みやこわすれ
ナンパ男改め鹿嶋流華と会った翌日の放課後、結衣はうきうきと心弾ませながら市立図書館へ足を運んだ。
「何でこんな時に、幼い頃から世話になった執事が急病に……結衣様いいですか! どんなに遅くなっても門限は六時です! 食事当番の有無は関係ありません!」
どこのシンデレラだと思わなくもない。昨日チラっと読んだ和風シンデレラもとい、明治初期辺りに輸入されたシンデレラの翻訳は、門限六時だった。とにかくそんな訳で今日も一人だ。行方奏を誘おうかとも思ったが……。
「今日もお休みなんだよね。でも携帯で明日には来れるからって連絡あったし」
友人の二日続いての休みに心配していたが、定期的にメールが届いてたのでさほど心配はしていない。
「明日会ったら、相談に乗ってもらおうっと」
今日はとにかく彼と話したい。つまらない花にも価値を見出す、優しい彼。流華さん。
図書館へ入って辺りを探す。園芸関連のコーナーに彼はいた。本を手に持ちじっとある花の写真を見つめている。気配を隠さずに近づくも彼は気づかない。真横まで来て、見ている花の名前を確認する。
「ミヤコワスレ?」
私の声で彼は一瞬驚いたようだったが、すぐに落ち着きを取り戻して言った。
「君か……気づかないなんて僕もまだまだだな。ああこれ? うんそう、都忘れ。僕の一番好きな花」
「何か、変わった名前ですね」
「うん。これはね……ああ、立ち話もなんだし、席に座ってから話そうか」
近くの空いている席に移動して話す二人。隣同士に座る自分達は、傍から見てどう映るのかと結衣は考えて、何故か少し照れくさくなる。
「その昔、権力争いに破れた順徳天皇が佐渡に流された。その地でしばらく悲しんでいたが、ある時この花を見つけ、『この花を見ていると都のことを忘れられる』 と言ったからミヤコワスレ。少し切ない話だろう?」
「へー……」
結衣は流華の持つ手元の本のミヤコワスレをじっと見る。紫色の小さな花。しかし、これで自分の育ったところを忘れましたと言われても……。
「ちょっと信じられないって顔だね」
「あ! いえその、ごめんなさい」
風流や人の心を解さない人間だと思われただろうか。恥ずかしい。
「まあこの逸話自体が眉唾ものだからね。別の話では『この花を見ていると都を忘れられそうな気がする。そのために都忘れと呼ぼう』 と言ったというのもあって、これだとニュアンスが違う。また別の伝承だと、京都を去る日にこの花を目にとめ、『この花を最後に都を忘れてしまおう』 と言ったともある。昔の話だから仕方ないのかもしれないけれど……」
「でも、故郷への悲しい想いは共通してるんですね」
「うん」
それまでずっと悲しげな表情だった流華が、少し笑った。女の勘で、彼は故郷に何かあるんだろうかと思うが、おくびにも出さない。
「つまらない花でも、心動かされることがある。ありふれた花が、悲しい気持ちを癒してくれることもある。そういう話に、どうしようもなく共感してしまう……」
結衣はじっとミヤコワスレの写真を見る。陰鬱な気持ちの時に見た、風に揺れる可憐な花……。
「伝えていきたい話ですね」
「うん?」
「一人の人が、この花に救われたって」
「……! そうだね」
話に感動しているらしい結衣を尻目に、流華は考えていた。ユージェルでの軟禁生活を。
――他の兄弟は外にいるのに、どうして僕だけ神殿から出てはいけないの? ――
『これは呪いなのです』
『貴方を守るためなのです』
『貴方は魔力が強すぎます。まるで、かつて死すらも操ったというアキホのよう』
――神殿内の花壇。僕が唯一好きな場所。あれ? 見たことのない花だ。きれい…… ――
『これは雑草です』
『困ったものだ。どこから侵入したのやら』
『駆除しておきますので』
「流華さん?」
過去に思いを馳せていたら、結衣の心配そうな顔がいつのまにか目の前にあった。
「うわっ!」
「きゃっ! ……す、すみません、具合でも悪いのかと思って」
二人して大声をあげたので、周りの人間と司書の人に睨まれる。慌てて居住いをただし、改めてお喋りをする。
「いや、こちらこそ失礼。うんそうだね。長く伝わるといい話だ。……僕はそうならなかったけど……。まあとにかく、昔の事情を想像するにはいい話だよ。島流しっていう刑が、昔は違う国や異世界に行かされることも同然なことだったとかね」
「異世界……」
キーワードに反応した結衣。祖母が行った謎の世界。祖父の出身らしい世界。家にいる居候からは聞けない。レオですら「それはルール違反に相当する」 と口をつぐむ。
「ああ、そういえば昨日熱心に読んでたね」
昨日の今日だからさすがに覚えていた。異世界に行く話ばかり集めて読んでいた昨日の自分。机の上がそんな本ばかりのところを後ろから声をかけられたのだ。
「はい。最近、知りたいっていうか、知らなくちゃいけないっていうか」
「そういう課題か何か? レポートでも作るの?」
「は、はい。そんなとこ、です。それで、異世界に関する資料がないか探しているんですけど」
自分の身内が行った国について調べたいけど、そこがどこか分からないから、似たような文献漁ってるんです。
なんて、頭のおかしい人みたいなことは言えない。
「ちょっと待ってて」
そう言うと、彼は立ち上がってどこかのコーナーへ歩いていった。
「お待たせ。これなんかどう? 古事記」
流華が持ってきたのは、ちょっと古びた古事記の翻訳本だった。
「古事記、ですか。難しそう……」
結衣は国語が苦手だ。というより、同じ答えにならない問題が苦手だ。解釈だの考察だの面倒くさい。答えがいくつもあるとか採点も大変だろうに。
「そんな構えることはないよ。何だったら、僕がざっくばらんに解説しながら読んでみる?」
「お願いしていいですか?」
「うん、それじゃあ……」




