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解釈

 漠然としない空間があった、ある日そこから天地が分かれ、神が生まれた。天上の神々は地上を平定しようとした。それをイザナギとイザナミの二神に任せることにした。


「……と、ここでもう異界の話が見えるだろう?」


 学校のレポート作りのため、との名目で、結衣は図書館の一角で流華に講義を受けている。それにしても流華がいきいきとしている。彼も、というか彼こそが異世界もの好きなのではないだろうか。最初に話しかけられたと時もどんな話よりもリアリティがある、とか言っていたし。そんな事を考えながら話を聞きつつ、質問や応答を交えてメモを取る結衣。


「異界……天上の国、ですか?」

「そう。ところで、君は物語に出てくる異世界って何だと思う?」

「え? ええと……理想郷?」

「そうだね。その解釈で間違いはない」


 じゃあどんな解釈が大正解なんだ、と心の中で愚痴りつつ、話を聞く。メモ帳には『異世界の解釈その①理想郷』と書いた。


「竜宮城なんかはその典型だね。歳もとらず毎日楽しく遊んで暮らして……まあとんでもないしっぺ返しがくるわけだけど」

「他には何か?」

「鬼が島、お菓子の家、三枚のお札等に出てくる山姥の住む家……魔物の住む領域」


 メモ帳に②お化けの家と追加した。


「あとは古事記に戻って……イザナミが火の神を出産の際、大火傷をおって死亡。夫であるイザナギは妻を取り戻そうと、黄泉比良坂を下り冥界へ。冥界のものを食べてしまったが、何とかして黄泉の神に相談して戻れるようにする、その間は自分の姿を見ないようにと言い残して奥へ消えるイザナミ」


 ごくり、と唾を飲み込む結衣。


「待ちきれなくなったイザナギが目にしたのは、イザナミの死体にたかる魑魅魍魎。恥をかかせられたと激怒したイザナミを何とか撒いて、黄泉比良坂に戻り、その入り口を大岩で塞ぐイザナギ。ここで有名な離別の言葉が出る。『こんなしうちをなさるなら、貴方の国の人間を一日千人殺します』 『お前がそうするのなら、わたしは一日千五百もの産屋(うぶや)を建てよう』 こうして、生と死の明確な境界が引かれたわけだ」

「それまでは、誰も死ななかったの?」

「多分ね。この件で死者と生者の地が別れてしまったんだろう。さて、ここでも異界の話が出たね。冥界、もしくは地獄であるという解釈」


 地獄……。

 ふと、異世界に行って帰ってこなかったという遠縁、鈴木理穂が思い浮かぶ。彼女にとってそこは地獄だったのだろうか。


「異世界とは何かと聞かれたら、僕は冥界説に一票かな。普通の人が行ける異世界なんて死後の世界くらいしかないしね」

「なるほど。それにしても黄泉の国の話には突っ込みどころがありすぎるような。大岩で塞がれてるのに死者を呼び込めるとか」

「分断したことで黄泉の国として独立、イザナミは死者の国の女王となった……ってとこかな」

「へぇ……」


 メモ帳に③冥界と書く結衣。


「異世界って、死なないと行けないのかな」


 ここまで聞いてそう思う。メモ帳を見ても、①理想郷 例:竜宮城 ②お化けの家 例:鬼が島 ③冥界 例:黄泉比良坂

 ろくなものがない……。


「そうかもね。古人ですら、代価を払うなり元々が優秀な人なりでないと生きては帰れない地と考えた。人を選ぶ場所、それが異世界なんだろう」


 家に帰れば異世界から来た三兄弟がご飯食べてるのにな、と結衣は思う。でも、確かに言われてみれば、あの三人は王族だ。資格はあったということか。


「異世界かあ……。私じゃせいぜいあの世くらいですね。どっちにも該当しないもん」

「そうかな?」


 突然、流華が声色を変えて言う。


「気がつかないうちに代価を払っているのかもしれないよ? 君が払っていなくても、君の両親が、祖父母が、一族が。イザナミの話を思い出して。彼女は黄泉の国から人間を支配する。もしかしたら君も、どこか知らない世界から操られているのかもしれない」


 夕暮れの図書館。結衣は一瞬、逢魔が時という言葉を思い出した。魔物が徘徊しやすい時間帯。流華に何かが乗り移ったのでは、と疑いたくなるほど、彼は何かに取り付かれたように力説した。


「流華さん……」


 ポツリと呟くと、彼はハッとしていつもの様子に戻った。


「……ごめん。恥ずかしいな。ムキになったりして。小さい頃からその手の話を見させられて、こういう話には本気になっちゃうんだ」

「そうなんですか。よっぽどご両親が冒険小説とか好きなんですね」

「両親、ね。うんそうだよ」


 どこか億劫そうに答えたあと、流華はチラリと窓の外を見て時間を窺う。


「もう日も沈むね。今日はこの辺で終わりにしようか」

「そうですね。今日はありがとうございました。私、この本借りていきます」

「いいね。国語の勉強にもなる」

「少しは成績あがるかな……そういえば、流華さんは古事記好きなんですか?」


 その問いに、途端にニコニコした顔をやめた流華。最初に勧めてきて熱心に語ってて何で? と結衣は内心混乱する。


「いや、実はそんなに……。知り合いが熱心に勧めてきたから詳しいだけで。ほら、大好きなものでも目の前に沢山あると食欲失せるようなものだよ」

「あ、そうなんですか」


 地雷を踏んだわけではない、のかな? 


「でも、あるエピソードがとても好きでね。明日はそのことについて話そう。オトタチバナヒメの入水エピソードについて、ね」

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