魔眼
「これだから……女にうつつをぬかす男は信用ならないんだ!」
ルーカスがゆっくりと起き出す。近くにいた春花は、咄嗟に捕らえようとした。だが。
「……なんで、うごか、な」
「春花ちゃん!」
「だめ! 結衣ちゃん、行っちゃだめ!」
「結衣お姉ちゃん、来るな!」
奏やレオの制止も構わず、親友のピンチに思わず駆け寄る結衣。当然、その無謀な行動はすぐに終わる。
「う、動かな……」
ルーカス自身から、何か風のようなものが吹いている。魔力の波動だろうか。それにあてられたように、身体がピクリとも動かない。
「梃子摺らせやがって……。だがもう、これで終わりだ」
短剣を抱えて、ルーカスは一歩一歩ゆっくり結衣に近づいてくる。今度こそ終わりだ、と結衣は思う。呼吸だけはなんとかなるので、深い溜息を吐く。そして近づいてくるルーカスをぼんやり見る。
好きだった。花が好きで、博識で、初恋の人の面影を持った人。裏切り者とは思わない。ただ、好きだった。これで死ぬというのなら、せめて最後まで見つめていたい。結衣はその瞳から視線を外さなかった。
「……覚悟」
「うん。……」
視線の先を固定したまま答える結衣。
「……くっ」
しかし、ルーカスの剣はいつまでたっても振り下ろされない。彼は何かに耐えるように剣を振り上げたまま動かない。
「……? どうしたの? ってあれ、動ける……」
結衣が不思議に思って声を出すと、そのまま身体も動いた。……これは一体?
「! そうか目だ! 結衣お姉ちゃん! ルーカスの魔力の源は目なんだ!!」
レオが声をあげる。目? まさか、目がルーカスの弱点だとでも言うのだろうか? そういえば、異世界の人間なのに、あの地球の歴史の堪能ぶり……。目に映すもの全てを操れる、そういうことだったのか。しかし、逆に真正面から見つめ返されると魔法が効きにくく、または自分の視線が強力な分、他人の視線も脅威になるとか、そういうの?
「あの愚弟が……! 舐めるな。……魔法で感触を消しながら殺さなくても、一気に振り下ろせば……!」
そうか。きっと、彼だって好きで人殺しをしたい訳じゃない。ただ、悪夢が辛いから。華々しい王家とその過去のギャップに追い詰められたのかもしれない。親への忠誠と、初恋の人のお願いを天秤にかけて、妥協した結果なのかもしれない。そしてその初恋の人間は、私の身内で、今もなお好きな人、なんだろうな。
「剣、貸してください」
「この状況で、貸せと言われて貸すやつがいるか!」
「貴方を刺したりしません。私が、私で。その後は、予定していたように魔法かけてください。理穂さんには私から謝っておきますので」
「お前……」
結衣の本気を感じ取ったルーカスの手から剣が滑り落ちる。同時に、レオや春花達がのろのろと動き出す。
「馬鹿だ、お前は。何を考えてそんな発想になれる」
「もともとは私の身内の人間が、貴方を苦しめたのが先だから。……なんて、綺麗事じゃないですよ。私、やっぱりまだ貴方が好きです。生きていてもこの先好かれないなら、死んで好かれようと思った。それだけ……」
「破滅的な奴だな。そっくりだ……」
僕の愛するリホも、そう思って死んでいったんだ
守谷結衣、二度目の失恋だった。




