友達ってやつかな
男だか女だか分からん奴が逃げ出し、オレと痴少女ことリンは怒りながらも追いかけようも無いので動き出せずにいた。
「……はぁ」
「叔父上が居なくなったら私はどうしたらいいのだ……私は銅貨一枚も持っていないんだぞ……」
そりゃ悲しい話だな、と思ったところで、金属音が響いた。
小銭を落としたような音は連続し、いったいなんなんだと思って周囲を見渡して何が起きているのかを理解した。
通行人たちが次々と小銭を投げてきているのだ。
「いやー、さっきの姉ちゃんの踊りは凄かったな!」
「もしかして興行師か? それだったら次の興行も見に行くぜ」
「ありゃあシェンガの踊りだ。前にシェンガに行ったときに見たことがある」
まぁ、要するに、大道芸人と間違われてる。
「ちがーう! 私達は大道芸人ではないぞ!」
「いいから大人しく貰っとけよ。お前一文無しなんだろ」
「うぐっ……確かにそうなのだが……うう、いや、しかし……」
武士は喰わねど高楊枝の精神ってこの世界にもあるんだろうか、などと思ったが、単純にこいつが意地っ張りなだけなんだろう。
「まぁ、とにかく金は貰っとけ。差し出した金受け取って貰えなかったら相手も嫌な気分になるだろ」
「そ、そうだな。それなら仕方ない」
そういって銅貨を拾い始めるのを見届け、全て拾い終えたところでオレとそいつは裏路地に入った。
纏わりついてくる奴らを振り払うためなんだが、オレ達の後を普通についてくる。
ええい、オレが闘技場の剣闘士だってバレたら面倒くせえし、さっさと振り切りたいんだが……。
そう思ったところで名案が思い浮かんだ。
「おい、お前、跳べるか?」
すぐ近くの家屋の壁を指差してリンに尋ねる。
「ん? ああ、この程度なら問題ない」
「んじゃ、次の角を曲がったら跳べ」
言った通り、次の角を曲がったところで全力で跳躍。
オレは軽々と八メートル程跳んでしまい、空中でバランスを崩して背中から屋根の上に落下した。
「ぐげえっ!」
「……何をやっているんだお前は」
「おこ……かへっ、ごほっ……」
まさか、あんなに跳ぶとは思わなかった……昨日はデリックを飛び越えるので限界だったから、また身体能力が上がってたとしても、三メートルくらいが精一杯だろうと思ったのに……。
しかし、いてぇし息が詰まる……。背中火傷してんのに、背中から落っこちちまうんだもん……。
「つつつ……ああ、いてぇ……」
何とか痛みが引いてきて、呼吸も楽になってきたところで起き上がる。
そして、すぐ近くで胡坐を掻いて小銭を数えてる奴に近づく。
「ひーふーみーよー……えーと……銅貨十枚が三つで、それに六枚。銀貨が二枚。あわせて、銀貨五枚分と銅貨が六枚か」
「結構いい金になったな。しかし、お前算数出来るんだな」
オレの故郷だとロクに出来る奴が居なかったがなぁ。まぁ、出来なくても何の問題も無いから出来る奴が居なかっただけなんだが。
「文武両道というだろう。私は算術も得意なのだ」
凄いだろう、と言わんばかりに無い胸を張るリン。
「ふうん」
この世界にも文武両道って言葉あるんだな。まぁ、他の諺も意味通じるからあるだろうとは思ってたけど。
「ところで、お前の名はなんという? 私はリンだ」
「いきなり自己紹介かよ。別にいいけど。オレはニーナ」
「ニーナか。ではニーナと呼ばせてもらう」
「好きにしろ、オレも好きに呼ぶから。で、お前、何処の出身だ?」
「シェンガだ。それがどうかしたか?」
「ふーん……シェンガか」
シェンガの名は何度も聞いていたが、こいつの姿を見るに文化は日本に近いのかもしれない。
そのうち行ってみよう。となるとまず旅費を貯めなきゃならないな……。
旅費って幾らくらいなんだろ。道中の食料と衣服、それから宿を取るための金。宿の相場が分からんな。
何れにしろ剣闘士辞めない限りは無理かな。
「そういえば、お前なんでシェンガからこんな所まで来たんだ?」
「うむ。武者修行の旅路の最中、聞くにこの町が海魔の軍勢に襲われたとのこと。それ故、微力ながらも助太刀仕らんと思い推参した」
「人間語を喋れ」
「ちゃんと共通語で喋ってるだろう!」
「共通語とは思えなかった」
共通語とは簡単に言うと人間の殆どが母語とする言語で、共通語はなぜか日本語だ。
まぁ、完全に未知の言語を覚える必要が無かったと考えれば共通語が日本語で良かったと思えるが。
「まぁ、この町に来た理由はわかったけど、なんであの時オレにガンつけてきたんだ?」
「ああ、そういえば目的はそれだった」
「は?」
「うむ、その、なんだ……ううむ、なんといえばいいのか……」
「はぁ? なんなんだ、はっきり言えよ。率直に、かつ端的に言え」
いったいなんなんだか、と思った直後、リンはとんでもない事を言い放った。
「なら、やらないか」
「うえっ!? す、すまん、そういう趣味は無いんだ……他を当たってくれないか……」
まさか格好だけじゃなく、人格までも痴女だったとは……将来が不安過ぎるな……。
「むう……なぜ断る。剣闘士なのだろう」
「いや、剣闘士云々関係ないだろ……」
「なら、私も剣闘士になる。そうすればお前と正当に試合が出来るはずだ」
「あん? 試合?」
「うん? いやなのだろう?」
「いや、別に試合はいいけど……」
「さっき断ったではないか」
「ああ、あれ試合の申し込みだったのか……」
修飾語を一切合財つけずに言うのは潔いが、誤解を招くってことは覚えておいて欲しかったな……幾ら端的かつ率直に言えってオレが言ったとはいえ。
「せめてもうちょいとだけでいいから言葉を飾ってくれ……勘違いしたじゃねえか」
「むう、すまん。それで、試合ってくれるのか?」
意外と素直なんだな。言えばわかってくれるし。やっぱ見た目相応に子供なんだな。……オレも似たような見た目だけどさ。
「試合自体は構わんが、怪我が治って無くてな。それが治ったらでいいか」
「構わん。不調のお前を破っても意味は無い」
「さよか」
とはいえ、この怪我は一日二日で治るようなもんではないだろう。どうしたもんかね。
と思って顎に手をやって俯いたところで、そいつのピンク色の下着が目に映る。
下着丸見えなのに、実に堂々としていて今まで全く気になってなかったんだが、改めて見るとやっぱ変だな……。
「なぁ、お前なんでパンツ丸出しなんだ?」
「何か問題があるのか?」
むしろ問題しかねえよ。
「下着丸見えだったら恥ずかしいだろ」
「なぜだ。下着なら恥ずかしくあるまい」
「……待て。待ってくれ。お前のその見えてるピンク色の衣服はパンツと呼ばれる下着だな?」
「うむ、パンツと呼ばれる衣服だ。正確にはショーツとかパンティーとかいうらしいが」
「正式名称はこの際問題じゃない。なら、なんでそのパンツを見られて恥ずかしくない?」
「パンツだからだ」
パンツだから恥ずかしくないもんとは恐れ入る。
「おかしいな……パンツを見られたら恥ずかしいもののはずなのに……」
「何故そうなる? パンツとは裸体を隠すための衣服だ。お前は衣服を見られて恥ずかしいのか?」
なんか正しい事言ってるような気がする……確かにパンツは裸体を隠すための衣服だから、裸体を見られるよりは恥ずかしくない。
いや、だからってパンツ見られて全く恥ずかしくないのはおかしい。
「つかぬことを聞くが、もしかしてお前の故郷じゃパンツを履いてる奴は少ないのか?」
「うむ。それほど多くはない」
「え、じゃあ見られたらどうすんの?」
「まぁ、恥ずかしいが仕方あるまい。見えてしまうんだから」
裸体がパンツと同じ扱いかよ。やっぱこいつの価値観が理解出来ねぇ……いや、この場合はシェンガの人間の価値観か?
元々パンツを履かない民族だったけどパンツを履くようになって、パンツは裸体を隠すためのものだから見られても恥ずかしくないってなるのは確かにおかしくない気はするが……でもやっぱ納得できんぞ。
「……こんなこと考えてても仕方ねぇな」
全く、なんでオレはパンツのことなんか真面目に考えてんだか……馬鹿らしい。
「では、今度は私から質問させてもらう」
「んあ、なんだ?」
「怪我をしているとのことだが、お前は相当な手練れだと聞いている。いったいどれほどの仕手と矛を交えたのだ?」
「なんで手練れなんて尾鰭がついたのかはともかく、相手は狼だ。腕をやられて、背中を焼かれた」
「焼かれた? 獣が火を使ったのか?」
「よくわからんが、焼かれた。正直オレもよくわかってない。気絶して、目が覚めたばっかだったんだ」
「そうだったのか……」
しかし、オレが手練れ? どうやらオレの噂を聞いて来たみたいだが……。
「なぁ、オレってそんなに噂になってんのか?」
「うん? ああ、猛虎を短刀一本で打ち破ったという噂が広まっていた。真かどうかは自身の目で確かめようと来た所で町が襲われたと聞いてな。そうそう、町ではお前が飢狼の群れにも恐れる事無く戦いを挑んだとも聞いているぞ」
「はぁ、間違っちゃいねぇが……それでなんで手練れになる?」
「母上が仰っておられた。一の実戦で得られる者は百日の稽古に勝ると。二つの実戦を潜り抜けたお前は、それだけで十二分な手練れだろう」
「あー、そう」
要はこいつが勝手に思ってるだけか……なんだ、驚かせやがって。
「それで、背中を焼かれたとの事だが」
「ああ、背中全体を思いっきりな」
「ふむ、見せてみろ。よく効く軟膏を持っている」
そういってリンが刀にぶら下げていた背負い袋らしきものを開き、そこからでかい二枚貝を取り出す。
「……その絵はお前のセンスか?」
「うん? 絵? ああ、これは母上から貰いうけたものだ。私の趣味ではない」
「そりゃよかった。そうだとしたら、オレはお前をぶん殴って逃げ出してたところだ」
二枚貝にはそれはそれは立派なドクロが描かれていた。
まぁ、冗談好きな母親なのかもしれないな……と思って眺めていると、その中身である淡い緑色をした軟膏をリンが指先で掬い取り、それを持ってオレへとにじり寄ってくる。
「さ、服を脱げ」
「はいはい」
言われた通りに上の服を脱ぎ、背中を向ける。
治療を受けないと言ってもこいつはオレが頷くまで治療しようとするだろう。こいつはたぶん頑固な性格だ。
加えて言うと、背中の痛みも鬱陶しいので少しでもマシになるなら儲けものだ。
少しだけ毒という可能性も考えなくは無かったが、わざわざオレを毒殺する必要なんかないだろう。
「ひゃっ……つめてぇ!」
背中に冷たいものを塗ったくられた感触に思わず声が出る。
「我慢しろ」
「い、いや、これ結構ぞわぞわするぞ!」
「薬とはそういうものだ。良薬口に苦しだ」
「それ使い方違うって……ひゃあっ!」
背中に塗ったくられた軟膏がリンの手で伸ばされていく。小さい手がオレの背を撫ぜる感触は何とも言えずこそばゆく、やがてそれが終わったのか手が離れていく。
「終わりだ。どうだ、少しは楽になったか」
「ああ、スゲェ楽になった。ヒリヒリしてたのが殆ど消えた。凄い薬だな」
言いつつ服を着直す。すっかり楽になった。
「ふふん、もちろんだ。母上はなんでも出来るのだからな。薬だとて、そこいらの薬師よりも上等なものを作って見せる」
「へぇ、凄いお袋さんだな」
こいつ、そのお袋さんの事、よっぽど好きなんだろうな。だって、お袋さんのことを話してる時、すげぇ楽しそうで可愛い笑顔してるもん。
ちょっと接しただけで不愛想気味だと分かるこいつが笑顔を浮かべるんだから、よほど好きなんだろう。
「そういえば、お前の母上殿はどんな方だ?」
「オレの母さんか? そうだな、オレと同じ金髪で、目の色もオレと同じ蒼だ。特にこれと言って目立った所もないな」
うん、本当にどこにでもいるような、そう、村人その一、みたいな感じの母さんだ。
別に美人なわけでもないし、隠された過去があるわけでもない。けど、オレにとって大切な人。
「元気かな、母さん……」
「離れて暮らしているのか」
「ああ。弟が生まれてな。まぁ、口減らしってやつでオレは売られた」
「む、それはすまん事を聞いた」
「気にすんな」
ぴらぴらと手を振りつつ気にすんなと答える。あんまり気遣われても反応に困るだけだ。
「さて……そろそろ人目も減ったな」
なんか変な雰囲気になってしまった空気をごまかすように、眼下に見える町の様子を見てそう呟く。
「ん、そうだな。確かにそのようだ」
それにリンも同意し、これならもう降りても大丈夫だろうと意見があったので揃って降りる。
「とりあえず、オレはデリック……まぁ、友人のとこに行く。お前はどうすんだ」
「私は宿を探す。暫くこの町に逗留するつもりだ」
「銀貨五枚でか?」
「う、いや…………野宿か……はぁ……」
まぁ、宿代が一番高いんだろうから、必然的に野宿になるわな。
そう思いつつ、腰からぶら下げたままだった革袋を手に取る。
中には十枚ほどの金貨が入っている。まぁ、財布だ。その中から金貨を半分取って、それをリンへと手渡す。
「ほら、貸しといてやる」
「い、いいのか?」
「オレと試合すんだろ。それならお前が持ち逃げする事も無いだろうし。ちゃんと返せよ」
「無論だ。それなら、ありがたく借り受ける」
「あいよ」
さてと、んじゃま、ちゃっちゃと戻りますか……。
「ああ、そうだ」
「あん?」
「叔父上を見つけたら殴っておいてくれ」
「ああ、お前がアイツ見つけたらぶっ飛ばしておいてくれ」
「うむ、任せろ」
そういってオレとリンは別れ、それぞれの目的地へと足を進める。
「リン、か」
リンとオレの関係性はなんだろうか。たぶん、一番近いのは、友達って奴だろう。
そうだとすれば、この町に来て初めての友達が出来た。それはなんとなくこそばゆい気分で、けど、悪い気分じゃなかった。