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オレは異世界に転生して必死でのし上がる  作者: 国後要
奴隷剣闘士から旅立ちまで
12/62

旅立ちは唐突に

 翌日、オレは日が昇り始めた時間に町をぶらついていた。

 目的がないわけではないのだが、目的地は無いので正真正銘ぶらついている。

 そうこうしているうちに、その目的を達成するための対象を発見する。

 

「よう、リン」


「うん? ああ、ニーナか」


 日課の鍛錬と言う奴か、リンは町外れの広場で木剣を振っていた。

 服装は昨日と同じく痴女同然の格好であり、本当にこれが普段着なんだなぁ、と納得出来てしまう格好だった。

 

「何か用か? 金の返済はもう少し待ってもらいたい」

 

「ああ、要件は金じゃないから安心しろ」


 別に金貨五枚程度の返済を迫るほど切迫しては居ない。今日のオレの目的はそんなことではないのだ。

 

「実はシェンガに行こうと思ってな。道案内、頼めないか? 道中のメシはオレが負担するから」


「そのくらいなら構わんぞ。いつ行くんだ?」


「今すぐ出発だ」


「随分と気が早いな。怪我も治っていないのだろう」


「まぁ、そうなんだけどな」


 とは言え、左腕は未だに痛むし力も入らないが、背中の方は痛みも消えて殆ど問題ない。リンに貰った薬がかなり効いたらしい。

 少なくとも、歩き回るには問題ないってことだ。戦うにしても右利きだから右腕が使えれば最低限戦う事は出来る。

 

「いつまでもこの町にいるわけには行かないからな」


 オレの顔はだいぶ知られている。その状況では色々と面倒事が起きるのではないか、と言う想像も難しくなく。

 もしかしたら何も起こらないかもしれないが、もしかしたら何か起こるかもしれない。

 そう考えれば、さっさとこの町から出ていくのは間違いではない。

 何より、オレの怪我が治ってしまったらリンがついて来なくなるかもしれないじゃないか。怪我が治ってから試合するって約束してるんだから。

 旅の途中で怪我が治ったら、旅の途中で試合して二人とも動けなくなったらどうするんだって言いくるめる。いやあ、オレって頭いいな。悪知恵が働くともいう気がするが。

 

「まぁ、別に私は構わん。当てもない旅だ。帰るには早すぎる気もするが、問題は無い」


「そうか。んじゃ、往こうぜ」


「準備は済んでいるのか?」


「問題ない」


 既に革鎧と剣は受け取ってきているし、干し肉、干し魚、ピクルス、ドライフルーツなどの保存食に水もたっぷりと買い込んで【便利な背負い袋】に詰め込んである。

 それのみならず、食器類に衣料、地図、筆記用具、応急処置用のセット、包帯などに使う木綿の生地、毛布などを詰め込んでいる。

 服装も厚手の服に革鎧を身に着け、その上に防寒用の外套を着こんでいる。

 デリックとリウィアにも昨日のうちに別れを済ませた。

 もうこのまま出発できる状態だってことだ。

 

「ふむ、では早速出立するとしよう。兵は拙速を聞くも、いまだ巧の久しきを見ざるなりと言うからな」


「孫子か」


「いや、知らん。母上が言っておられた」


「ああ、そう」


 そもそもこの世界に孫子が居るはずもないか……。意味合い自体は別におかしいもんではないし。

 とすると、リンの母親ってのは兵法家なのかね。

 

「では、鍛錬はこれで切り上げるとする。今荷物を持ってくるから暫し待たれよ」


「ん、ああ」


 木剣を振るのやめたリンが近くの宿の中に入っていき、数分とせずに刀と背負い袋を担いで出てくる。

 あの背負い袋、もしかしてオレの持ってるのと同じやつか。もしかしてリンの家って金持ちなのか?

 

「待たせたな」


「別に待っちゃいないけどな」


 言いつつ歩き出す。それにリンが追随し隣に並ぶ。

 なんか、変な気分だな。知り合って間もないってのに旅の道連れになるってのは。

 

「ところで、シェンガまで歩いてどのくらいだ?」


「一月と言ったところだ」


「一月か」


 保存食は二週間分を買い込んであるし、途中に村くらいあるだろうし、喰える動物くらいいるだろうから、食料の心配は無いな。

 そう結論づけてから暫く歩き続け、町から出る。

 

 町の周囲には何らかの野生動物も見られず、街道も広く安全だ。

 とは言え、これから先も全く敵が出ないとは言えない。心配するに越したことはないだろう。

 とりあえず背に負っている鉄剣と身に着けている皮鎧を歩きながら軽く確認すると、とたんにやることがなくなる。

 

 もちろん、警戒は怠っては居ないのだが、平坦な平野かつ街道を歩いている状況では外敵が襲って来る前に視認する事が出来る。

 となると、必然的にやることは旅の道連れ相手とのおしゃべりくらいだ。

 

「ところで、お前のお袋さんって何やってる人なんだ? 薬師ではないんだろ?」

 

「うん? 母上なら剣術道場を開いている。母上はシェンガにこの人ありと謳われる剣豪なのだ」


「へぇ、ってことは剣はお袋さん直伝か」


「うむ、まぁな」


 対するオレの剣は我流と言うか、そもそもロクに振った事すらないので我流とすら言えない。

 一応、昨日のうちにデリックに軽く振り方だけは教わったので使えはするだろうが、振り方を教わっただけなので実践出来るかは怪しい。

 

 まぁ、オレの腕力なら技量は大して必要無いって太鼓判押されたしな。思いっ切り叩き付けて、力技で叩き切るか、もしくはカチ割る方が効率的だって言われたし、実際その通りだろう。要は振れて当たればいいってこと。

 まぁ、当てるのには技量が要るとは言われたが、それは一朝一夕じゃ身につかんとも言われたしな……。

 

「何事も継続しなきゃなあ……その点で言えば、オレは思いっ切り出遅れちまってるか……」


「何、実戦を乗り越えたお前なら何れ私に並ぶ程の剣腕も手に入れられよう」


 そう簡単にいくかねぇ……。

 

「ところで、その背の火傷を負った経緯は知れたのか?」


「あー、【フレイムジャベリン/火炎投槍】とかいうのが直撃したって聞いた」


「ほう……よく無事だったものだな。あの呪文はロクな防具が無い状態で受ければ、人間など一瞬で消し炭だぞ」


「とんでもねぇな……」


 そういえばオレのステータスって魔法耐性最大に設定してたっけ……それ無かったら今頃死んでたな、オレ……。

 

「そうだ、いっそのこと母上に剣を習えばよい。母上の修業を乗り越えられれば、あっという間に実戦に用いれる剣技を得られる」


「マジかよ。七日で勇者になれるハードコースとかあんのかな」


「似たようなものはあるぞ」


「あるのか……」


「うむ。七日七晩母上との実戦稽古を行い続ける修業だ。これを乗り越えれば、ひとかどの剣士としての腕が手に入ると母上は言っておられた。まぁ、今まで乗り越えられた者はいないがな」


「そんなに厳しいのか」


 まぁ、七日でだから相当厳しい修行なんだろうな。

 

「大抵の修行者は母上に一刀両断されて帰って行った」


「それ死んでねぇか?」


「ちゃんとくっつけて帰しているから問題ない」


 そんな糊でくっつくようなもんじゃねえんだから、さらっとくっつけたとかいうなよ。

 シェンガの人間はアロンアルファでくっつくお手軽人間なのか? それとも蘇生魔法とかあるのか?

 

「まぁ、それだけ厳しい稽古だという事だ。とは言え、気を抜かず決死の想いで挑めば乗り越えられる試練だがな


「ふうん……まぁ、機会があったら受けてみるか」


 その後も他愛のないおしゃべりを交わしつつ、オレとリンはシェンガへの道程を進んでいった。

 

 旅は何事もなく順調に進み、野営と宿場町での宿泊を繰り返し、二週間足らずでシェンガへの道のりの三分の一を踏破した。

 少しばかり遅いペースだと言えるが、オレもリンも子供だ。大人と比べてペースが遅いのは仕方ないと言える。

 

 そしてこの日もまた、オレとリンは日中を歩き通し、野営の準備を行っていた。

 リンは薪を集めてき終わったところで、オレは晩飯の準備を行っていたところだ。

 ちなみに今日の晩飯のメニューは、干し肉のシチューである。シチューと言うよりもスープだが、まぁシチューだと思った方がなんか豪華な気分なのでシチューだ。

 

「さみぃな。お前寒くないのか?」


 時期は既に冬に差し掛かった時期であり、日中は暖かいとはいえ、夜ともなればだいぶ冷え込む。

 オレは上下ともにしっかり着込んでいるが、リンは痴女同然と言うかそのものの格好だ。まぁ、要するに見てるだけで寒い。


「し、心頭滅却すれば、火もまた涼し! へっくし!」


「心頭滅却して余計に寒くなってどうすんだよアホ。ほら、来いよ。くっついてりゃあったかくなるだろ」

 

 そういって被っている毛布の中にリンを引き込む。

 

「か、かたじけない。うう、あったかい……」

 

「ひぃぃっ、抱き付くなぁぁ! つめてぇぇぇ!」


 すっかり冷え切ったリンの身体が触れると背筋に怖気が走る。コイツなんでこんな格好してるんだよ本当に。

 

「ニーナはあったかいなぁ。ああ、温い」


「オレは寒い! お前出てけ!」


「ケチな事を言うな。私も寒いんだ」

 

 二週間も一緒に行動をしてれば互いの間に遠慮と言うのも消え始め、リンはすっかり厚かましくなった。まぁ、親しき仲にも礼儀ありと言うし、その辺りの一線は超えてないが。

 

「第一にお前ももっと厚手の格好しとけばいいだろ! なんでそんな格好なんだよ!」


「この格好の方が動きやすいんだ」


「斬られたら死ぬぞ!」


「ふふん、修業を積んだ私の五体は鋼を超える強靭さを持っているのだ」


「鋼の強さを持ってるんだろ。なら寒さに負けたりもしないな」


 そういって被っている毛布からリンを蹴り出す。

 

「寒い!」


 その時のリンの速度はまさに神速だったと言えよう。その神速の素早さでオレの被っている毛布の中に潜り込み、オレに抱き付いて来たのだった。


「お前今の明らかに毛布に潜り込むための動きじゃねえぞ。戦いで活かせよ、そういうのは」


「戦いの時になったら活かして見せるから毛布に入れてくれ!」


「もう好きにしろよ」


 抱き付いてくるリンを好きにさせたまま、そのリンが集めてきた薪を石で組んだ竈にくべて、【フレイムスロワー/火炎投射】で火を点ける。

 ライターやマッチなどとは比べ物にならない大火力なので、火はあっという間に燃え移り、その火は強くなって周囲を照らす。

 放射する熱量もそれに見合った強いもので、次第に周囲が暖かくなる。風が無いからなおさらそう感じられる。

 

「つか、お前邪魔なんだけど。くっつくのはいいけど縋りつくな。鍋が火にかけらんねえだろ」


「干し肉は齧ればいい」


「お前は齧ってろ。オレは煮込みたいんだ」


 そのために野草摘んでおいたんだから。元農家だけあって、食べられる野草の知識は豊富だぜ。その知識が無けりゃ、餓死してただろうというのもあるけどな。

 まぁそれはさておき、野草と干し肉と水をぶち込んだ鍋を火にかけ、それが煮立つのを待つ。 

 

「腹が減ったな」


 ゆっくりと煮えていく鍋を見つめながら、リンが呟く。


「今作ってるんだから大人しく待ってろ」


「味見しなくていいのか?」

 

「したいのか?」


「べ、別にそんなことは言っておらん」

 

「じゃあしなくていいか」


「ま、待て待て。味見をせずに酷い出来のものが仕上がったら拙かろう。だから私が毒見を買って出てな……」


「まぁ待てよ。この旅のメシはオレが負担するって約束だ。だったら毒見もオレがやって、お前には美味いもんを喰ってもらおうじゃないか」


「わ、私は気にせんぞ。毒見は任せろ」


 ふむ、この場合、リンは何の動物に例えられるんだろうな……犬か、あるいは猫か……。普段は忠実かつ勇猛な猟犬と言ったところだが、今のコイツは好奇心旺盛な猫って感じか……あるいは食いしん坊の犬か……。

 まぁ、いずれにしろからかうと面白いのは確かだ。

 

「まぁまぁ、毒見はオレに任せとけって」


「いや、毒見は私に任せろ!」


「そんなに無理しなくてもいいって。料理当番はオレなんだから任せとけよ」


 そういって鍋からスープを一掬いして、それを口に運んで飲んでみる。

 塩気と肉の旨味が溶け込んだ美味なスープだった。干し肉は水で戻すと簡単に旨味が溶け込むのだ。

 

「うん、美味いな」


「わ、私にも味見を……」


「しょうがねぇなぁ」


 そういって皿にスープをよそってリンに渡してやると、それをリンはすぐさま飲み干す。

 

「美味い。ニーナは料理がうまいな」


「こんくらいはすぐに出来るようにならあ。適当に具放り込んで煮ただけだからな」


「そんなものか」


「そんなもんだ」


 その後はしっかりと煮えるまで待ち、煮えた後はそれを食べた。

 暖かい食事でしっかりと腹を満たしつつも体を暖めた後は、明日の朝に備えてさっさと寝る。

 その際には火は絶やさない。ちなみに、野生動物の殆どは火を恐れないのだそうだ。デリックに聞いて知った。

 むしろ、好奇心旺盛な動物は寄ってくるのだそうだ。じゃあなんで火を点けるのかと言えば、火を点けてないと何も見えないからだ。

 何もできないのと、動物が寄ってくる危険性を比べれば、動物が寄ってくる可能性を選んででも火を点けて行動できる状態にした方がいい。

 

 エルフや獣人、それも虎人や猫族なら暗視能力があるから、そいつらに任せられるのだが、あいにくとオレもリンも人間だ。

 なので火を点けたまま寝る。

 

 

 そして、その晩、オレとリンは夢を見た。

 それは後になってみれば【プロジェクション/投影】による映像だったのだろうが、その時のオレとリンは、不思議な夢による導きとしか思わなかった。

 

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