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オレは異世界に転生して必死でのし上がる  作者: 国後要
奴隷剣闘士から旅立ちまで
1/62

プロローグ どうしてこうなった

 世の中に生きる上で上手く行く事は早々無い。順風満帆な人生を送っているように見える人間でも、その裏では相応の苦労をしている。

 オレが前世に於いて海難事故で死亡し、その後に神と出会って来世の己の能力値をエディットしても、その後もテンプレよろしく上手く行く事は無い。

 オレが生れ落ちたのは貧農の一家であった。働けども働けども、その日の糊口を凌ぐのが精いっぱいの毎日。


 そして、幼い我が身で出来る仕事などタカが知れており、同時に痩せた土地を豊かにする方法など知るよしもない。

 生憎とオレは頭の中に百科事典があるわけではないので、農業改革なんぞ出来んし、例え知識があったところで今すぐ実行して成果を発揮するなど到底無理。

 しかし、それでも、オレは必死で働いた。飽食の日本に生まれ、ひもじさなど知らなかったオレにとって、ひもじさに胃が痛み、寝る事も出来ない生活は耐え難かった。

 毎日畑の手入れをし、野山を駆け回って食べられる物を探した。肥料の改良にも着手しようとした。それでも、貧しさと言うのはひしひしとオレの元へと圧し掛かってきた。


 オレが生まれて、八年。その年は凶作というわけではなかった。しかし豊作でもなかった。平年並みといっていい収穫。だが、我が家に新しく子が生まれた。

 二人目の子供。男の子でオレの弟。そして、オレは女だった。

 収穫期が終わった辺りで村へとやって来た者達の元へとオレは売られた。男と女なら、優先順位は男の方が高かった。そして、男と女なら女の方が高く売れる。つまりは、そういうこと。


 それに、幾らオレが頑張っていたところでガキに出来る事なんてタカが知れていた。オレは居ても居なくても大して変わり無かったってことだ。

 両親は謝り続けていた。もっと豊かだったら、もっと金があったら、もっと領主様がいい人だったら、と、ずっとオレに謝っていた。

 オレは生まれて初めてお腹一杯のごはんを食べ、両親に抱かれて眠り、その翌日にほんの数枚の銀貨と引き換えにオレは売られていった。

 両親を恨んだかといえば、イマイチ分からなかった。

 両親はオレの事を愛してくれていたと思う。だから、売られたとしても、貧しさが悪いのだと、そう思った。


 そして、十八日ほど馬車に揺られた。道中の食事は、美味しかった。固焼きパンやイモ、干し肉などの保存食が主だったが、それでもそれなりに食べる事が出来た。

 満腹と言うほどではなかった。それでも、ひもじさに眠ることも出来ないと言う事は無かった。それだけで十二分に幸せだったと思う。


 馬車に揺られて辿り着いたのは、それなりに大きな町だった。首都なのかもしれない。石造建築が立ち並ぶ町並みは、異世界に生まれたのだと実感させるものだった。

 その町に入ってからも暫く馬車に揺られ、馬車が止まった場所で、オレと同じように馬車に放り込まれていた人間が次々と外に連れられていった。

 オレの番になって外に出され、目に映ったのは多数の粗末な身形をした人間たちだった。その人間たちを、身形のいい人間が品定めするように見回している。


「お前たちは、とりあえず何が出来るかを確かめる。来い」


 今まで馬車を駆っていた男が、オレ達の腕を縛る縄を手に歩き出す。オレ達はそれに唯々諾々と従って移動する。

 連れて行かれた先は、柵で囲まれた広場。その広場は幾つも存在し、その広場に入る前に縄を解かれ、年齢別に大雑把に分けられ。

 オレの連れて行かれた先は、売られた子供の集まる場所だった。オレのほかには、四人。左腕の無い少年が一人に、女が三人だった。


「あ~……とりあえず、この柵の周りを走れ。おら! 駆け足!」


 言われた通り、走り出した。地を蹴って走る。乾いた砂の地面を蹴って走る。砂地を走るのは少々コツが要る。不用意に走れば足を傷つける。

 足全体で着地し、爪先を使って地面を蹴る。コツとも言えないようなコツであり、砂地を一時間も走っていれば自然と身につく走り方。

 そして、自身の能力をエディットしたことで優れた身体能力を持つオレは、他の四人をダントツで引き離し、二週目では他の全員を追い抜くほどになっていた。


「そこまでだ! お前とお前はこっちに来い。他の奴等はあっちに行け」


 オレと左腕の無い少年が呼ばれ、他の少女たちは、十歳くらいまでの少女たちが纏められている場所を指差してそちらに行くように命令されていた。

 オレと少年は言われた通りに男についていき、身形のいい男がその男に幾許かの金を支払い、その身形のいい男がついて来いとオレたちに命じた。

 言われた通り、その男についていけば、すぐに石造りの建物の中に放り込まれた。日の光もろくに入らない上に、虫や野鼠が走り回る不潔な建物。

 呼ばれるまで出るなといわれ、オレは窓に程近い場所に座った。少年は部屋の隅に座って、俯いたまま動く事は無かった。


 それから、日が下がり、夜が訪れた。虫たちが這い回る環境には、余り慣れない。その環境の中で、オレはまんじりともせずに夜を明かした。

 そして、寒々しく日が明けた。日が上って暫くして、皿を手にした男がやってきた。その皿をオレと少年に一つずつ渡して、しっかり喰っておけ、と言って出て行った。

 中には大麦で作られた麦粥と豆が入っていた。一日ぶりの食事がこれかと僅かばかりの落胆を感じながら、その食事を胃に流し込んだ。不味かった。それでも、暖かい食事は体に染み渡った。

 朝食から一時間ほどして、オレと少年は朝食を渡してきた壮年の男に呼び出され、その男の先導で道を歩いていた。


「いいか。これからお前たちはアンフィテアトルムで猛獣と戦う事になる」


 唐突に男が言い出した言葉は、理解し難いものだった。アンフィテアトルムといえば、闘技場の事だと父に教わったことがある。

 その闘技場の中で剣闘士が猛獣や、同じ剣闘士と戦う。そして、剣闘士とは須らく奴隷身分にあるのだと。


「僕たちは奴隷じゃない!」


 オレのすぐ横を歩いていた少年がそう叫んだ。その言葉を聴いて、壮年の男は皮肉げに笑った。


「お前たちは売られた時点で奴隷だよ。債務奴隷って分かるか。その債務奴隷としてお前等は扱われてんのさ。なに、お前たちが剣闘士として金を稼いで、自分自身を買うだけの金を溜めれば解放奴隷になることも出来る。生憎と、栄誉あるバルティスタ軍人になる事は出来んが、それ以外は自由だ。俺も昔は奴隷だったが、今はこうして訓練士をやれてる」


 要するに、騙されていたと言う事なのだろうか。いや、ただ、知らなかっただけか。両親は、知っていたのかもしれないが。


「話を戻すが、お前たちは猛獣と戦う事になる。だが、その猛獣はあちこち怪我してるし、年老いてる。上手いこと逃げるか、奇跡が十個くらい起きて猛獣を倒すことが出来れば、剣闘士になれるかもな」


「それは、公開処刑みたいなもんじゃないか」


「そうかもな。けど、ちゃんと殺されそうになったら助けてくれるさ。まぁ、間に合うかは知らんが」


 オレ達の扱いは、古代ローマの死刑囚と似たようなもんか。古代ローマの死刑囚は、猛獣と死ぬまで戦うことを強制された。

 死んだフリをして難を逃れようとした死刑囚も、試合終了後に運び出されてトドメを刺されたという記録が残っていたという。

 一応、助けてくれるだけ恩情があるのかもしれないが。八歳のオレと、見たところ六歳くらいの少年じゃ、勝ち目なんか無い。


「武器は、あるのか?」


「あるぞ。使えるのか?」


 オレの問い掛けに、変な事を聞く奴だなと言わんばかりの顔で男は答える。


「無いよりはマシじゃないのか」


「そうか。まぁ、精々頑張れよ」


 そういいながら、男が石造りの門を潜る。オレと少年もそれに続いて門を潜る。

 門を潜った先は、薄暗い石造りの部屋だった。壁中に武器が添えつけられ、部屋の真ん中辺りに多数の盾と兜が転がっていた。


「ここにあるもんは自由に使え。まぁ、下手に持って行っても逃げるのに邪魔になるだけだと思うがな」


 オレは部屋の中を物色し、一つのナイフを手に取った。剣や、ハルバードに心惹かれるものが無いとは言わない。

 しかし、実用性は無い。猛獣相手に大きな武器を振り回してる時間があるとは到底思えない。なら、小型の武器で十分。

 運がよければ、猛獣を倒せるかもしれない。出来なければ……自分の首を掻っ切るくらいなら、出来るだろう。

 せめて、死ぬのならば、猛獣に食われるという死に方なんかより、自分で首を掻っ切って安らかに死んで行くほうがマシだ。


「ああ、それと、服は脱げ。下穿きだけで戦え」


 言われた通りに、服を脱いだ。第二次性徴もクソも無い、年齢だけで言えば、まだ小学生なのだから、恥ずかしいとは思わなかった。

 下手に逆らって不況を買うよりは、恥ずかしかろうとなんだろうと服を脱いだほうがいい。だから、言われるがままに服を脱いだ。


「そこの扉が開いたら試合開始の合図だ。扉が開いたら、さっさと出て行って戦え。分かったな?」


「分かった」


 そして、暫しの時が流れた。早鐘を打つ心臓が、やたらと五月蝿かった。恐怖とも緊張ともなんとも言えない感覚。

荒い呼吸の音が耳につく。一体誰がと思って周囲を見渡しても、男は平然としているし、少年は俯いたまますすり泣いていた。

 なら、一体だれが。

 他に誰かいるのかと、そう思ったところで、自分の呼吸の音だという事に、ようやく気付いた。


「……死にたく、無い」


「そうか」


 独り言だった。その言葉に返事が返る。返事を返したのは、目の前の男。


「誰だって死にたくない。だから、必死こいて生きろ。そうすりゃ、観客が助命嘆願してくれるかもな。嘆願してくれる奴が増えれば、助けが来るかもな。まぁ、精々頑張りな」


 なんとも、気休めにもならない言葉だった。ただ、それだけに、泣いても喚いても、どうにもならないと、そう理解する事が出来た。

 深く、深く、深呼吸をした。何度繰り返しても呼吸は荒いまま落ち着こうとはしなかったが、そうしているうちに幾らか冷静になれる。

 オレの身体能力は、高い。それこそ、そこらの大人顔負けな身体能力がある。そして、武器を振るう技能を保有しているはずだ。

 本来ならば十歳になった時点で十全にそれらの能力は発揮されるはずだが、八歳の現状でも十二分に身体能力は高い。先述したように、大人顔負けなほど。

 そして、武器を扱う技能もある。このナイフを使う事も、出来るはずだ。なら、必死にやって、なんとかして生き残る。これしかない。


「時間だ」


 そして、男の声と共に、扉が開かれた。オレは扉へと向かう。死にたくなんか、無い。それでも、行かなくちゃならない。

 なら、行った先で、生を掴み取る。死中に活を見出す、それ以外に道は無いのだ。だから、必死で戦う。それ以外に、無い。

 光の差し込む扉を、闘技場に続く道を進む。少しずつ、遠くから聞こえていた歓声が大きくなる。そして、扉から出る。

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