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別れ

 翌日、結衣は学校に行くと奏に会いに行った。

「おはよう! 風邪、もう大丈夫?」

「うん……」

 教室で席に座る行方奏は、少しやつれたようだった。心なしか、目に光がないようにも見える。

「あの、本当に大丈夫?」

「うん……大丈夫。薬の副作用だから……。そういえば、結衣ちゃん、図書館で流華に会ったんだって……?」

「流華って、鹿嶋流華さん? え!? 知り合いなの?」


 結衣は盛大に驚いた。異世界の造詣深く、シュリーに似た雰囲気。もしや、ユージェルからまた増えた、なんてことはと疑っていた。春花に言われて。


「そう……親戚。今まで外国にいたけど、親の都合でしばらくこっちにいるの。でも、私が体調崩しちゃったから、今まで言えなかった……」

「あ、そうなんだ。ね、それなら今日も流華さんと会う予定だからさ、一緒に図書館行かない?」

「ごめんなさい、家の用事があって……。それじゃあ、次、移動教室だから……」

「そうなんだ。うん、またね」


 軽く挨拶を交わしてお互いの授業を受ける教室へと向かう二人。しばらくして、奏が何かを囁いた。


「コロサレル……ノロイ……ニゲテ……」


 傍目には独り言にしか見えないから、この異変が話題になることもなかった。




「ごめんなさい、ごめんなさい! せっかくお誘い頂いたのに、今日もお受けする事が出来なくて……」


 放課後、春花を図書館に誘おうとすると断られた。すぐに執事の事を思い出す。 


「そんなに重いの? 大丈夫?」

「影が見つかったと聞きました。……恰幅のよかった執事なのに、一晩でやつれてしまって」

「側にいてあげなよ。私なんかといるよりそのほうがいいよ」

「……ごめんなさい。事が済んだら、すぐに」


 春花は踵をかえして車に向かう。残された結衣は。


「勉強もオールマイティな春花ちゃんにも聞いてもらいたかったけど、仕方ないよね。今日も二人か……奏ちゃんはおうちの用事だって言うし」


 流華と二人で会うのは少し緊張する。まず、彼は容貌が非常にいい。三兄弟一美形のルイと並んで見劣りしない。だからただ座ってるだけでも視線が痛い。

 そして、彼との会話はどこの講義だと言いたくなるようなものであること。せめてもう一人いればな。一対一の授業も同然だから気が抜けない。帰る時にはどっと疲れる。今日も講義をすると言うから、借りた本を一通り読んできたが……。


「ヤマトタケルの妻オトタチバナかあ。最後のあれは理不尽なエピソードにしか見えないけど、これが一番好きってわかんないなあ」


 質問すら思いつかずに彼の講釈を聞くはめになりそうだ。




「……さて、古事記の大部分はこれで説明し終わった訳だけど、何か質問ある?」


 放課後の市立図書館、イキイキと離す流華の傍らで机の上にぐったりした結衣の姿があった。


「質問、そうだ質問……。流華さんは昨日、オトタチバナのエピソードが好きって言ってましたけど、どの辺が?」

「ああ、そうだね。昨日の、ね。僕も聞きたかった」


 ヤマトタケルは旅の途中海路を行った。そこで思わぬ悪天候に見舞われ――原文ではその地の神の怒りらしい――オトタチバナ自身がこう進言した。「貴方に代わって海に入りましょう」 敷物を(婚礼道具?) を海の上に敷いて入水。すると海は嘘のように穏やかになり、ヤマトタケル一向は無事に陸へ……という話だ。


「ねえ、どう思う?」


 結衣は少し考えて言った。


「どうって……海に女が行くと神の怒りをかうなんて迷信もいいとこです。もうちょっと待ってれば嵐もおさまったかもしれないのに」

「君は酷いね」


 まさかの言葉だった。だってそれでは、彼は人身御供を推奨しているようではないか。


「昔は本当にいたのかもしれないよ? 神様。だからすぐに嵐が止んだ。でもそれを迷信だなんて片付けたら、彼女は無駄死にになってしまう。こんな惨たらしいことはない」

「無駄とは思っていません」

「今言ったじゃないか。迷信だって。意味のない死ほど人の尊厳を傷つけるものはない。君は今、迷信の名の下にオトタチバナの思いを切り捨てて、彼女に犬死の汚名を着せようとしたんだ」

「そんな……」


 彼は明らかに怒っている。でも、どうして? 困惑していると、やがて流華のほうから折れた。


「ごめん。細かい人間と思うかもしれないけど、僕はこういう話を聞いて、迷信で死んだ馬鹿な女呼ばわりする人間は……許せない。愛する人のために命を懸けた少女を笑うのは」

「いえ、私も不躾でした」

「言い掛かりみたいに言われたのに。君は優しいね」


 心底苦しそうに言う流華に、結衣は優しい人なんだな、と思う。最初の時だってそうだ。あんな子供っぽい本ばかり集めた年下の子を遠くで笑うのは簡単だけど、彼はリアリティがあると言った。雑草みたいな花まで慈愛の目で見る、博愛の人……目?


『視線に気をつけて』


 以前数々の嫌がらせを受けた少女からの、思わぬ忠告が耳に蘇る。視線……目……。思わずうつむいている流華の目を見つめる。


「ん? どうしたの?」

「綺麗……」


 結衣からの言葉に、辺りを見回し、目の前の窓から夕焼けが見えたのでこれかと納得する流華。


「夕日のこと? そうだね、今日もいい天気だ」

「はい。それと、夕焼けの光が流華さんの目の中できらきらして、綺麗」

「なっ……」


 その言葉に思わず動揺する流華。つられて結衣も自分が口にした台詞が今更恥ずかしくなり照れ始めた。赤く染まったのは、何も夕日のせいだけではない。




「……明日は委員会の当番で来れないんです」

「奇遇だね。僕も明日は用があって……ん?」


 図書館からの帰り道、突然流華が道の向こうを凝視した。向こうにいた人物もこっちに気づいたようだ。


「朱里くん、あそこにいるの、結衣さんじゃない?」

「え? 葵、どこに……!!」


 街で制服デートをしていたようだ。もう誰にばれてもかまわない心境なんだ……。次男のシュリーに、葵さん。しかしシュリーはこちらを見た時、盛大に驚いたように見えたが……失恋したばっかですぐ男と付き合うやつみたいに思われたかな?

 そんな風に考えてた結衣には、後ろで唇に人差し指を当てる流華の姿は見れなかった。

 このままお互い何も見なかった振りして通り過ぎるのかと思ったが、以外にも向こうからこちらにやってきた。


「初めまして。鹿嶋流華といいます。行方奏のいとこです。君達のことは奏から聞いていました。可愛いカップルですね」

「……初めまして。石岡朱里です」

「初めまして。那珂葵です」


 朱里に引きずられるように来た葵。納得してない様子ながらも、朱里に続いて挨拶する。


「親の都合でしばらくここにいるんです。でも知り合いがいなくて。結衣さんには良い話相手になってもらっています。ところで、貴方はあの高校の生徒なのですよね?」

「はい……。ああ、結衣、葵、自分はもう少しこちらの方と話すので」

「朱里……分かった」

「え? うん」


 話が弾みそうな様子なので、男二人から離れる結衣と葵。近くの公園まで歩く。



「もう朱里のことは忘れたの?」


 着いた途端いきなりの先制攻撃だ。さすがの結衣も上から目線にムッとくる。


「さあ? 葵さんには関係ないと思うけど」

「……」


 今度は葵がカチンときたのか、結衣に口撃を続ける。葵からしてみれば、デートの最中にいきなり知らない男といる結衣を見つけて態度を豹変。手をとって二人のもとへ駆け寄った朱里を見て胸につまされるものがあるのだ。実質、デートの邪魔したようなものなのに、よくもこう平然と……


「さっきの男の人。ずいぶんかっこいい人ね。それに二人で歩いている時、まるで恋人同士みたいな雰囲気だった。それにしても……」


 葵はにっこり笑って結衣に言う。


「似ている人なら誰でもいいの?」




「何故ここに貴方がいるんですか、ルーカス様」


 一方、裏路地で話し合う二人。朱里は流華の正体に一目見た時から気づいていたのだ。シュリーの鋭い視線を受け流してにこやかに流華――ルーカス――は答える。


「お前達が心配でな。ついつい様子を見に来てしまった」

「……嘘だ! 『神殿の子』 が外に出れる訳が……!」

「調子に乗るなよ脇腹ふぜいが」


 シュリーは思わず怯んだ。ルーカスの魔力は、三人合わせてもまだ及ばない。眼光に冷や汗が止まらない。


「俺が何も知らないと思ったか? 暢気に恋人など作って数合わせの身でよくもまあ……良い機会だ。これを機に、お前を解雇とする。ユージェルに戻っていいぞ」

「!!」

「どうした? 僕の命令が聞けないか?」

「……謹んで、承ります……」

「今日中だ。早くしろ。ここで待っているからな」

「……はい……」


 ふらふらと足元が覚束ない様子で立ち去るシュリー。


「本来なら明日の予定だったんだがな。運の悪いやつ」


 情け容赦ないルーカスの声が、夜の闇に響いた。

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