早く大人になりたいな
自分が床に転がっている事に気付き、オレは身体を起こした。
畳に使われるイグサの香りのする室内。あの桜並木の石段ではない。
リンの家……って言うか、神社の本殿の一室だ。
すぐ近くにはコノハさんとリンが正座したまま座っている。
うわあ、二人とも目見開いたままピクリともしないぞ。
「えと、ニーナさん?」
床でごろごろしているフランが不思議そうな顔で見上げてくる。
まぁ、いきなりあんな状態になったんなら驚くか……。
「フラン、オレ、どれくらいああなってた?」
「ほんの十秒くらいですけど……あの、大丈夫なんですか?」
「別になんとも……」
特に体に異常は感じられない。あの精神世界みたいなところでの戦いによる後遺症とかはなさそうだ。
そう思った時、空腹であることに気付いた。
「腹減ったぁ……」
そう呟くと同時にぎゅうぅ~……と腹が間抜けな音を立てた。
未だにテーブルの上に並べられていた料理を適当に手に取って口に放り込むと、より一層空腹を自覚した。
そうするともう止まらなくなって、オレは耐え難い空腹に従い次々と料理を平らげて行った。
テーブルの上に並んでいた料理の全てを胃に収め終えた頃には空腹もすっかり収まり一息つくことが出来た。
「はぁー……食った食った」
料理を完全に平らげて収まる空腹とは、またとんでもない空腹だ。
しかし、あれだけ大量にあった料理は本当に消えてしまった。食事中にコノハさんが言ってたのは本当だったな……。
もしかして、こうなるってわかってたのか?
「ふわぁー……ニーナさん、よく食べましたねぇ」
「ああ、腹減ってたからな」
そこでようやくフランに目線を向けて、気付く。
「フラン、お前縮んだか?」
「縮んでませんよう。ニーナさんがおっきくなってるんですっ!」
「はぁ?」
なんじゃそりゃ、と言いそうになって、確かにそのようだと理解する。
未だにリンと向き合っているコノハさんと身長がそれほど変わらない。
立ち上がってみると、明らかに今までと視点が違う。
「なんでまた急にこんなデカく……」
寝る子は育つとかそういうレベルじゃないぞ、これ。明らかに異常だ。
けど、身長が伸びたのはいい事だ。身長が伸びれば体重も増える。体重が増えればウェイトの不利が多少は解消される。いいことづくめだ。
「んで、オレがこんなになったのがなんでか分かるか?」
「そんなのわかりませんよう。だって、起きるほんのちょっと前にいきなりおっきくなったんですよ」
「ふーん……」
フランに聞いても分かりそうにもないな。けど、身体が大きくなるのはいい事だなー。
「ほーら、たかいたかーい」
フランをとっ捕まえて、上に抱き上げてやる。おーおー、軽い軽い。
「もーっ! 体がおっきくなっても私の方がお姉ちゃんなんですよーっ!」
不満げにフランが怒る。ふむ、流石にそこまでガキじゃなかったか。
「どー見ても今はフランの方が妹だろ。ほーら、たかいたかーい」
しかしそれでも遊ぶ。
ぽーんぽーんと上に放り投げてやると、今まで体験した事のない感覚なのか、ちょっと驚いてから楽しげに笑い始めた。
「あははー! ニーナさんすっごい力持ちですねっ! すごいですっ!」
「おー、たかいたかーい」
天井すれすれまで放り投げてはキャッチして。いやあ、ガキ扱いされてんのに全然気づいてねーな。チョロイ奴だ。
「……何をやっているんだ、お前達は」
「おあっ!?」
唐突に背後から声をかけられて驚く。そして、べきゃっ、と、木材を突き破る妙な音がした。
「な、なんだ、リンか。終わったのか?」
声をかけて来たのはリンだった。いやあ、驚いた。
コノハさんも通常通りに戻ったのか、顎に手を当てて何やら天井を眺めている。
「稽古は終わったが……いや、お前……それ……」
「凄い光景だな……」
何故か二人の視線はオレの背後……いや、天井に向かっている。
そういえば、放り上げたフランを受け止めた覚えがない。
恐る恐る振り返ってみると、そこには首から上を天井に突っ込んで力なくぶら下がっているフランの姿があった。
「わーっ!?」
そう叫んだ直後、天井が壊れてフランが落下して来た。
それを受け止めると、フランは目をぱちくりさせてから笑った。
「今のはすごかったですっ! 天井裏ってああなってるんですねっ! びっくりしましたっ!」
「ええー……」
そこでその反応するのか、こいつは……変な奴……。
つうか、天井オレが直さなきゃいかんのかな……オレが壊したんだもんなぁ……。
「しかし、ニーナ、お前デカくなったなぁ」
立ち上がったコノハさんと視線がほぼ同じだ。
コノハさんの身長は多分だけど百七十を超えてるだろうから、オレもそれくらいだろうか。
「オレの身長は百七十八だ。お前もそれくらいだな。オレよりちょいと低いが。しかし、本当にデカくなったなぁ」
そういってコノハさんが手を差し出し、オレの乳を揉みしだいた。
体格に見合った大きさの胸。動けば重さが実感できるサイズ。その胸を揉みしだいている。
反射的に拳を繰り出していたが、当たり前のように回避された。
「人の乳を勝手に揉むなっ!」
「ケチなこと言うなよ。減りゃしねえだろ」
「オレの堪忍袋の緒の耐久力が減る!」
「心の狭い奴だな」
そういう問題かっ!
「全く……それで、これ、なんなんですか」
「いや、知らんよ。これは本当だ」
コノハさんにも分からないって事は、コノハさんが何かしたってわけじゃないんだろうか。
信用できねぇけど。
「たぶんだが、一時的に最盛期の肉体を得てるんだろうな。転生法に似てるな」
「転生?」
オレがこの世界に生まれたのは、その転生法とやらが元なのだろうか。そう思って疑問を口に出すと、その問いにはフランが応えてくれた。
「あ、それなら知ってますよっ。自身の魂の特質に見合った肉体を再構築する魔法ですよねっ。魂の強度が足りないと使えないから廃れてしまったんですけどね」
ふぅん……なんか、オンラインゲームの転生システムみたいな魔法だな。ていうか、まるっきりそれっぽいな。
「それって、死んだ人にも使えるのか?」
「さぁ? どうでしょう? けど、霊魂は全て積み重なる空へと向かいますから、魔法が届きそうにはないですよ」
積み重なる空とは歩いていけない空の彼方の事で、この世界で言うあの世だ。
無限の世界が無限に重なっている空間で、人は死ぬとその空間へと向かい、その魂が滅びるまでそこで過ごすことになるんだそうだ。
ただ、優れた魔法使いならいくことが出来る……らしい。
確かにそこに魔法が届くとは思えないが、オレの場合はあのわけのわからない、真っ白な空間で、神を自称する存在と会ったんだ。
あの神を自称した存在は、もしかして魔法使いだったんだろうか。
けど、肉体を再構築するだけでは、母さんからオレが生まれると言う事も無かっただろう。
であれば、あの神というのは本当に神だったのだろうか?
この世界で信仰されている神格の一つなのだろうか。
まぁ、考えても分かりそうにないし、考えるのはやめよう……。
「それで、コノハさん。これってもとに戻るんですかね?」
「戻るだろう。無理やり肉体を最盛期にまで固定してるんだ。長時間持つはずもない」
「そんなもんですか」
正直戻らなくてもいいんだがな……けど、この体格だと着れる服が無いから元に戻らない困るともいえるな……。
まぁ、何れ戻っちまうんだから、今はこの体を楽しむとするか。
けど、その前にやっておかないといけないことがあるな。
「で、コノハさん。あの稽古はなんだったんですか?」
意味も分からずぶっ殺されるような稽古だったら何が何でも一発ぶん殴らなくては気が済まん。
「お前らの理性を破壊する稽古」
ひっくり返りそうになった。
「いやな、お前で言うと自分の立脚点……なりたいもの、得たいものを肯定しない限り、お前はどこかで迷う。なら、その立脚点を明確に肯定したのなら、お前はそう簡単に迷ったりなんかしなくなる。そのために羞恥心を無視できる状況に追い込んだ」
「じゃあ普通にそういえばいいじゃないですかっ!」
なんでわざわざ理性を破壊する稽古とか変な想像の出来る言い方をするんだよ!
「なぜならその方が面白そうだからだ」
「死ねっ!」
拳を繰り出すも、当然よけられてしまう。クソッ、これだから完璧超人はっ!
「痛みは無かったろ。まぁ、下手に死を受け入れるとそのままショック死しちまうんだけどな」
「なんじゃそりゃああぁっ!」
下手したら死んでたってことじゃねーか!
「大丈夫大丈夫、気付かないように殺してたから。それに、本当に死んだら死んだであの世から引きずり戻してもう一回殺すから」
うわぁ、凄く嫌な方法。
「コノハさん、【レイズデッド/死者蘇生】が使えるんですか?」
と、今まで黙っていたフランが質問を挟んできた。
【レイズデッド/死者蘇生】は確か一人前以上の神官なら使えるんだっけ。
完全な遺体が残ってないと使えないけど、死者が蘇生出来るって命の価値が色んな意味で低い世界だよな……。
「いや、オレは使えない。知り合いからかっぱらってきたワンドで蘇らせる」
「かっぱらうなよ! 【レイズデッド/死者蘇生】のワンドが幾らすると思ってんだ!」
教会で蘇生を受けるのでも金貨千枚以上かかるのだから、複数回どこででも誰にでも使えるワンドの値段なんて考えたくもないくらいに高価なはずだ。
それを当たり前のようにかっぱらってくるって……。
「大丈夫だ」
「……なんで」
何がどういう風に大丈夫なのかさっぱりわからん。
「アイツはオレに文句言えないから」
「弱みに付け込むなよ! 最低だな!」
「それにアイツなら【レイズデッド/死者蘇生】のワンドなんて小遣い目当てのものだからいいんだよ」
いったい何者だよ【レイズデッド/死者蘇生】が小遣い目当てって……。
「まぁ、とにかく稽古は無事に終了。二人とも新たな力を得たな。これ以降も慢心せずに千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬として修練に励め」
「はい、師匠」
「へーい」
適当に返事を返しておく。この人にはこんくらいの返事で十分だ。
凄い人なのは分かるんだが、敬意を払えと言われるとここまで難しい人って言うのも凄い人だよな……。
フレンドリーに接する為にわざとあんな風に振る舞ってるのかもしれないが……。
「というか、リンもなんか出来るようになったのか?」
二人とも新たな力を得た、とコノハさんは言っていた。オレがこの状態になったのがその力であるなら、リンも何か特殊な能力を得たのだろう。
「うむ。凄い技だっ」
「へぇ、必殺剣とかか」
「必殺剣ならオレが使えるぜ」
誰もあんたには聞いてねぇよ。
「そういう技ではない。それに私程度では必殺剣など夢のまた夢」
「そうだそうだ。必殺剣が使えるのはオレだけだ」
うぜぇ。
「まぁ、とにかくすごい技だ! 立ち合い稽古をする時に見せてやろう」
「おー」
そういえば、立ち合い稽古……まぁ、試合する約束でシェンガまで案内してもらったんだもんな。
今のオレでどこまでリンに通用するんだか分からんが、まぁ精々気張るとするかな。
「さぁて、とりあえず稽古も終わって精神疲労もたまってるだろうから今日はゆっくりと休め。立ち合い稽古は明日な」
「さんせー」
あの精神世界で最後に喰らったあのわけの分からない技。
あの技を喰らった衝撃は途轍もないものだった。正直、今すぐにまた戦えと言われても無理なくらいに精神的に疲れてる。
というよりは気力が湧かないと言う方が正しいかも。何れにしろ試合なんかしたかない。
「あれこそオレの必殺剣だ。凄いだろう」
胸張ってんじゃねえ。
「つうか、実際のところ、あれなんだったんですか」
「単純に何回も斬っただけだ。要領はタタキと同じだ」
人を切る時の技を料理と同列にすんな。
「まぁ、コノハさんがトンデモビックリ人間な事は分かりました」
「そうか」
この人は人の形をした新人類だと思っておこう。ああいや、神様だっけ。全部ゴッドパワーで片づけておこう。それが楽だ。
「さて、まだ昼時ってとこだし……なんかして遊ぶか?」
コノハさんの提案に全員で賛成した。やる事なんてないので、グダグダまったりと遊ぶのが一番だ。
とは言え、この世界の娯楽自体があまり多くないので、やれたことは双六だのおはじきだのと言う遊びだったが、それでも結構楽しかった。
ちなみにオレの身体だが、三十分ほどで元に戻ってしまった。とは言え、すぐにまたあの状態に戻れたが。
今度は特に空腹を感じると言うことは無かったが、また元に戻った時にとんでもない飢餓状態に陥った。
多分だが、最初に感じた飢餓状態の時に次に大人状態になるのに必要な分の栄養を蓄えたんだと思う。
そして次に大人状態になった時にその栄養素を使って変身。子供状態に戻った時に、使い切った栄養の補給が必要になる、ってことなんだと思う。
しかし、よくわからないが便利な技だ。とはいえ、多用はできそうにないが……。
早いところ、大人になりたい……。




