次元が違う……
それはもう理解出来るとか出来ないとか、そんな次元の出来事じゃなかった。
高度に過ぎる理屈や理論を精錬し、高密度に練り上げた技。その高度さがどれほどなのか、精錬の度合い……純粋さがどれほどなのか。そんなもの、推し量れはしない。
それは言ってみればコンピュータープログラム、それも始原の、機械言語に近い。
無か有(一)か、そのどちらかで記述される無機質な純粋さを持つ言語。
機械言語を完全に理解できる人間など居はしない。だが、それが如何に高度であるかは理解できる。
無と有の膨大な羅列によって画面を描画し、困難な計算を一瞬で解明し、人間に扱えるような理屈を構築する。
そんなものが理解出来なくても、自分には出来ない、つまりは高度だと理解する事は出来る。
その剣士が振るったのは、それと同じ領域にある。
無用か有用か、そのどちらかで選別され、有用であると判断されたものだけを詰め込み、精錬し、一体とし、昇華させた技法。
ただ剣を振ると言うだけの行為に詰め込まれた技の極地。
自身でも、いや、剣を扱うだけの筋力と腕力があれば誰にでも出来るような行いの遥かな延長線上にあるはずの行いが、理解出来ない異質として君臨している。
後ろを振り返れば、遥かな先まで、いや、それは世界すらも切り裂いて、空が割れていた。
蒼い空を切り裂き、無明の漆黒が空にぽっかりと口を開けていた。
一体何をどうすればそんな結果が生まれるのか。ただの剣で、何故そんな結果が生まれるのか。
理解出来ない。それほどまでに、高度。
もう、戦うとか戦わないとかの領域じゃない。
それが敵意を見せる事はそのまま人類の滅亡という結に達するだろう。
全ての人類が立ち向かったところで、闘争という土俵に立つことすらできない。
たった一人による人類全ての鏖殺という結果が生まれるだけだ。
それなのに、構えろと、立ち向かえと言うのだ。そんなことが、出来るわけがない。
立ち向かって、何になるんだ。何も出来ない。ただ、殺されるだけだ。
無意味に、何の意味も無く、殺されるだけだ。
「どうした、この程度の斬撃、お前達で言えば精々がエピッククラス。人間で十分に到達可能な領域だ」
エピッククラス。それは文字通りの、伝説級の存在を表す言葉。
ほんの僅かな、たった一握りの人間のみが到達出来る、最強の領域。
ただの人間が英雄を目指して歩き始めるヒロイッククラス、英雄として称賛されるレジェンダリークラス。
そして、神話に謳われ、語り継がれる、エピッククラス。そんな存在が居るのだと、デリックら冒険者は知っている。
相手はそんな領域にある、文字通りの神。
神話の中の戦いに、ただの人間が踏み込めるわけがない。
それなのに今、目の前にその存在が居て、その存在はオレ達に戦えと、そう明言している。
「構えないのならば、死ね――――!」
その時、その斬撃を回避できたのは奇跡だった。
生存本能に根差した直感が体を倒せと叫び、脊髄反射に近い速度で実行に移し、回避する事に成功した。
もしも反応が遅れていたら、死んでいた。
けど、そんな奇跡は続きはしない。
続けて振るわれた斬撃をよけようと地を転げて、けど、よけきれなくて。
オレの右腕が根元から切断されていた。
熱い。ただ、熱い。焼けた鉄を押し付けられたような感覚が傷口を支配して。
「あっ、あっ、あっ……」
意味の無い言葉が口から零れる。どうしたらいいのか理解出来なくて、どうすればいいのか分からなくて。
そして激痛が脳を冒し、勢いよく噴出した血液を認識した瞬間、絶叫が溢れていた。
「あああああああああああっ!! 腕が! オレの腕がぁぁぁぁぁっ! うあああぁぁあああぁぁぁっ!!」
オレの――――。
気が付いたとき、オレは再び桜並木の道に立っていた。
何が起きているのかと疑問に思って、たったさっきまでの惨状を思い出し、オレの右腕がついている事に驚愕した。
確かにオレの右腕は切断されていた。それなのに、今は右腕がついている。なぜ?
錯覚だった、などとは考えにくい。あんなにもリアリティのある痛みが錯覚など考えられない。
いつの間にかリンもすぐ隣に立っている。あれは、やはり錯覚だったのだろうか。
そして、目の前の石段の踊場には、あの、剣士が。
「一度目だ。リンは初手。ニーナ、お前は三手。二手目で腕を、三手目で首を刎ねた。その反応速度は褒めてやろう」
ひた、と、いつの間にか、首筋に刃が宛がわれていた。
石段の踊り場に居たと思っていたのに、いつの間にか、ほんの数メートルの間合いにまで立たれている。
――――何も見えなかった。
初動も、ここに至るまでの動きも。全く、何も見えなかった。
本当にいつの間にか首筋に刃が宛がわれていて……。
「だが、それだけだ。例え避けれたところで、意味はない。この場で意味を成すのは只一つ。戦う事だけだ」
こんな絶望的な状況で、戦えと、そういうのか。
そんな行いに、何の意味がある?
ただオレ達が屠殺されるように殺されていくだけだ。それはただの、一方的な虐殺でしかない。
「お前たちが戦う意思を見せないのであれば――――」
冷徹な声。何の情も感じさせない、淡々とした声。
背筋が凍る。何も、何も想わない、ただ見つめるだけの、無機質な瞳。
ガラス玉のようにすら思える瞳が、何処までも冷酷で。
「――――オレは何度でもお前らを殺す」
白銀が閃いて、オレは、落下した。
頭部のない体を、オレは地表から見上げて――――。
また、桜並木に立っていた。すぐ隣には、リンも居た。
そして理解した。
「闘わなければ、何度でも殺されるってことかよ……!」
腕を斬られたと思ったのも、たったさっき、首を刎ねられたのも錯覚なんかじゃない。
本当にあった、けれど、現実じゃない事だった。ここは現実じゃない、夢とか、そういう感じの空間なんだろう。
オレの服装もいつの間にか浴衣から旅装に革鎧に変わっている。あの大鉈だけが無い。
戦わない限りは、何も変わらない。オレとリンが、何度も何度も殺されるだけ。
唯一の救いは死の実感がないと言う事だけ。
「ようやく気付いたか。ここはオレの精神世界。この場では精神が、お前達の想いこそが刃となり盾となる。戦う意思があれば、それで十二分だ」
また、踊り場の上で剣士が、コノハさんが、静かに告げた。
その言葉にリンが静かに刀を抜いた。
リンの服装も袴姿にサラシだけという姿に変わっていた。
「貴方はいつも唐突だ。だが、こと修練に於いては常に真剣だった。であれば、この修練にも何か意味があってこそ。参る――――!」
リンが駆ける。そして閃いた刃がリンの刀を切り裂き、そのままの勢いでリンの首を刎ね飛ばした。
地に落ちていくリンの頭部と、倒れ往く身体。
それは双方ともに地に触れる前に空気に溶けるように消えた。
そして、リンがやられれば、次はオレ。
「う……う、オォォオオォッォォォオオッ!!」
叫び、我武者羅に駆けだした。
わけが分からなくても、戦わなくてはいけない。
戦わなければ、何も変わらない。
なら、とにかく立ち向かう――――!
呪文回路が構築され、魔力とでも呼ぶべき力がスパークし、構築された呪文回路が神秘の力を発揮する。
燃え盛る焔がオレの右腕に宿り、その漲る焔を腕に、オレは渾身の力で拳を繰り出した。
「――――遅い」
風が鳴った。
そして、静かに視線がずれて行って、オレの頭部が地面に落下し――――。
また桜並木に立っていた。
すぐ隣には、やはりリンが立っている。
「まだだ。まだ足りない。お前達にはまだ、想いが足りていない」
踊り場に立つコノハさんが静かに告げる。
「足りない足りないって、わけわかんねえよ! 何すりゃいいのかくらい教えやがれ!」
「始める前に言っただろう。それだけだ。それに、オレが答えを教えられるものではない。自分で掴み取れ」
クソッタレッ! わけわかんねえよ!
立脚点だのなんだのって、そんなもんが分かるわけねえだろ!
「何になりたいのか。そして、何を掴み取りたいのか。ただそれだけを考えて戦え――――!」
再び刃が閃いて、咄嗟に地を転げて回避する。
見てから避けるのは無理でも、刃を振るうまでの動きは見える。刃の来る方向はギリギリで分かるから、避ける事は不可能じゃ無い。
それでも、続けて避けられるものじゃない。
一回は避けられても、その後が続かない。
防戦になってしまえば、戦闘技巧者であるコノハさんには絶対に敵わない。
「クソがっ!」
叫び、一か八かで呪文回路を構築してそれを発動させる。
瞬間、力場の盾がオレの前面に展開され、直後に木端微塵に砕かれた。
だが、オレに刃は届いていない。
「うおおおっ!!」
そしてその一瞬の間隙に駆け出し、いつの間にか手に握られていた大鉈をコノハさんめがけて全力で振り下ろした。
「遅い! しかも軽い!」
大鉈が半ばから切断され、続けざまに振るわれた刃がオレの首を刎ねようと迫る。
必死で後ろに飛び退き、バランスを崩しながらも着地し、回避に成功した事を理解する。
そして詰んだ。
武器を失って、更には無理な回避で体勢が崩れている。もう、避けられない。
再び白銀の刃が閃き、オレの首を刎ねようと迫り――――。
「はっ!!」
――――寸前で割り込んだリンの刀によって受け止められる。
「助かった!」
「礼はいらん。だが次はやれんぞ!」
その言葉の通り、リンの手に握られていた刀は半ばから切断されている。
そもそも砕くんじゃなく切断なんて、どんな真似をすればそんなことが出来るんだ。
「武器を失った、そう思うか?」
唐突にコノハさんから問いかけがあった。
今すぐにでも追撃を行えば何もできずにオレ達は死ぬというのに。
そこでようやく、これは稽古なのだと言う事を思い出す。
であれば、オレ達を殺す意味なんてないのだ。
「ここは精神世界。お前達の想いこそが刃となり盾となる。先ほどもそう言った」
「……だから?」
「本当に抗う意思があるのなら、お前達はいつまでも戦えるということだ――――!」
その言葉と同時、再び刃が閃いた。
その刃を先ほど斬られた大鉈の残った部位で受け止め、後ろに跳ぶ。
ああもう、わけわかんねえ。
戦う意思があるのなら、抗う意思があるのなら、いつまでも戦えるとか何とか。
わけわかんねえけど、何となくわかったような気がする。
持っても居ない大鉈をいつの間にか持っていたのだから、本当に戦う意思があるのなら――――。
「そんなに戦って欲しいんならぶっ殺してやるよぉぉぉっ!!」
叫び、大鉈を手に跳躍した。
落下速度と体重を乗せた、渾身の一撃。
「だがそれでも足らん!」
振るわれた刃に大鉈が切り裂かれ、オレは地面に着地すると同時にまた新たな大鉈を手に挑みかかる。
――――戦う意思さえあるのなら、何だって武器になる。この場であれば、意志こそが武器となる!
「おおぉぉぉおおっ!」
全身の筋肉が躍動し、激情が溢れ出し始める。
こんないいようにやられて、わけわかんねえこと言われて。
何が欲しいとか、何になりたいかなんて、そんな事はわかってる。今なら、簡単に答えられる。
恥ずかしがってなんかいられない。恥ずかしがる必要なんてない。
だって、アイツは、ヒーローだったんだ。
「何になりたいだの、何を掴み取りたいだの! そんなもん、分かってる!」
「ならばそれを欲すればいい!」
美味いもんが喰いたい、綺麗なものが見たい、金が欲しい、力が欲しい!
やりたいことがたくさんあり過ぎて困っちまいそうなくらいだ!
けど、一番欲しいのは何かって言われたら、こう答えてやる!
力が欲しい――――!
なんでもぶっ飛ばせる力が!
欲しいものを勝ち取る力が!
立ち塞がるものを倒す力が!
なにもかもを圧倒する力が!
力さえあれば他の全てが手に入る! だから、力が欲しい!
あの時、町を襲った化物を倒したあの女冒険者のような力が!
全てを圧倒する、途轍もない力が欲しい!
――――あの女冒険者みたいに、カッコよくて強くなりたいっ!!
恥ずかしがったりなんかしない。オレはあの女冒険者のように、目の前の理不尽の全てをぶっ飛ばせるようになりたいっ!
オレを、町を救ってくれたヒーローのように、なりたいっ!
「だから、こんなところで躓いてられるかぁぁぁっ!!」
いつの間にか握られている大鉈は姿を変えて、あの時に見た、黒光りする金属で出来たハルバードになっていた。
途方も無く重いそれを、渾身の力で持って振り回す。
「オオオオッ!!」
漆黒のハルバードと、白銀の刃が激突し、ハルバードが切り裂かれる。
違う。違うだろうが!
こんなんじゃないっ、こんなはずじゃないだろうが!
あいつが持っていたハルバードは、こんな簡単に切り裂かれたりなんかしないっ!
あいつは絶対に負けたりなんかしないっ!
だって、あいつは、絶対に勝つんだ!
だから、こんなはずじゃないっ!
「――――なるほど。それがお前の想う英雄の姿か」
ふとコノハさんが何かを呟いた。けれど、そんなことはどうでもよかった。
勝たなくちゃならない。絶対に負けちゃいられないっ。
「わけわかんねえことぬかしてんじゃねぇっ!」
再び現れたハルバードを振り下ろし、刃と刃が激突する。
圧倒的な重量を誇るハルバードが刀を一方的に弾き飛ばし、その使い手であるコノハさんへと迫る。
それをコノハさんは半身となる事で回避し、超速の三連突きがオレへと迫る。
わざと弾かれて、振り下ろした直後の隙を突きに来た――――!
咄嗟にハルバードを手放して後ろへと跳ぶことで突きを回避し、腰に備え付けられていた白い金属で出来た二本のマシェットのような武器を手に取り、再び挑みかかる。
「うおおおおっっ!!」
二刀流なんて分からない。ただ我武者羅に刃を繰り出す。
腕力に裏打ちされた威力だけに頼った乱雑な攻撃。だが、それで十分だ。
当たりさえすればどうにかなる。
「――――よし、そこまで」
風が吹いた。
違う、風じゃない。
理解を超えているとか、もう、そんなレベルじゃない。
多分、それは斬撃だったのだと思う。
けど、本当に風が吹いたとしか思えなかった。気付いたらもう斬られていた。
いや、もう、斬られたとかいう次元じゃないのかもしれない。
だって、オレの身体が、くずれて、いく。
「ふざ、け……んな……」
細胞単位で切り裂かれて、どろどろに。細胞壁を切り裂かれて、全ての細胞をすりつぶされたように、ぐしゃぐしゃのミンチに――――。




