。
「……わかった。ついて来いよ」
「ダメって言われても、ついていったけど、ね」
それ最初から断り入れる必要なかったじゃねーか。
「さぁ、行こう。星の導くまま、あなたの命の輝きが照らす道筋を」
「はいはい……」
ま、仲間が増えるのはいいことだな。そう思いつつ、この部屋に入って来た時とは別の通路へと向かう。
「待って」
「あん?」
「いま、鎧を着るから」
「……速めに済ませろよ」
こいつ、マイペースだな……ついて来いって言ったの、間違いだったかもしれん……。
まぁ、もう後の祭りだけどさ……。
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